ヒューマンエラーが起きてしまう理由
人の行為が原因となって起こるヒューマンエラーには、たとえば下記のケースがあります。
- 事務作業で書類に不備があるのに気づかないまま業務を進めてしまった。
- 製造業の現場で、マニュアルで指示されているものとは異なる長さのネジで締めてしまった。
ヒューマンエラーの元となる「起因」とエラーを誘発する「誘因」について解説します。
◆起因
人は、外からの情報を五感を通して「知覚」し、それが何かを「認知」します。認知結果と、自身の「記憶」と「判断」を照らし合わせ、その結果を「行動」に移します。この一連の過程を「認知特性」といいます。この認知特性の過程で情報を正しく処理できない場合にヒューマンエラーが発生する可能性が高いといわれています。
◆ヒューマンエラーの発生元
・知覚・認知の誤りによるもの
見間違いや聞き間違い、思い込みによる勘違い など
↓
・記憶・判断の誤りによるもの
記憶の喪失、判断ミス など
↓
・行動の誤りによるもの
言い間違い、行動ミス など
◆誘因
環境条件が良ければ、人の認知システムがエラーを起こすことは少ないといえます。しかし、「睡眠不足の状態で仕事をする」のように体調面や環境面など悪影響を与えるような条件があると、ミスやエラーにつながってしまいます。ヒューマンエラーが発生しやすくなる要因は、以下の3つの側面に分けられます。
ア.環境
作業環境(騒音、明るさ、振動など)、設備面 など
イ.組織
人間関係・コミュニケーション面、仕事の指示・命令の出し方 など
ウ.個人
身体面の状況(疲労、睡眠不足)、メンタル面(悩み、ストレス)、本人の意識状態(他のことに気を取られていたなど) など
ヒューマンエラーを防ぐためにできること
人為的なミスを完全に防ぐことは不可能であるものの、様々な方法でヒューマンエラーの発生頻度を抑えることができます。
ヒューマンエラーを防ぐには、「防止対策」と「早期発見対策」の両軸で行うことが重要です。企業と個人ができることを挙げました。
◆企業による防止対策
・職場環境の改善
職場の照明が暗すぎないか、業務に集中できる環境が整っているかなどを見直して、十分でない場合は改善します。
・「ポカヨケ」の導入
「ポカヨケ」とは、うっかり(ポカ)ミスを物理的に防ぐ(ヨケる)ための装置や仕組みです。人の注意力に依存しない方法のため、信頼度が高いなどのメリットがあります。
例)
製造業で異常が発生した場合、強制的に機械を停止させる
異常が発生した時に音や光で警告する など
・マニュアルの明確化
マニュアルをわかりにくく書くと、ルールが守られなくなるなど、作業をする従業員のヒューマンエラーの誘発につながる可能性があります。誰もが理解しやすい表現でわかりやすく書くことが大切です。また、工程ごとのコツを記載すると作業がしやすくなり、ミスの軽減につながります。
例)「確実にネジを締める」を「カチッと音がするまでネジを締める」と記載する。
・指示・命令の出し方を工夫する
上司は部下の能力に見合った業務を担当させ、「5W1H」で具体的に指示することが重要です。指示した内容を正しく理解しているかどうか部下に確認するのも効果的です。
◆企業による早期発見対策
・職場のコミュニケーションの活性化
生産活動において、メンバー間のコミュニケーションは不可欠です。ミスの危険性についてメンバー同士で注意やアドバイスをし合える環境は、ヒューマンエラーの早期発見への第一歩となります。日頃からコミュニケーションがスムーズに行える関係性であれば、仮にミスが発生しても従業員がすぐに報告し、早めに対策できます。
・ヒューマンエラー研修の実施
前述したような予防策に関する知識を得るためにも、研修を実施してヒューマンエラーへの理解を深めることが重要です。詳細は後述します。
◆個人による防止対策
・健康・生活面の見直し
睡眠不足や休憩時間の不足などにより、心身には疲労が蓄積します。十分な休息や睡眠をしっかり取るほか、生活の見直しなども必要です。趣味や散歩などの軽い運動など、ストレスをうまく発散させる方法を取り入れるのも方法の一つです。
◆個人による早期発見対策
・「ストップ・ルック」の習慣化
作業の重要な節目で一旦停止(ストップ)し、作業・動作の状況を確かめる(ルック)方法です。繰り返し行われるような作業では意識レベルが低下しやすいため、脳の情報処理の流れを一時的に停止して状況を確かめ、脳に刺激を与えます。チェック後に確認内容をシートに記入するなど何かしらの形で見える化すると、より確実です。
・ダブルチェックの活用
複数回チェックすることで、ミスの軽減につながります。ダブルチェックには個人が2回行う方法と、1回目と2回目を異なる人がチェックする方法があります。
ただし、ダブルチェックには、同じ人がチェックし続けることでエラーを見逃したり、相手のチェックに頼りすぎて自身のチェックが疎かになってしまったりするなどの弊害もあります。
一人で確認する場合は、1回目と2回目の間に別の作業を挟むなどして工夫する必要があります。複数人で行う際には、読み合わせ方式にしたり、1人目と異なる場所で確認したりすると、チェックの質を高められます。
ヒューマンエラー研修が必要な企業とは
企業や業種に関わらず、業務においてヒューマンエラーは常に発生しやすいものです。そのため、ヒューマンエラー研修はどの企業にも必要といえます。
ただし、「半年に一度」など定期的に研修を実施する必要はありません。たとえば、一度実施した後にヒューマンエラーが発生していなければ、再度行わなくてもいいでしょう。「ヒューマンエラーの発生に増加傾向が見られるとき」など、企業の状況に応じて行うのが望ましいです。
ヒューマンエラー研修のメリット
◆「人はミスを侵すものだ」と従業員が認識できるようになる
誰もがミスをする可能性があると認識できれば、ヒューマンエラーの予防について従業員が自分ごととして考えられるようになります。
◆ヒューマンエラーの防止策に会社全体で取り組める
研修で具体的な予防策を学ぶことで、作業環境の見直しやマニュアルの明確化など会社規模でヒューマンエラー対策に取り組めるようになります。
ヒューマンエラー研修の主な内容
◆外部機関を利用するか、自社で行うか
研修には、外部機関に委託する方法と関連書籍などを参考に自社で行う方法があります。外部機関はヒューマンエラーに関するノウハウや知見を持っているため、事例を把握できたり、的確なアドバイスを受けられたりします。
ここからは、外部機関に委託した場合の研修内容について、説明します。
◆研修の目的
・ヒューマンエラーの予防
ヒューマンエラーの知識を得ることで、誘因面から歯止めをかけられるようにする
・ヒューマンエラーの早期発見、再発防止
いち早くミスに気づき、再発防止策を得られるようにする
◆研修内容
人数:20人〜30人
対象者:現場で指示を出す立場の従業員(リーダーや主任、係長など)
期間:1日(演習を実施する場合は2日)
研修は主に座学で行われ、次の内容を学びます。
1.モノづくりのリスクとヒューマンエラー
ヒューマンエラーそのものについての理解を深めるとともに、仕事への影響度合いなどを学びます。
2.ヒューマンエラーを引き起こすメカニズム
前述した、ヒューマンエラーの元となる「起因」と発生のメカニズムを学びます。
3.ヒューマンエラーを引き起こす要因
ヒューマンエラーを誘発する「誘因」にはどのようなものがあるかを学びます。
4.ヒューマンエラーの分析法
ヒューマンエラーの防止策を考える前に、「どのような場所でどのようにヒューマンエラーが起きたのか」を分析する方法を学びます。
演習を取り入れる場合は、ここで5〜6人のグループに分かれます。各グループにヒューマンエラーの事例を渡し「5つのM」の要素から誘因を分析します。この方法で抽出した誘因に対し、「4つのE」の視点から対策を考えます。これを「5M4E法」といいます。
5M
・人(Man)
身体的・精神的状況、職場の人間関係 など
・機械・設備・機器(Machine)
機械、工具などの操作性の悪さ、保守点検の状況 など
・環境(Media)
職場の照明・温度・湿度の状況、騒音、安全面 など
・方法・手順(Method)
マニュアルなどの整備状況、作業応援体制の状況 など
・管理(Management)
現場リーダーの指示の方法、教育訓練 など
4E
・教育・訓練(Education)
知識教育、実技訓練 など
・技術・工学(Engineering)
機器の改善・自動化 など
・強化・徹底(Enforcement)
基準・規則の明確化、注意喚起 など
・模範・事例(Example)
規範の提示、事例紹介 など
5.ヒューマンエラーの発生防止策
前述した「ポカヨケの推進」や「作業環境の見直し」など、ヒューマンエラーの具体的な防止策を学びます。
演習では、ヒューマンエラーの事例を元に「ポカヨケ」の構造や方法についてグループで話し合います。
6.ヒューマンエラーの早期発見対策
ヒューマンエラーが起きた時に、ミスを拡大させないための早期発見対策を学びます。前述した「ストップ・ルック」やダブルチェックなどが主な内容です。
7.まとめ
組織におけるヒューマンエラーの総括と社会の変化に伴う今後のヒューマンエラー対策の重要性を学びます。
ヒューマンエラー研修で得たことを実務に生かすには
ヒューマンエラーを予防するには、研修で学んだことを実行することが重要です。研修を受けた従業員に、以下のような取り組みを促します。
・研修で学んだ「誘因」が、自社の作業工程のどこに当てはまるかを確認する
研修で学んだことの全てが自社に当てはまるとは限りません。個々の作業で誘因になりそうな箇所を見つけたら、作業手順書などにチェックをしておきます。
・部下に指示を出す際に、どこでヒューマンエラーが発生しやすいのかを具体的に伝える
作業手順書にチェックをした項目について、どこがどのようにミスにつながりやすいのかを具体的に伝えます。
ヒューマンエラーを防ぐには、企業側が「ヒューマンエラーを予防することの大切さ」を従業員に周知するなど意識啓発を行うことも有効です。
<取材先>
株式会社マネジメント21 代表取締役 吉原靖彦さん
TEXT:畑菜穂子
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト