アウティングとは
「アウティング」の用語について法律上の定義はないものの、一般に、LGBTQの当事者の性自認や性的指向を本人の了解を得ず、第三者に暴露することを指します。また、アウティングはいわゆる「SOGIハラ」の一種であると捉えられます。
◆LGBTQ
Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)、Gay(ゲイ、男性同性愛者)、Bisexual(バイセクシュアル、両性愛者)、Transgender(トランスジェンダー、性自認が出生時に割り当てられた性別とは異なる人)、QueerやQuestioning(クイアやクエスチョニング)の頭文字をとった言葉です。性的マイノリティ(性的少数者)を表す総称の一つとしても使われます。
◆SOGI(ソジ)ハラ
本人が秘密にしておきたいかどうかに関わらず、個人の性自認や性的指向について第三者が嫌がらせをすることを指します。
改正「労働施策総合推進法(パワハラ防止法)」との関係
パワーハラスメントの防止措置が企業に義務付けられた法律改正「労働施策総合推進法(パワハラ防止法)」と同時に出された通達「令和2年厚生労働省告示5号」では、「個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)」にあたる項目に、以下の内容が記載されています。
「労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること」(令和2年厚生労働省告示5号)
つまり、アウティングもパワーハラスメントにあたりうる行為であり、議論すべき問題だと厚生労働省は明確に示しています。
ただし、この法律は、企業に対するパワーハラスメントを防ぐための体制の整備や、そのほか雇用管理上で必要な措置を講じることを義務化したものです。企業が十分な対策や適切な初動対応をしない場合に行政から指導を受ける可能性はあるものの、アウティングの発生自体について、この法律をもって企業がペナルティを受けるものではありません。
企業の法的責任とは
法律によるペナルティはないものの、社内でアウティングが起きた場合、企業には次の観点から民事上の損害賠償責任が生じる可能性があります。
・使用者責任
従業員のアウティングが業務内で行われた場合は、雇用する企業も使用者として法的責任を負うことになります。
・安全配慮義務違反
企業は、従業員が生命、身体などの安全を確保しつつ働くために必要な措置を取る義務を負っています。アウティングが発生したときは「事前に必要な措置が取られていたか」「事後対応が適切かどうか」の両面から、安全配慮義務違反に当たるかどうかを判断します。
・不法行為責任
故意または過失により、企業自体が他人の権利や法律上保護される利益を違法に侵害した場合、その損害を賠償する責任を負います。
◆企業に発生する可能性のある罰則
アウティングを受けた被害者が企業を損害賠償請求する可能性があります。この場合、刑法上や行政上の罰則ではなく、あくまでも被害者・加害者間または被害者・企業間の民事上のやりとりになります。
ただし、アウティングの内容が名誉毀損や侮辱罪、脅迫罪にあたると判断されれば、加害者が刑法上のペナルティを受ける可能性もあります。
アウティングが起きた場合の企業の対応
従業員がアウティングをした際には、企業の初動対応が重要です。まずは、被害者へのヒアリングを行います。ヒアリングの順番にも注意しましょう。加害者に先に話を聞くと、企業として把握している事実が曖昧であることから、加害者が事実の否認や具体的に話さないなどの弊害が生じる可能性が高まります。具体的な事実を特定しやすい被害者へのヒアリングを先に行います。
なお、ヒアリングの内容は、議事録などで証拠として残しておきましょう。
◆被害者へのヒアリング
- いつ(具体的な日時)
- どのような方法で(メール、談話中など)
- 誰から誰に対してアウティングが行われたのか
- 現時点で、心身に不調をきたしていないか
ここで重要なのは、被害者に落ち度があったような発言をしないこと。また、被害者の体調によって産業医とも連携して、医学的見地からの対応も検討します。
◆加害者へのヒアリング
次の内容について加害者から話を聞き、被害者から聞いた内容とのすり合わせをします。
- いつ(具体的な日時)
- どのような方法で(メール、談話中など)
- 誰から誰に対してアウティングを行ったのか
- アウティングを行った理由
◆第三者へのヒアリング
被害者と加害者からヒアリングをしても、両者のすり合わせが十分でないなど、アウティングの客観的事実を把握しづらい場合は、周囲で暴露行為にあたる言動を見聞きしていた人に話を聞きます。
ただし、調査範囲を不必要に拡大すると、調査そのものが噂を広めることになりかねません。第三者に話を聞くときは、必要最小限の範囲にとどめましょう。
◆アウティングの事実が特定できた場合の対応
「飲み会で個人の性的指向をネタのように暴露する」など、明らかに悪質であると認められた場合、企業は以下の対応を検討する必要があります。
ア.被害者への対応
- 配置転換(被害者が希望する場合)
あくまで被害者が希望した場合です。被害者が望んでいないにもかかわらず、被害者のみを配置転換をすることは避けましょう。
イ.加害者への対応
- 配置転換
- 懲戒処分
- 注意指導
また、被害者と加害者の意向があれば、企業が謝罪の場をセッティングすることもあります。両者が希望しない場合は形だけの謝罪となってしまうなどの弊害もあるため、無理に行わないようにしましょう。
ウ.第三者への対応
- ヒアリングの内容を広めないよう指示する
◆懲戒処分をする際の注意点
懲戒処分には、始末書を書かせて厳重注意するなどの「譴責(けんせき)」から「出勤停止」「懲戒解雇」まで、さまざまな段階があり、以下の点から総合的に判断されます。
- 情報の秘匿性の高さ
- アウティングによってその情報を知った人数
- 被害者から秘密にしてほしいと事前の申し出があったかどうか
- 暴露の目的
ここでは、「アウティングの加害者に企業が正式にペナルティを課すこと」が重要であり、重い処分を下すことではありません。加害者をいきなり懲戒解雇にするなどの重すぎる処分を行うと、今度は加害者との間で法的紛争が生じる恐れもあるので注意しましょう。
事態が起きないよう企業が整備しておくべきことは
アウティングが起きないために、企業は以下の3つを整備する必要があります。これらの対策は、アウティングが起きた場合に企業の責任を判断する際の論点にもなります。
1.就業規則の規程の見直し
「アウティング防止規程」のように大々的に設ける必要はなく、就業規則のセクシュアルハラスメントについて書かれた項目に明記する形で対応可能です。
例)
(セクシュアルハラスメントの禁止)
第●条
1 性的言動により、他の労働者に不利益や不快感を与えたり、就業環境を害するようなことをしてはならない。
2 前項の性的言動には、性的指向及び性自認についての意に反する暴露行為を含む。
就業規則に明記することで、次のメリットがあります。
- 企業は従業員に「アウティングはいけないことだ」と明示できる
- 加害者となる従業員に懲戒処分を行うことができる
2.ハラスメント相談窓口の設置と運用の確認
前述した改正「労働施策推進法」により、企業にはハラスメント相談窓口の設置が義務付けられています(中小企業は2022年4月1日から適用)。
相談方法は、電話やメール、専用フォームなど企業によって異なります。窓口は社内・社外のどちらにも設置可能です。
- 社内に設置する場合
人事部や企業の役員が担当します。 - 外部に設置する場合
企業が法律事務所などに委託します。
ハラスメント相談窓口に関しては、従業員への周知ができておらず、十分に機能していないケースがあります。アウティングやLGBTQに関する相談も受け付けていることも含めて、定期的に周知しましょう。
3.ハラスメント研修の定期的な実施
ハラスメント研修を行ったからといって社員の意識をすぐに変えることは難しいかもしれませんが、大切なのは企業が次のメッセージを発することです。
- 個人の性的指向や性自認は、第三者に知られたくない情報であり、暴露することはハラスメントに当たること
- 特に性的指向については、深刻な結果につながる可能性もあること
メッセージを提示して終わりではなく、発信し続けることで社内の共通認識を得られます。1年に1回など定期的に研修を行いましょう。
現在、アウティングが法的紛争に発展するケースはごく一部であるものの、暴露行為そのものは至るところで生じています。どこの職場でも起こりうる可能性があると心得て、対策を講じる必要があるのです。
※記事内で取り上げた法令は2021年9月時点のものです。
<取材先>
杜若経営法律事務所 弁護士 友永隆太さん
TEXT:畑菜穂子
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト
