パワハラ防止は採用戦略の前提に[第11回]不確実な時代に「人を活かす経営」とは?

 

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第11回 パワハラ防止は採用戦略の前提に


いわゆるパワハラ防止法が、中小企業を対象に2022年4月から施行されます(大企業は2020年6月に施行済み)。職場におけるパワハラは何としても防止すべきものですが、経営者としてどう対処することが適切か。答えは必ずしも容易でありません。
 
明らかな暴力や暴言など、明瞭なケースは誰にでも判断がつきやすく、自覚を促すなど、防止もしやすいものです。しかし、問題はグレーゾーンのケースや、経営者や管理職層も意図せぬなかで社員からハラスメントを指摘されるケース。これらは、ハラスメント・リスクの背景をとらえなければ、真の解決は望めません。
 
では、職場のハラスメント問題をどのように認識すべきか。FeelWorks 代表・前川孝雄さんが考察します。

 
 

2022年4月から中小企業にもパワハラ防止が義務化


労働施策総合推進法の改正によって、パワーハラスメント(以下、パワハラ)の防止対策が法制化され、大企業は2020年6月から、パワハラ防止の措置が義務化されました。中小企業についても、いよいよ2022年4月から義務化されます。
 
合わせて、2020年6月の労働施策総合推進法の改正と同時に男女雇用機会均等法と育児・介護休業法も改正され、セクシャルハラスメント(セクハラ)及び妊娠・出産等マタニティに関するハラスメント(マタハラ)防止も強化されました。
 
厚生労働省の「令和元年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(2020年7月)によると、民事上の個別労働紛争に関わる相談では「いじめ・嫌がらせ」が年々増加。2019年度は8万7千件に及び、8年連続で相談割合トップとのことです(図1参照)。
 
・図1:増加するパワーハラスメント(都道府県労働局等への相談件数)

 

「いじめ・嫌がらせ」の相談件数/民事上の個別労働紛争相談件数に占める「いじめ・嫌からせ」の割合  平成19年度 28,335件/12.5%  平成20年度 32,242件/12.0% 平成21年度 35,756件/12.7% 平成22年度 39,405件/13.9% 平成23年度 45,939件/15.1% 平成24年度 51.670件/17.0% 平成25年度 59,197件/19.7% 平成26年度 62,191件/21.4% 平成27年度 66,566件/22.4% 平成28年度 70,917件/22.8% 平成29年度 72,067件/23.6% 平成30年度 82,797件/25.6% 令和元年度 87,570件/25.5%都道府県労働局等に設置した総合労働相談コーナーに寄せられる「いじめ・嫌がらせ」に関する相談は年々増加し、
平成24年度には相談内容の中でトップとなり、引き続き増加傾向にあります。
出典:厚生労働省・パワハラ対策相応情報サイト「あかるい職場応援団


またコロナ禍での、リモートワークの常態化でリモハラ(リモートハラスメントの略。上司から部下への、遠隔での一方的な指示・命令・叱責や監視強化などに伴うハラスメント)の発生も指摘され、パワハラリスクは増大する一方です。その点では、パワハラ防止法の施行は時宜を得たものと言えるでしょう。
 
中小企業にとっては、年度末(2022年3月末)までが法施行までの準備に残された期間。防止対策の立案と実施体制づくりは、まさに目前に迫った経営課題です。

 
 

経営者・管理職層のアンコンシャス・バイアスがハラスメントの温床になる


私が多くの企業で人材育成を支援するなかで感じるのは、経営者や管理職層にアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見、固定観念)が強い場合や、上司と部下とのコミュニケーションが不十分な職場で、ハラスメントが生じやすいことです。特に上司側に「仕事には多少の困難や不条理はつきものだ」、「部下は上司の指示命令に従うべきだ」といった固定観念が強い場合は要注意です。なぜなら、そういった職場環境においては、上司の思い込みで一方的に指導や叱責をしがちで、意図せず部下を傷つけてしまう可能性が高いからです。
 
また、異性の部下に対しても、良かれと思ったコミュニケーションが、相手に不快な思いをさせる場合もあります。若い世代ほど、不条理なことを強要され我慢を強いられることはおかしいという意識に変わってきています。まず、相手を理解するように努めることが大切です。
 
若手社員の早期離職の要因の一つは、新社会人のリアリティショックにあると言われます。すなわち、職場や仕事が想像とは大きく異なると感じること、理想と現実のギャップです。
 
ただし、いつの時代にも新社会人にリアリティショックはつきものです。経営層や管理職層の方々も、多かれ少なかれ経験してきたことでしょう。「石の上にも三年」ということわざがあるように、数々のギャップに耐え、試練を我慢し、自力で乗り越えることが当然だと考える人も多いはずです。
 
しかし、この「我慢して頑張ることが美徳」という考え方は、もはや時代遅れだと認識すべきです。40代後半以上の管理職や経営層が就職した頃は終身雇用が約束され、若い頃に我慢して働けば次第に昇進する年功序列が一般的でした。定年まで勤め上げれば、退職金と年金で老後の暮らしも見通せたはずです。つまり「石の上にも三年」は、将来が保障されるという暗黙の前提があったから通用したのです。

 
 

「石の上にも三年」は通用しない⁉下働きを強いる企業は敬遠される


今の若者は、終身雇用はおろか年功制の給与体系も崩壊しつつある現代に働き始めています。だからこそ安定を求めるものの、「寄らば大樹の陰」だけでは将来が保障されない時代に働かなければならないことも自覚しています。したがって、真面目な層ほど会社がどうなっても食べていける市場価値のある人材に早く成長したいと考えているのです。「就社」ではなく、「就職」意識に変わったとされる所以です。
 
そのため、自分の成長やキャリアが保障されないなかで、単に「石の上にも三年」とばかりに、意義を感じられない下働きやノルマを課されることは、不条理なパワハラ同然と感じられるのです。経営者や上司のアンコンシャス・バイアスと上意下達の命令が、若者に職場のパワハラ傾向として受け止められ、早期離職につながる一因と考えられます。
 
また、注意すべきは、こうした社員の職場への不満が、SNSなどで一気に拡散される可能性もあることです。たとえ一握りの社員からでも、「うちの会社はパワハラ傾向あり」「実はブラック企業…」などのクチコミ情報が流されると、企業イメージが低下し、採用にも支障が出かねません。最近注目されているリファラル採用(社員の知人・友人の紹介による採用。効率的で定着率が高いとされる)の真逆となる、致命的なパターンに陥ってしまうのです。
 
こうした点からも、「石の上にも三年」といった考え方は、見直すべきでしょう。
 
ただし、私は下働きや高めの目標自体を否定するつもりはありません。大きな仕事の基礎となる大切な準備作業や、本人の成長のためなど、根気を要する仕事が必要な場面もあるでしょう。大事なことは、それらが本人の今後のキャリアにとってどのような意味を持つのか、腹落ちをさせられているか否かです。
 
社員一人ひとりの納得と成長・活躍を重視した経営姿勢が問われているのです。

 
 

パワハラがない職場づくりが採用の大前提


リクルートワークス研究所の調査によると、職場でハラスメントを受けた人は、受けなかった人に比べて、幸福感、生活満足感、仕事満足感のいずれにおいても低い傾向が顕著です(図2参照)。想像に難くない結果ですが、職場のハラスメントと働く人の幸せや働きがいとは負の相関にあるのです。
 
・図2:ハラスメントを受けたかどうかと幸福感・生活満足感・仕事満足感

 

幸福感  ハラスメントを受けた 幸福だと感じていた 29.0% どちらともいえない 40.6% 不幸だと感じていた 30.5% 受けなかった 幸福だと感じていた 45.0% どちらともいえない 39.5% 不幸だと感じていた 15.4% 生活満足感 ハラスメントを受けた 生活に満足していた 35.3% どちらともいえない 29.2% 生活に満足していなかった 35.5% 受けなかった 生活に満足していた 51.8% どちらともいえない 29.1% 生活に満足していなかった 19.1% 仕事満足感 ハラスメントを受けた 仕事に満足していた 24.9% どちらともいえない 32.3% 仕事に満足していなかった 42.7% 受けなかった 仕事に満足していた 41.5% どちらともいえない 36.5% 仕事に満足していなかった 22.0%出典:「職場のハラスメントを解析する」(リクルートワークス研究所2020年8月28日発行)


これからの企業経営を左右するのは、社員エンゲージメント(会社への愛着、紐帯)を強める人材育成力と働きがい。その実現には、「ハラスメントがない職場」が大前提となるのです。ハラスメントには、セクハラやマタハラなどもありますが、最も深刻なのは、やはりパワハラです。人が育つ現場づくりへの道のりは、パワハラ根絶を避けては通れないのです。
 
「パワハラ防止は採用戦略の前提条件」。—経営者はこのことを胸に刻み、防止法施行までの残された期間、積極的に準備に取り組みましょう。

 
 
 


株式会社FeelWorks代表取締役 前川 孝雄氏
Profile
前川 孝雄
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師
 
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団㈱FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・バワハラ予防講座」「eラーニング・新入社員のはたらく心得」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。(一社)企業研究会 研究協力委員サポーター、情報経営イノベーション専門職大学客員教授、ウーマンエンパワー賛同企業 審査員等も兼職。連載や講演活動も多数。著書は『本物の「上司力」』(大和出版)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)等33冊。最新刊は『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)

 

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