第10回 自社からの卒業を応援し、出戻り社員も歓迎しよう
若手社員がキャリアの基礎をつくる大切な時期に、自社でのびのび働ける環境を整えることは大切です。社員が自分を磨きながら、働きがいを持てるように育てることが望まれます。
けれども、人も会社も変わります。もし本人が自分なりのキャリアアップを考えて転職を望むなら、自社からの卒業を応援し、前向きに送り出す。さらに、社外での経験を経て、もう一度自社への復帰を望むなら、積極的に採用する。あるいは、業務提携で再度仕事を共にする。そうした柔軟な相互関係を結び合うことが、これからの人を活かす経営となるのではないでしょうか。
「早期離職=問題」という固定観念を脱し、社員の「終身キャリア自律」の支援をめざし、「卒業応援、出戻り歓迎採用」の経営にいかに歩みを進めるか。FeelWorks 代表・前川孝雄さんが、その道筋を説きます。
「短期卒業=締め切り」を定め、キャリア自律をめざす
前回(第9回)の連載では、企業経営者が発想を転換し、「終身雇用」から「終身キャリア自律支援」をめざす経営へと切り替えるべきことを論じました。今回は、どのようにこの考え方を実践するか、いくつかの企業事例の紹介を交えながら考えていきましょう。
まず、私がかつて在籍していたリクルートの例を紹介します。
もう20年以上も前になりますが、当時では斬新な「Carrer View制度」(通称CV制度)というものを取り入れていました。3年に期間を限定した契約社員制度で、学歴・職歴不問で成長意欲のある人材をCV社員として積極的に採用し、3年で一人前の人材に育て上げるというものです。
有期契約社員というと、一般的には正社員の補助や後方支援の定型業務要員かと思われがちですが、この制度の趣旨は違います。CV社員は、リクルートの第一線の重要な仕事の一翼を担ってもらいます。そして、実務と研修で徹底して育成し、3年後の卒業時には「キャリア支援金」を支給し、その後の転職や独立起業に役立ててもらうのです。
当時私がマネジメントしていた組織にもCV社員たちが多数おり、3年間という「卒業=締め切り」が明確なことで、貪欲に仕事に取り組み、自分磨きに熱心だったことが印象的です。第二新卒や経験値の浅い人材もいましたが、皆前向きで意欲が高く、卒業後の自分らしい道をみつけ、転職や独立を果たしていきました。
もちろん会社が本気で育て上げた有能な人材を3年で手放すことに、損失感がないわけではありません。しかし、締め切り意識を持たないまま数十年同じ環境で仕事を続けてしまうと、受け身になり惰性の働き方になるリスクも大きいものです。結果、能力と感性の陳腐化を招くことにもなりかねません。
明確なキャリア目標と締め切り意識を持たせることで、短期間にできる限り成長させ、新たなステージでの活躍に向けて送り出す。そのことが、本人のキャリアと成長のためには最善だとの信念が、制度の背景にありました。もちろん卒業者のなかには、双方の希望がマッチしてリクルートグループで正社員として再就職する人もありましたし、プロフェッショナルとして業務委託契約を結ぶ人も生まれました。
「3年間で自立できる採用・育成制度」で、中途退職者が激減! 定着率は9割に
正に、この締め切りを設けて育て、積極的に卒業を応援する事例を、同志社大学の太田肇教授が近著のなかで紹介されています(『「超」働き方改革』ちくま新書、2020年7月発行)。
同書によると、東海地方の従業員360人のある大手新聞店では、配達業務が深夜・早朝で過酷なこともあってか、3年間で8割もの社員が離職する厳しい状況に直面していました。そこで、悩みぬいた経営者が思い切って発想を転換し、各社員が3年間で経営者として自立できるように、採用・育成制度を大きく改めたのです。すると、むしろ離職者が減るとともに採用希望者も増え、制度改革から4年後には中途退職者はわずか2人に激減。定着率は9割に達したというのです。
「3年で自立できる力がつく」と、初めから期間と目標が明確なら、頑張りやすい。また、そのくらい社員の育成に熱心な会社なら、働きがいも感じられるし、さらに働き続けたい。そう社員が感じた結果、定着率が大きく上がったのです。逆説的ですが、社員の卒業を促すほど会社へのエンゲージメントが高まり、定着率も高まることを示した好事例です。
卒業生ネットワークを自社ファミリーに
上記の事例にみられるように、経営者は早期離職を問題視する「離職防止一辺倒」の思考の落とし穴から抜け出し、社員一人ひとりが社外でも通用するプロフェッショナル人材に育つことを応援し、むしろ健全な離職を前向きにとらえるという心構えが望まれます。
もちろんパワハラやブラック就労などによる、不健全な離職を避けるべきことは言うまでもありません。また、若手社員に厳しくするばかりで、極度のリアリティ・ショック(現実と理想に衝撃を受ける。思っていたのと違うと感じること)に追い込み、社内での活躍の可能性を知ることなく離職させてしまうことも防ぎたいものです。
しかし、本人の意向や将来の希望をよく聞いた結果、自社を離れ次のステージに向かうことが本人のためと判断できれば、むしろ応援して気持ちよく送り出す。こうしたマインドに切り替えるのです。
もう一つ、参考になる企業事例を挙げておきましょう。
アレックスソリューションズという、IT領域のグローバルエンジニアリングを主力事業とする会社では、海外でバックパッカーをしてきたような留学生たちを集め、ビジネスマナーからITの知識とスキルを基礎から教え込み、一人前のITエンジニアに育て上げ、国内外の他社に派遣しています。
けれども、せっかく育てたITエンジニアが、派遣先の世界的企業に引き抜かれてしまうことも少なくないとのこと。しかし、それも大歓迎だというのです。なぜなら、元社員とのOB・OG会(アルムナイ・ネットワーク)を組織し、交流を続けることで、元メンバーが新たな発注元となり、業績向上に貢献してくれるというのです。社員の離職を、むしろ自社ネットワークの拡大につなげ、さらなる発展を期す戦略なのです。
「卒業応援&出戻り歓迎採用」企業へ
いまや、政府の旗振りのもと、副業や兼業を認める会社が増えつつあります。2021年4月に施行となった高年齢者雇用安定法の改正では、企業がシニア社員の独立起業を支援し、業務委託契約を結ぶことも努力義務の選択肢の一つになりました。こうした変化の延長線上では、そもそも何をもって「就職」であり「退職」なのか、境界線が次第に曖昧になっていくことでしょう。
さらに、「人生100年時代」で、人が一生で働く期間は50年を超えます。そこで、早期離職を「今生の別れ」と考えず、その後も兼業や副業で緩やかにつながり続けるも良し。また、出戻り社員を歓迎して積極的に採用してはどうでしょう。
社員も一度転職したことで、元の会社の良さや、いかに恵まれていたかに気づく場合もあるでしょう。不平不満が多かった社員が望んで出戻った時には、これまで以上に真摯に働くかもしれません。企業側が確たる経営理念と、大切な人材を育てる姿勢を持ち続けていれば、元社員が転職や独立によって経験を積み、数十年後にリーダーとして戻ってくる可能性もあるでしょう。
「卒業応援、出戻り歓迎採用」の先行事例に驚いた経営者もいるかもしれません。ただ、この経営姿勢で大切なことは、個と組織が対等に選び・選ばれ合うなかで、共に成長していくことではないでしょうか。
Profile
前川 孝雄
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団㈱FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・バワハラ予防講座」「eラーニング・新入社員のはたらく心得」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。(一社)企業研究会 研究協力委員サポーター、情報経営イノベーション専門職大学客員教授、ウーマンエンパワー賛同企業 審査員等も兼職。連載や講演活動も多数。著書は『本物の「上司力」』(大和出版)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)等33冊。最新刊は『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)