第7回 転職意向者急増! 50代大企業出身者に活躍してもらうには?
いま、大企業の中高年ミドルの転職意向者が急増しています。その背景には、ビジネスモデルの転換や従業員の若返りに向けた早期・希望退職者募集の動きの活発化があります。一昨年までは、経済のグローバル化や第4次産業革命への備えとしての「黒字リストラ」も目立ちましたが、2020年からはコロナ禍の影響で業績悪化による「赤字リストラ」も増加しています。
終身雇用を信じて一つの会社で働いてきた当事者にとっては、青天の霹靂の厳しい状況ですが、中小企業経営者にとっては即戦力人材獲得の好機ともいえます。
しかし、中小企業が40~60代の大企業出身者をスムーズに受け入れ、活躍してもらうには、諸々の課題があるのも事実です。実際、過去に大企業出身者を高い給与で採用したにも関わらず、戦力化に至らなかった苦い記憶のある経営者も少なくないことでしょう。どうすれば、自社と転職者の双方にウィンウィンの採用を成し遂げられるか。FeelWorks 代表・前川孝雄さんが考察します。
早期退職2年前から7.8倍!上場企業がバブル世代を大量放出
いま、大企業による50代バブル世代社員の大量放出が進んでいます。東京商工リサーチの上場企業を対象にした調査によると、2020年に早期・希望退職を募った企業は93社で、前年比で2.6倍、一昨年比では7.8倍と急増しています。退職募集人数は、判明しているだけでも80社=1万8,635人で、東日本大震災の影響を受けた2012年の1万7,705人を超え、募集社数とともにリーマン・ショック直後の2009年に次ぐ水準です(図参照)。
◆2020年上場企業の「早期・希望退職」募集は93社
出典:東京商工リサーチ「2020年上場企業の早期・希望退職93社、リーマン・ショック以降で09年に次ぐ高水準」(2021.1.21)
また、募集企業の半数を超える51社が、直近の本決算で赤字の状況。新型コロナ感染症による打撃で業績が悪化した企業の「赤字リストラ」が、急増していることが伺えます。国内外のコロナ禍収束の見通しが依然不透明ななか、経済全体のV字回復は望めず、ゆっくり戻るU字回復どころか、だらだら回復が期待できないL字回復の傾向になる可能性さえ取沙汰されています。
突然の転職を余儀なくされた当事者にとっては大変厳しい状況ですが、この大企業ベテラン社員の転職市場への大量放出は、中小企業にとっては即戦力人材を採用できる大きなチャンスです。
しかし実際には、中小企業経営者の多くは採用に前向きではないようです。前向きになれない理由を聞くと、概ね次の2つの理由に集約されます。
- 自社では大企業のような高い給与を望まれても、支払うことができない
- 自社では元大企業管理職に活躍してもらえるようなフィールドがない
より直截的に言えば、「大企業で管理職として働いていた感覚のまま、評論家然として自社の問題点を指摘することに終始したり、上から目線で部下に指示・命令を飛ばすばかりでなく、自らも1プレイヤーとして働いてもらわないと困る」ということでしょう。実際、大企業からの転職者を採用したことによる苦い失敗体験がある経営者なら、大企業出身者は扱い辛いと警戒しているかもしれません。
しかし、10年ぶりの大量人材流出なので、出現比率は低くとも自社を飛躍させるキーパーソンに出会える可能性はこれまでになく高いはずです。もちろん、コロナ禍のさなか、中小企業も厳しい経営環境にあるでしょう。しかし、そこは逆の発想で、周囲が厳しい時だからこそ好機と捉えましょう。では、どうすれば自社にフィットしたミドル人材の採用が可能なのか、必要な視点と方法を次に提案します。
厳しい現実を直視し、給与より働きがいを望む人材を採用
まず、人材をどう目利きするか。それには、二つの視点から見定めることです。
第一に、本人が自分の置かれた立場と市場価値の現実を直視できているかどうかです。「自分は大企業で部長まで務めた。だから中小企業なら本部長か、役員待遇で」「年収800万円だったので、最低でも700万円以上で」などと待遇や条件ありきの人は、要注意。前職の社格や肩書きに未練をもつ気持ちはわかりますが、そもそも大企業の年功序列で上がりきった給与を転職先の中小企業でも得られると考えるのは筋違いです。この感覚は真っ先に改めてもらう必要がありますが、採用後の意識改革や条件折衝は経営者の大きな負担となり、結果として本人にとっても不本意な転職と捉えられるリスクもあるため、無理をせず断った方がよいでしょう。ただ、実際に転職活動を進め、相手企業から何件も断られるなかで、厳しい現実を知り、自分の立場を直視し始めるミドルもいます。こうしたショック療法を経て意識改革が済んでいる人材こそ、狙い目です。
第二は、給与や待遇より、仕事を通した顧客や社会への貢献としての「働きがい」を望む人材であるかどうかです。言い換えれば、転職先で少しでも役立てるようにと、自分のこれまでの知識や経験を棚卸しし、提案と行動ができる人こそ採用しましょう。未知の仕事や、プレイヤーとしての実務もゼロから学び直したり、雑務であっても前向きに取り組め、年下の同僚や上司の下でも気持ちよく働けるなど、柔軟で謙虚な姿勢があるかを見極めましょう。
以上を踏まえつつも、実際に一緒に働いてみないと本当の相性はわからないということです。そこでお互いのためにも、インターンシップ(試用)期間を設けたり、当面は契約社員の形をとったりすることも一考です。また、最近は副業や兼業を許可する企業も増えていますので、しばらくは前職に籍を残しながら働いてもらう方法も有効です。
期待する役割と成果を明確化し、対等な業務委託契約も有効
なお、ミドルの受け入れに際しては、必ずしも正社員での採用が唯一の選択肢ではありません。本人のキャリア自律や働きがいを考えた場合、自社へのフルコミットを求め、あらゆる仕事を無限定に任せるメンバーシップ型雇用より、本人に期待する役割と成果を明確にしたうえで、その範囲で大いに力を発揮してもらうジョブ型雇用の方が、より馴染むとも考えられます。
具体的には、会社と本人が対等なパートナーとして契約を締結する、業務委託や顧問契約などが有効です。特に、本人の専門分野や能力水準が可視化しやすく、会社が望む期待値も明らかな場合には、この形が有効でしょう。企業側は固定費としての人件費負担を増やすことなく、流動費として業務に応じた支出で済む場合もあります。本人も自分の専門の仕事にのみ専念し、キャリアを磨くことができます。さらに、他社とも同様の契約を結ぶことで取引先を広げ、失業リスクも分散できます。両者にとってストレスの少ない、合理的な形態と言えるでしょう。
経営者が自らの理念とビジョンをしっかりと語ることから
最後に強調しておきたいのは、中小企業経営者が見落としがちな、大企業にはない中小企業の魅力です。転職する大企業ミドル自身はもちろんのこと、受け入れる中小企業経営者としても、大企業からの転職は都落ちと感じるのは致し方ないと考えるかもしれません。しかし、この捉え方自体をお互いに払拭することが大切です。
中小企業で働くことは、大企業では得られない魅力があります。第一に、中小企業は大企業より顧客やマーケットとの距離が近く、自分の努力と工夫次第で、仕事の手応えが直に伝わってくる「働きがい」を得やすいことです。第二に、大企業のように組織が出来上がっておらず、役割分業も細かくないため、自分の裁量しだいで仕事の進め方を変えられる余地が大きく、自律的なキャリアを磨き続けられることです。第三に、経営トップと社員との距離も近いことから、経営理念やビジョンをしっかり共有し合い実践できることです。もちろんこれらは、小さな組織の弱みと見ることもできます。しかし、大組織の歯車として働いてきたミドルにとっては、逆にとても魅力的な強みに映ることも少なくないのです。
そのため、大企業ミドル人材の獲得に動く場合には、経営者は自社の理念やビジョンをしっかり語り、本人の職業人生後半の夢やビジョンとしっかりすり合わせ、新たな光明を与えましょう。それが転職人材の真価を引き出し、活かす力にもなるはずです。
Profile
前川 孝雄
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団㈱FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・バワハラ予防講座」(2021年リリース予定)等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。(一社)企業研究会 研究協力委員、ウーマンエンパワー賛同企業 審査員等も兼職。連載や講演活動も多数。著書は『本物の「上司力」』(大和出版)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)等33冊。最新刊は『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)