時給1,000円時代に突入!中小企業に突きつけられる難題
昨年の令和元年10月の地域別最低賃金の引き上げにより、東京都は1,013円になり、いよいよ最低賃金1,000円時代に突入しました。平成14年10月時点で東京は708円でしたから、17年で43.1%のアップです。地方では、大阪でも964円、愛知でも926円。青森、岩手、鳥取、島根、愛媛、高知、鹿児島、沖縄など最低額の地域では790円となっています。しかし、リクルートジョブズの調査*1によると、東京・名古屋・大阪の三大都市圏におけるパート・アルバイトの募集時平均時給は、2016年12月には1,000円を超え、直近の2020年1月時点で1,082円なっています。この国は、すでに4年前から時給1,000円時代に入っているのです。
個人的な話で恐縮ですが、30年以上前の学生時代、大手デパートでアルバイトしていた当時の時給は600円でした。日本は賃金が上がらず、諸外国と比しても低いことが指摘されて久しくなりますが、牛歩ながら上がってきたといえるでしょう。ただ、大手企業と比べて財務体力が弱い中小企業経営者の立場に立てば難題を突き付けられたことになります。
とにかく中小企業は人が採れない時代になっています。すると、一般的に企業が打つ手としては、まず「給与を上げる」ということを考えます。実際、アルバイトが集まらない飲食店やサービス業などは、募集時の時給がどんどん上がっている状況です。経営が好調ならそれでもいいでしょう。しかし、多くの企業は経営に苦しみながら、苦肉の策として時給を上げざるを得ないというのが現実です。なんとかして人を採らなければ、事業の存続自体が厳しくなってしまうのですから。
2019年度の初任給トップは50万円!新卒で年収1000万円という事例も
このような事態はアルバイトに限ったことではありません。若手の正社員採用も非常に厳しい状況。ですから、新卒初任給も当然上昇傾向にあります。日本経済新聞*2によれば、2019年度の新卒初任給ランキングのトップは日本商業開発の50万円でした。新入社員で50万円とは驚きです。ボーナスがさらに年間3カ月分の150万円あるとして、年収ベースで750万円。中小企業サラリーマンの平均年収が300万円ちょっとですから、新人でいきなりその2.5倍程度も稼ぐということになります。また、昨今はAIなど最先端の知識・スキルを持つ新卒人材であれば年収1,000万円出すという企業も出てきています。
これらの破格の初任給で新卒者を採用している企業は、コンサルティングやITなどの業績好調な業界が中心。高給で人を採用しても事業がうまくいくビジネスモデルが成立しているからこそできることです。それ以外の、成熟状態にある業界の中小企業が、上記の成長企業に対抗して初任給を上げることは現実的に無理があります。それでも、せめて「同業界のライバル企業には負けまい」とできる範囲で上げたところで、初任給の引き上げは、ただでさえ苦しい経営を圧迫することになります。長年貢献してくれた中堅・ベテラン社員の給与は決して急上昇しているわけではないでしょうから、社内の不満を高め対立を煽る一方となってしまいます。
なお、コンサルティング業界やIT業界の破格の初任給を、従来の日本における年功序列の職能給の考え方で解釈するのは誤りです。そもそもこれらの企業では、実力に応じた職務給・成果給をベースとしていることが多いですから。職能給をベースとした制度は、若い頃は給与が低くても、40代、50代で回収できる仕組みになっていますが、職務給・成果給は「即時払い」という考え方であり、欧米で主流の給与制度です。この制度のもとでは、新人・若手であっても一定の成果が求められ、それに見合ったパフォーマンスを出せなければ、すぐに見切りをつけられてしまうことも多いのです。
中小企業は「給与・待遇」ではなく、「働きがい」で勝負せよ
ただでさえ少子化の現代。特に地方での労働力人口の減少が深刻になる中、人材を採用しつなぎ止めるためには、企業は、ライバル企業に負けないさらなる好条件を提示し続けなければなりません。こうなると企業の体力勝負。体力が続かない企業は次々と脱落することになります。
しかし、この消耗戦の人材獲得競争に中小企業の勝機はあるでしょうか。私は、中小企業は、ハイパフォーマンスで活躍できる即戦力人材を求めて、体力のある企業との熾烈な人材獲得競争に、参戦することは得策ではないと考えています。「初任給30万円超え」「若手でも年収1000万円」といった、給与で優秀な人材を惹きつけようとする企業とは、もともと勝負する土俵が違うと考えたほうがいいでしょう。
では、何で人を惹きつけ、採用し、定着を促していくのか。結論をひと言で言うと、「働きがい」です。近年の就業意識に関する調査で軒並み指摘されるのは、諸外国と比べて日本で働く人たちの「仕事満足度」の低さです。その原因は「働きがい」が感じられていないことです。これは10年以上にわたり、400社以上で人材育成を支援してきた私の確信です。
時代の変化と働く人たちの意識変化をみればわかります。例えば、高給を得られる業種で人材の定着率も高かった銀行では、昨今若手人材の早期離職が深刻化してきています。一方で、NPO・ボランティア活動への関心が高まっており、自腹で貴重なプライベートの時間を割いて働く人たちが増えています。これを私は「仕事を買う現象」と呼んでいます。貧困や環境破壊など社会問題解決に挑む社会起業家も増えつつあります。
これらの背景にあるのは、すべて「働きがい」を求める人間心理です。「働きがい」とは、人のために動く喜びです。何もボランティアでなければ得られないものではありません。その象徴はお客様のために働き、「ありがとう」と感謝され喜んでもらうことです。そして、この「働きがい」は、一人ひとりの業務が細分化され、社内調整にパワーを割かれがちな大企業よりも、一人ひとりの業務範囲が広く、ダイレクトに顧客と接する機会の多い中小企業の方が感じやすいはずです。つまり、「働きがい」ならば、熾烈な人材獲得競争において、中小企業に勝ち目があるのです。私が見てきた企業、支援してきた企業でも、この人間心理に敏感な経営者ほど、人の採用と定着・活躍に成功しています。
もはや終身雇用を信じておらず、大企業の不祥事報道なども見続けてきた若者は、親世代のような大企業信仰もなくなってきています。あらためて自社の事業における「働きがい」を見つめ直し、実感しやすい職場環境を整え、伝えていくことが、中小企業が採用難の時代を乗り切る道につながっていくのではないでしょうか。
Profile
前川 孝雄
株式会社FeelWorks/青山学院大学兼任講師
人材育成の専門家集団(株)FeelWorksグループ創業者。兵庫県生まれ。大阪府立大学、早稲田大学ビジネススクール卒業。リクルートで「リクナビ」「ケイコとマナブ」「就職ジャーナル」などの編集長を経て2008年に「人を大切に育て活かす社会づくりへの貢献」を志に起業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、独自開発した「上司力研修」「50代からの働き方研修」「育成風土を創る社内報」などで400社以上を支援している。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年に(株)働きがい創造研究所設立。一般社団法人企業研究会 研究協力委員、ウーマンエンパワー賛同企業 審査員なども兼職。著書は『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『上司の9割は部下の成長に無関心』(PHP研究所)、『年上の部下とうまくつきあう9つのルール』(ダイヤモンド社)、『「仕事を続けられる人」と「仕事を失う人」の習慣』(明日香出版社)、『もう、転職はさせない!一生働きたい職場のつくり方』(実業之日本社)など30冊。最新刊『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)は、発売2カ月で4刷とベストセラーに。
出典:
*1 株式会社リクルートジョブズジョブズリサーチセンター
最新市場データ(平均賃金レポート(アルバイト・パート))
*2 日経新聞
初任給ランキング2019 生活・サービス、賃金改善急ぐ