第2回 就職氷河期の再来「コロナ氷河期」は中小企業の採用チャンス(前編)
2020年の初頭から広がり始めた新型コロナウイルスは、今なお世界での感染拡大に歯止めがかからず、収束の見通しが立ちません。世界経済の急激な悪化のもと、国内的にも産業の約7割を占めるサービス業から基幹産業である製造業まで、かつて経験をしたことがないほどのダメージを受けています。雇用面への影響も大きく、企業の規模、業種、雇用形態に関わらず、深刻な状況が続いています。そうした中で、採用市場にも就職氷河期の再来ともいえる「コロナ氷河期」が訪れようとしています。コロナ禍の中での採用動向をどう見るか、かつての就職氷河期を振り返りながら、中小企業経営者は今いかに採用に臨むべきか、FeelWorks 代表・前川孝雄さんが考察します。
コロナ禍で一変した新卒採用市場
まず、急変した採用市場の現状を概観しましょう。
2008年の世界的な金融危機リーマン・ショックの影響による2010年代半ばまでの厳しい時期を経て、近年の新卒採用市場は活況を取り戻しつつありました。東京オリンピック・パラリンピックの招致が2013年に決まったことも追い風となり、多くの企業が景気の先行きに明るさを感じ、採用にも熱を入れ始めます。それまで中途採用で人材を補ってきた中小企業も、新卒採用に乗り出すところも出てきました。
2010年代半ばからは大卒求人倍率は右肩上がりとなり、2019年卒の求人倍率は1.88倍。2020年卒の求人倍率も1.83倍の高水準でした。しかも、これは採用強者である大企業から採用弱者の中小企業までの平均数値です。従業員規模300人未満の中小企業に絞ると、2012年卒から2014年卒までの3.3倍前後が、2019年卒では9.92倍という3倍もの驚異的な数値に跳ね上がっています。即ち、ここ5年ほどはバブル以来の空前の売り手市場にあったのです。
しかし、2020年に入り、突然この売り手市場を崩壊させたのが、新型コロナウイルスの世界的流行です。これまでに経験のない未曽有の事態に各企業は対応に追われ、パニックに陥りました。
例年なら4月中下旬に発表される、リクルートワークス研究所による翌年度卒の大卒求人倍率も、企業の実態調査が混乱を極め、2021年度卒の発表は3カ月以上遅れの2020年8月6日にまでずれ込みました。そして、調査結果は売り手市場傾向だった昨年度までから一転。2021年度の大卒求人倍率は、10年ぶりに前期比0.3ポイント以上下がり1.53倍(6月調査)にまで低下しました。コロナ禍による先行き不透明さからの企業の採用計画縮小で、全国の民間企業の求人総数は前年の80.5万人から68.3万人へと12.2万人、15.1%も減少したのです(出典:リクルートワークス研究所 https://www.works-i.com/research/works-report/item/200806_kyujin.pdf)。求人総数が前年比10%以上の下落を記録したのは、リーマン・ショックの影響の2009年以来です。求職する個人にとっては、昨年までの売り手市場は突如として幕を閉じ、終わりの見えない「コロナ氷河期」が訪れたのです。
このコロナ不況は、金融機関やグローバル企業などの大企業に被害をもたらしたリーマン・ショックと異なり、サービス産業や製造業などの中小企業が大打撃を受け、休業や廃業・倒産に追い込まれるなど、実体経済を直撃しています。短期間での回復は難しく、場合によってはバブル崩壊後と同じく、約10年間求人水準が戻らない可能性もあるのです。
いまだ続く「就職氷河期」問題とは
この「コロナ氷河期」で懸念されるのは、1990年代半ばから2000年代半ばに訪れた「就職氷河期」の再来です。就職氷河期は当時の若者世代に深刻な傷跡を残しました。
1980年代までの日本経済は、戦後復興から高度経済成長を経て安定成長へと移行し、景気はずっと右肩に上がり続けるとの期待と高揚感に包まれていました。「一億総中流社会」と言われたように、誰もが豊かな暮らしを手に入れ、継続できると信じていました。雇用は売り手市場で、1990年には大卒求人倍率は2.77倍、翌1991年には2.86倍と、1人の新卒者に3つの就職先が約束されるという、今では信じられないくらい恵まれた就職環境でした。
ところが、バブル崩壊を機に雇用状況は急速に悪化し、著しい経済の落ち込みで、新卒・中途ともに採用は抑制されました。非正規雇用者が増え、1998年には初めて賃金も下落し、企業による正社員への締め付けも厳しくなります。完全失業率は、1991年の2.1%から2002年の5.2%へと断続的に悪化していきました。こうした中で、とりわけ若者の雇用情勢は深刻化の一途をたどります。1996年卒では大卒求人倍率が1.08倍となり、2000年には0.99倍と1倍を切り、この国は働きたいと願う大卒の若者1人に1つの就職先も用意できなくなったのです。
この頃からインターネットでのエントリーが一般化しましたが、100社以上にエントリーシートを送り、数社面接まで行ければ御の字。あまりに多くの企業から「お祈りメール」という断りが届いたため、自尊心や自己肯定感を否定され、心が折れてしまう若者も続出しました。
出典:厚生労働省「非正規雇用の現状」
また、正社員就職が叶わず、非正規雇用に追い詰められる若者が急増し始めたのもこの頃です。「15歳〜24歳層の非正規雇用比率」は、1995年の12.9%から、2005年には34.2%へと、他の年齢階級と比べ著しく上昇しました。
社会人デビューをして、仕事の基礎力をつけるべき20代に、この「就職氷河期」に遭遇した当時の若者は、現在30代半ばから40代半ばを迎えています。その間、雇用悪化が長期化したことで、「年収300万円時代」「格差社会」「ワーキングプア」「派遣村」「ニート」「子供部屋おじさん(中年の引きこもり)」「未婚率上昇による少子化問題」といったさまざまな社会問題が顕わになりました。そして、就職氷河期から20年近く経った今なお、彼らは“就職のつまずき”に翻弄される人生を歩んでいるのです。
若者の採用は社会の責務であり、何より自社の未来の飛躍の糧
この就職氷河期の傷跡を見ると、今回の「コロナ氷河期」が現代の若者世代に同様の禍根を残すことが懸念されます。企業にとっても厳しい現状ですが、未来を担う若者世代に成長の機会を提供することは、現役世代の責務でもあり、また、少子高齢化が深刻化する日本社会・経済の維持のためにも不可避の課題です。
そうした、あるべき論とともに、中小企業経営者が再認識すべきは、他社と違う戦略、逆張りの戦略こそが生き残りの道でもあるということ。経営は苦しいものの、それは他社も同じ。求人倍率が急減し失業率が高まるなかだからこそ、中小企業にとっては採用チャンスです。昨年までは振り向きもしてくれなかった優秀な若者を獲得する可能性か高まっているのです。この時期の人材採用戦略が、5年後10年後の自社の飛躍を決めるかもしれないのです。
(後編に続きます)
Profile
前川 孝雄
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団㈱FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・バワハラ予防講座」(2021年リリース予定)等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。(一社)企業研究会 研究協力委員、ウーマンエンパワー賛同企業 審査員等も兼職。連載や講演活動も多数。著書は『本物の「上司力」』(大和出版)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)等33冊。最新刊は『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)