第4回 なぜ日本はリモートワークでの生産性が世界最下位なのか?
企業の新型コロナウィルス感染予防の「3密」対策(密閉、密集、密接の回避)として、一気に広がったリモートワーク。導入に踏み切り利便性を享受した企業では、アフターコロナでも活用を継続するものと考えられます。しかし、リモートワークについては、そのメリットとともにデメリットも指摘されています。国際比較調査では、日本はリモートワークによる生産性が著しく低いとの結果も報告されています。では、その本質的な要因は何か。FeelWorks 代表・前川孝雄さんが考察します。
「生産性が低くなった」40%、日本は世界10カ国中最下位
コロナ禍のなかで、リモートワークが急速に普及し、ニューノーマルの働き方として定着してきました。感染予防の効果と同時に、通勤時間削減によるストレス軽減や時間効率のアップ、ワークライフバランスの向上といった、プラスの効果が実感されています。しかしその反面、仕事の生産性の面では疑問や課題も指摘されています。
パーソナルコンピュータメーカーのレノボが世界10か国で実施した国際調査では、オフィス勤務に比べて在宅勤務で生産性が高まったとの回答が、全体平均で63%と高めでした。しかし、在宅勤務で生産性が低くなったとの回答では、世界平均が13%のところ日本は40%と10か国中、最下位だったのです(グラフ①参照)。
出典:「国際調査 テクノロジーと働き方の進化」(2020年7月 レノボ・ジャパン)
調査概要:グローバル経済に大きな影響を有しまたテクノロジー産業が発達している10か国(日本、米国、ブラジル、メキシコ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、中国、インド)において、18歳以上の企業・団体の従業員・職員20,262人(日本は2,021人)を対象に、2020年5月8日から14日に実施。
その原因に関連して、同調査では、他国に比べて日本の企業がIT機器やソフトウェアの購入などテクノロジーに十分な投資を行っておらず、従業員がこれらを自己負担で購入する割合が高いと指摘しています。そして、企業の環境整備の遅れがリモートワークの生産性を阻害する、大きな要因になっていると分析しているのです。
リモートワークの実施において、在宅での通信環境や設備の整備は不可欠です。しかし、果たしてその遅れが在宅勤務の生産性を損なう真因なのでしょうか。その要素を加味したとしても、日本が他国に比べてリモートワークでの生産性が著しく低いとする本質的な要因は、私は「メンバーシップ型」と呼ばれる日本型雇用組織でのマネジメントにあると考えています。
役割が曖昧で「頑張っている様子」で評価してきたメンバーシップ型雇用
人材マネジメントの分野では、雇用のあり方を欧米流の「ジョブ型」雇用と日本流の「メンバーシップ型」雇用に分けて論じます。ジョブ型とは、企業が必要とする仕事・役割に見合った能力を持つ人を採用し、職務内容を細部まで定め、仕事に応じた賃金を支払う方法です。社員はその仕事に専念し、期待される成果を上げればよいのです。しかし、担当の仕事自体が会社からなくなってしまえば、いつでも雇用契約を打ち切られる覚悟も必要です。
一方のメンバーシップ型は、企業が職務内容を限定せずに人を採用し、長期に渡って雇用を保障し、ジョブローテーションもさせながら育て、年功や職位に応じて賃金をアップさせていく仕組みです。社員には、入社時に担うべき仕事・役割が明示されず、まず求められるのは会社の「メンバー」になることへのコミットメントです。その上で、配属先で懸命に働き、努力の成果や本人の適性や会社都合によって、様々な仕事や役職に異動していくことが想定されているのです。
したがって、ジョブ型では、職務内容と上げるべきパフォーマンスを会社と社員が共有しやすく、その達成プロセスを社員に任せることも容易です。社員はリモートワークであっても、上司からの細かい指示・管理なしで自律的に仕事を遂行しやすいのです。
一方、メンバーシップ型の場合、どのような業務でどの程度のパフォーマンスを上げればよいか、上司による部下の仕事の評価基準も明確ではありません。そこで、上司は部下の仕事振りを間近に見て、「頑張る姿勢」や「困難ななかでも仕事をやり遂げようとする態度」などで評価することになりがちです。
しかし、リモートワークではこうした間近でのマネジメントが成り立たず、上司は部下の様子の把握やフォローが難しい。その結果、上司は不安にかられ「部下の仕事の生産性が下がっているのではないか」と考える傾向があることが、別な調査結果でも示されています(図2 参照)。一方の部下にとっても目標が判然とせず、上司の承認をなかなか得にくく、進むべき方向に迷ったり、仕事のペースが落ちたりすることで、生産性の低下を感じていると考えられるのです。
(図2)テレワーク時の部下に関する不安(管理職)
設問:あなた自身または部下のテレワーク時に部下に関して不安に感じることをお答えください。(複数回答)n=150*管理職のみ
出典:「テレワークと人事評価に関する調査」(2020年4月 株式会社あしたのチーム)
調査概要:全国の従業員数5名以上の企業に勤める、直近1か月以内に週1日以上テレワークをした一般社員・直近1か月以内に週1日以上テレワークをした部下のいる管理職、20歳~59歳の男女 有効回答数:300人(一般社員:150人、管理職:150人)
※ 編集部注:「テレワーク」は「リモートワーク」と同義
労働時間をベースとした労基法改革が進まないことも問題
こうしたメンバーシップ型組織の特性とも関連して、労働時間による管理もリモートワークでの生産性を見えにくくする一因です。
日本の労働法制は時間管理をベースとしています。これは、戦後の高度経済成長期に、工場でのブルーワーカーの働き方を前提に法が整備された結果です。工場の仕事は、均質なオペレーションの仕組みの下で、同程度の訓練を受けた労働者の働きであれば生産性に大差は生まれにくく、時間による管理が有効でした。
しかし現在の日本の産業構造を見ると、およそ7割をサービス業が占めています。サービス業では、労働時間と仕事の成果は必ずしも一致せず、長時間働いてもお客さまの利用がなければ売上は立ちません。またサービス業に限らず、労働時間とパフォーマンスが連動しない仕事は多く、製造業でも生産計画を立てたり、製造工程全体を管理したりする業務などは、労働時間だけでは成果を測れません。
このように日本の労働法制のベースにある時間管理の考え方はすでに古びており、現代の日本企業の実情に合いません。しかし、時間管理ありきの労働基準法の改革が進まない中で、企業にとっては現行法を順守せざるを得ない働き方改革でも、「いかに残業させないか」「どうやって休日出勤を減らすか」といった議論が先行しがちです。企業は社員が何時から何時まで仕事をしているかを管理せざるを得ず、必定、上司は部下を監視する必要性に迫られるわけですが、これは不健全な状態です。
話をリモートワークに戻せば、上司は部下が「本当に時間一杯、仕事に専念しているのか?」と疑心暗鬼になりがちです。しかし、労働時間で仕事の成果や生産性を測る発想自体がもはや意味を成さなくなりつつありますから、リモートワーク下、時間で部下を管理し評価しようとすることは、残念な状態と考えるべきでしょう。
「なぜ日本はリモートワークでの生産性が世界最下位なのか?」——その答えは、仕事の定義や目標や評価の曖昧さにあると言えるでしょう。部下の仕事の目的をしっかり定義し、目標と評価指標を可視化し、上司と部下で共有できているか。そして部下が自律的に日々の仕事に取り組み、上司は要所でその進捗度合いを適切に評価し、有効な支援ができる仕組みをつくれているか。真の課題は、そこにあるのです。
Profile
前川 孝雄
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団㈱FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・バワハラ予防講座」(2021年リリース予定)等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。(一社)企業研究会 研究協力委員、ウーマンエンパワー賛同企業 審査員等も兼職。連載や講演活動も多数。著書は『本物の「上司力」』(大和出版)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)等33冊。最新刊は『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)