第5回 リモートワークで求められる経営者の心得
職場のパワーハラスメント(パワハラ)の防止対策が法制化され、2020年6月から施行されました。厚生労働省によると、民事上の個別労働紛争に関わる相談では「いじめ・嫌がらせ」が年々増加し、2019年度は8万7千件に及び、8年連続で相談割合トップとのこと。またコロナ禍の下、リモートワークの常態化でリモートハラスメント(リモハラ。上司から部下への、遠隔での監視強化やプライバシー侵害などに伴うハラスメント)の発生も指摘され、ハラスメント・リスクは増大する一方です。では、リモハラ予防も含め、リモートワークで求められる経営者の心得とは何か。FeelWorks 代表・前川孝雄さんが考察します。
管理強化はリモートハラスメントになりかねない
リモートワーク下で浮上している課題の一つが、「部下の日々の働きぶりを把握できていない」という経営者・上司層の不安です。前回の本コラム(「なぜ日本はリモートワークでの生産性が世界最下位なのか?」)でも考察した通り、上司の多くがリモートワークによって「部下の生産性が下がっているのではないか」「報連相をすべき時にできないのではないか」「仕事をサボっているのではないか」といった懸念を強くしているのです。職責意識の強い上司ほど、自己効力感の低下や役割喪失の不安を感じる可能性が高く、背景には会社組織として社員の働きぶりを管理しきれていない危機感がありそうです。
それでは、リモートワークの下での上司と部下の次のやり取りから、課題点を考えてみましょう。
◆【CASE】「ちゃんと真面目に仕事しているのか?」
【A部長】定例のオンライン・ミーティングを始めよう。まず、各自の業務進捗を報告してもらおうか。
【Bさん】実は、E社様との商談が、その後進展していません。担当者がご多忙で、コロナの影響も大きく、なかなか検討の時間がもてないとのことです。重ねてお願いするのも、かえって逆効果ですので……。
【A部長】何、まだ進んでないのか!君には何度もメールで指示しているから、もうとっくに済んでいると思っていたぞ。だいたい、ちゃんと真面目に仕事しているのか?在宅勤務で気が緩んでいるんじゃないか。
【Bさん】(そんな、ひどい!)……先方には何度かお伺いしていますが、なかなか反応がないのです。
【A部長】そもそも、画面に映る君の部屋の様子も雑然としていて、オンラインで商談してもお客様から軽視されているんじゃないか。さっきから子どもの声も聞こえていて、何だか緊張感がないしな……。
【Bさん】あっ、失礼しました。今日は学校も4時間授業で、お昼過ぎには帰宅していましたので。(家の様子まで監視されるなんて……)
【A部長】今度、君の奥さんを紹介してもらって、僕からも仕事に集中できるように協力して貰えるように頼んでみるか。
【Bさん】えっ!(……そんなことまで介入されるなんて……とても耐えられない!)
◆【解説】
この会社では、コロナ禍の感染予防のために在宅勤務を取り入れました。A部長は、部下たちを定例のオンライン・ミーティングに招集し、各自の業務進捗の報告から始めました。そこで、部下のBさんがE社との商談の遅れを報告したところ、A部長はBさんにメールで何度も指示を出していることや、遅れの原因はリモートワーク下のBさんの仕事振りや家庭環境にあるのではと、注意し始めましたが……。
ハラスメント・リスクとアンコンシャス・バイアス
リモートワークのもとでは、上司と部下の遠隔コミュニケーションが増えました。しかし、上司からのメールやチャットなど文字による一方通行の業務指示は、強圧的な印象を与えがちです。また、ZoomやTeamsなどのオンライン・ミーティングでは、背景に自室が映ったり部下の家族関係を知ったりなど、プライバシーに触れがちです。A部長のメンバーBさんへの発言は、「精神的な攻撃」(名誉棄損、侮辱)や「個への侵害」(私的なことへの過度な関与)のハラスメント・リスクをはらむものです。
また、在宅勤務で上司が部下に抱きがちなのが、「ちゃんと仕事をしているのか?」という疑念(アンコンシャス・バイアス)です。職場なら常に部下の仕事ぶりを観察し、直接報告を求め、指示することも容易です。しかし、在宅勤務では部下の仕事ぶりが見えません。指示に対して部下からすぐに反応がなかったり、報告が遅かったりすると、自分の意向が軽んじられているのではと疑心暗鬼に陥ります。
そこで、苛立つ上司が部下への指示を強め、執拗に報告を求めると、部下にとってはプレッシャーとなり、ハラスメントと受け取られるリスクも高まるのです。
部下の思いを正しく捉える(価値観を知る)
一方、部下側は上司からの督促のような連絡に、ストレスを増幅させがちです。上司の指示メールに対し、悪い報告や悩みの相談は返しにくいものでもあります。
また、勤怠状況把握のため朝夕の連絡を強制されたり、パソコン上の管理ソフトで常時状況をチェックされたりなどの監視強化で、メンタルを病んでしまう部下が出かねません。上司に悪意はなくとも、リモート故に部下にとって配慮に欠けるコミュニケーションに憔悴してしまう例が増えているのです。
また、在宅勤務は通勤などから解放され、働きやすい一方で、仕事と生活の切り替えが難しく、家族への気遣いも絶えません。仕事の片手間に家事や育児に対応せざるを得ず、夜になってやっと落ち着いて仕事に取り掛かれるケースも少なくないのです。また、在宅中の光熱費や通信費など、家計への負担もかかります。プライバシーへの過渡な介入は禁物ですが、こうした部下の悩みには十分な配慮が必要です。
リモートワークで求められる2つの心得
そこで、リモートワークの下で経営者に求められる心得として、次の2点を挙げます。
◆(1)責任の明確化 〜信じて任せた仕事の当事者は部下自身と心得る
上司の職責意識からとは言え、部下に仕事を任せきれず、常時監視しようとする手法では、リモートワークでのマネジメントはうまくいきません。これからの上司に求められる役割は、部下に指示通りの作業を強いることではありません。部下と仕事の目的をしっかり共有し、これに沿って部下が自律的に働くことを支援することです。
信じて任せた仕事の当事者は部下自身であり、上司は結果責任を取るのです。場合によっては、会社としての業積評価や人事制度の改定も必要でしょう。
◆(2)仕事の具体化 〜脱あうん! 非言語コミュニケーションを言語化する
これまでの日本企業にありがちだったのは、上司が全てを語らずとも部下が「あうんの呼吸」でその真意を理解し、空気を読んで行動すべしとするムラ社会的な風土です。しかしリモートワークでは、それが機能しません。
「部下が自分の考えを理解してくれない」と嘆くのではなく、自分のメッセージを明瞭に言語化し伝える工夫が必要です。「あとで営業状況を報告して」などの曖昧な依頼ではなく、「○日までに○○エリアのお客様のご要望を、箇条書きにして提出してほしい」と、具体的に伝えるのです。
Profile
前川 孝雄
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団㈱FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・バワハラ予防講座」(2021年リリース予定)等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。(一社)企業研究会 研究協力委員、ウーマンエンパワー賛同企業 審査員等も兼職。連載や講演活動も多数。著書は『本物の「上司力」』(大和出版)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)等33冊。最新刊は『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)