生活を支える仕事ながら、リスクや心ない差別も
――「エッセンシャルワーカー」とは、一般的にどんな職種を指すのでしょうか。
近年「エッセンシャルワーカー」と呼ばれるようになったのは、大まかに言えば「新型コロナウイルス感染症の感染リスクを抱えつつ、人と対面して働かなければならない人」「自宅などでのリモートワークができない職種」であると私は考えています。
一般的には医療機関や福祉施設、飲食店などの各種小売店、バス・電車などの公共交通機関で働く人や、タクシーやトラックの運転手などをイメージされることが多いのではないでしょうか。他にも電気やガス・水道などのインフラに関わるスタッフ、警備員や消防士、清掃業者、保育や学校の先生なども含まれるでしょう。社会の基盤を支える職業であり、コロナ禍に限らず地震などの自然災害時にも業務を止めることなく継続させることが求められます。
エッセンシャルワーカーによる仕事は、平時であれば「当たり前にあるもの」と思われがちです。新型コロナウイルス感染症の流行という緊急事態を迎えて、多くの人がそのありがたさや重要性にあらためて気づいたと言えるのではないでしょうか。「エッセンシャル(essential)」は直訳すれば「必要不可欠な」という意味ですが、最前線で活躍してくれている人たちに尊敬の念を込めて使われるようになった言葉なのでしょう。
――感染症の流行の終わりがまだ見えない中、リモートワークのできない「エッセンシャルワーカー」は、感染の不安と隣り合わせで働かざるをえない状況が続きますね。
コロナ禍で大きな打撃を受けている業種が多い中、食品スーパーなどの小売店や、マスクや消毒液といった衛生用品を扱う企業は業績が堅調と言われています。しかし、こうした職場では求人の需要が高い反面、応募者が少ない状況が続いています。
また、医療機関に支援物資や募金が届けられるなど、エッセンシャルワーカーに対して多くの人から敬意が示される一方、医療従事者や宅配便のドライバーに対する差別的な言動があることもニュースになりました。こうした背景も、志望者が減っている一因ではないかと考えられます。
求人では会社の理念や仕事の意義を伝える
――感染リスクなどもある中、エッセンシャルワーカーと呼ばれる職種の求人にあたっては、求職者にどんなことを訴えていくと効果的でしょうか。
エッセンシャルワーカーに限らず、どんな職種でも人は下記の4つの軸を考えながら仕事を選ぶと言われています。どれも重要ですが人によって重視する軸は異なります。
1. 仕事軸
職種や業務の内容、仕事を通じた自分自身のキャリアップを重視するタイプ
2. 待遇軸
給与・休日・福利厚生などの就労条件を重視するタイプ
3. 会社軸
企業理念やビジョン(会社のめざす姿)、ミッション(会社の使命や目的)、バリュー(会社が行動の基準とする考え方)を重視するタイプ
4. 人軸
社長や社員の人柄など、一緒に働く人を重視するタイプ
エッセンシャルワーカーの職場では、土日休みではなかったり、深夜や早朝の勤務があったりするため、2の待遇軸を重視する人に向けて求人をすると、応募者が求める条件のハードルが高く条件が合わないことがあるかと思います。採用のためだけにすぐに勤務体制などの改善・変更を行うことも難しいはずです。
ですから、公共性が高いエッセンシャルワーカーの仕事においては、特に3の会社軸や4の人軸の強調が肝要です。会社の理念に共感し、チームの中で力を発揮できる人なら仕事を長く続けられる可能性が高いでしょう。
――エッセンシャルワーカーの採用にあたり、会社理念やビジョンをどう伝えたらいいのでしょう。
具体的には、経営者や人事担当者、配属予定部署の上司などが自身の言葉で会社の理念や目標を語ることが大切です。例えば介護職であれば、他の施設との違いやどんな価値観を重視して運営しているかを明確に伝えましょう。
――人手不足で、かつコロナ禍で多忙を極める職場だと、会社側と求職者との考えにズレがあっても、目をつぶって採用してしまうことがありそうです。
企業は求人について「人手不足だから」という理由に終始していないか、一度考えてみてください。やみくもに「人手が欲しい」という気持ちが先行すると、採用された側は「自分は会社にとって“手”なのだ」、つまり道具のように扱われていると感じてしまいます。
人を募集する本当の理由は、突き詰めれば会社の目標や理想を実現したいからですよね。「認知症になっても毎日楽しく暮らせる老人ホームを作る」とか「おいしい食品を手頃な値段でいつでも買える店にする」といった、自社の事業や思いの背景を再確認しましょう。その目標を一緒に達成するために、かけがえのない人として迎え入れたいというメッセージを求職者に伝えなければなりません。
エッセンシャルワーカーの社員の安全を考え、守る企業に
――会社の理念や仕事の意義に共感できる人を迎え入れる意識が大切なのですね。
とはいえ、誰にとっても生活がありますから、労働環境の改善は必須です。採用時には実際に働いている人の給料、休日、残業時間の例を示すなどして現状を誠実に伝えつつ、少しずつできる範囲で待遇を良くする工夫を重ねていきましょう。
感染症対策も同様です。リスクは避けられないとしても、リスクに対して職場はどう対策しているか、どんな補償があるかをしっかりと説明しましょう。
エッセンシャルワーカーは、「レジを打つ」「トラックを運転する」などの「作業」をする以上に、社会のインフラを支える役割を担った重要な存在です。「会社は自分たちを守ってくれる」と従業員が実感できる職場なら、十分に能力を発揮して働くことができ、離職者も少なくなります。そして、その評判を聞いてさらに意欲のある人が集まる、という好循環が生まれるのではないでしょうか。
<取材先>
株式会社アタックス・セールス・アソシエイツ コンサルタント
酒井利昌さん
TEXT:石黒好美
EDITING:Indeed Japan + 笹田理恵 + ノオト