コロナ禍のリモートワークで増える「複業」人材
――以前は「副業」や「サイドビジネス」が勤務先に許可されることは珍しかったと思います。しかし近年では社員の副業を正式に認める企業が増えているようですね。
政府の推奨する「働き方改革」にも後押しされ、2017年末頃から大企業を中心に社員の副業を解禁し始めています。「副業」というと本業の傍ら副収入を得るための仕事というイメージですが、現在では複数の仕事に関わることで仕事の幅を広げる「複業」という考え方が広まってきています。
社員にとっては、現在の仕事を続けながらスキルアップや人脈を広げる機会が得られることは大きなメリットです。コロナ禍で急速にリモートワークが普及したことで、時間や場所の制約を受けずに仕事ができる人が増えたことも追い風になっています。
「複業」は、人材獲得のチャンスになる
――社員数の多い大企業なら、社員が複業のために数日休んでも業務が回りそうです。しかし、中小企業にとっては社員の複業は現場の負担になりませんか。
業務が属人的になっていて、誰かが休むと現場が混乱してしまうような職場では厳しいかも知れません。また、リモートワークの環境が整っていない企業は、複業人材を受け入れる間口を狭めている可能性があります。複業を認めたり、受け入れたりするなら、業務のマニュアル化や多能工化、リモートワークを拡充する動きが必要でしょう。
――複業を認めることで、採用できる人材の幅が広がりそうです。
社員の働き方に自由度を持たせている企業と、そうでない企業の二極化が進んでいます。複業など多様な働き方を認めることで、自社では採用できなかった人材を自社に招き入れることも可能になるはずです。
例えば、本業で大手企業に勤務している人が、収入よりプロジェクトの内容や企業の理念を重視して複業を検討するケースもあります。地元に貢献する事業や、小さくても組織やプロジェクトのマネジメントに挑戦してみたいという人は増えていますし、複業の容認や受け入れをきっかけに、これまで出会えなかった人材と働ける可能性も広がるでしょう。
「複業」という働き方が企業を変えていく
――社員が他社で複業を始めた場合、企業側が注意すべき点はありますか。
労働時間については注意が必要です。現状の労働基準法では、1日8時間、週40時間を越えて労働させたときは割増賃金(残業代)を払わねばなりません。さらに同法には「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と明記されており、多くの場合は複業先の企業で「残業代」の支払い義務が生じることになります。
しかし、複数の企業での労働時間を通算するのは現実的には大変困難です。よって、新たに複業を始める人は、複業先の企業と雇用契約ではなく業務委託契約を結ぶことが一般的です。
――社員が複業を始める時に、会社に報告するルールを定めるべきでしょうか?
複業する際に、社員が自己申告する制度を設けることをおすすめします。例えば「視野を広げて社内に新しいアイデアをもたらしたい」といった複業の目的も含めてオープンにすることで、他の社員の信頼も得られます。社員が隠れて他社の仕事をしていては、本人も後ろめたくなりますし、周囲に「複業のせいでこちらの会社の仕事がおろそかになっているのでは?」という疑いが生まれてしまうこともあります。いくら自身の力が生かせるといっても、競合他社での複業は禁止したい場合も自己申告制度で防ぐことができるかもしれません。
――社内規定における注意点はありますか。
雇用契約書で守秘義務規定について明記してあることが多いですが、営業秘密や個人情報などを漏らさないことを該当社員と再度確認する機会を設けましょう。雇用契約にそれらの記載がない場合は誓約書の取り交わしを検討する必要があります。
また、他社と業務委託契約した社員に向けて、社内で確定申告の勉強会などを設けることも良いアイデアだと思います。
――複業をきっかけに、社内の働き方、制度がブラッシュアップされるのでは。
複業人材が増えていけば、変えなければならない社内制度は増えていきます。週に1日だけ勤務する人、出社せず完全にリモートワークの人、1日8時間・週5日で働く人など同じ評価制度を当てはめにくい状況になるでしょう。採用時のアプローチも違ってくるはずです。
今後は「採用したら定年まで雇用し続ける」「全員一律の評価」といった考え方は通用しなくなる時代になっていくでしょう。働き方が多様化するからこそ人事や労務の担当者の能力も上がりますし、より挑戦的でやりがいのある仕事にもなっていくのではないでしょうか。
<取材先>
株式会社MASH 代表取締役
染谷昌利さん
TEXT:石黒好美
EDITING:Indeed Japan+笹田理恵+ノオト