「複業」の目的は、自身の成長のため
――「副業」に比べると「複業」は見慣れない言葉です。どんな違いがあるのでしょうか。
複業を辞書で引くと、「複数の本業を持つこと。副業のような片手間仕事としてではなく、生業として別の業種を二つ以上兼務すること」とあります。しかし新しい言葉ですので、まだ厳密には定まった定義があるとは言えないと私は考えています。
従来の副業が、本業の合間に副収入を得るための「サブワーク」であったのに対し、最近増えてきている複業は「パラレルワーク」や「マルチプルワーク」とも呼ばれ、従事する時間に差はあっても「すべてが本業」と考えている人が多い印象です。複数の企業に所属したり、業務委託契約で仕事を請けながら、自分のスキルやキャリアを高めたり、人とのつながりといったコネクションを得たいという目的を持っている人が増えつつあります。
――すぐに本業並みの収入を得る目的より、スキルアップや自身の経験、新たな人脈を求めて複業を始める人が増えているのですね。
例えば「会社では営業職だが、マーケティングも経験してみたい」「Webデザイナーだが、プログラミングもできるようになりたい」という人がすぐに新しい仕事に移ることは難しくても、休日に独学やスクールに通って学び、勉強会や交流会で知り合った人の仕事を手伝ったりしながら、少しずつ経験やスキルを積み重ねていくことは可能です。その経験から複業につながることもあるでしょう。
ここ数年で社会は大きく変化しています。「ユーチューバー」や「インスタグラマー」など10年前には無かった職業がどんどん生まれています。その反面、時流に乗れない会社はいつなくなるかわからないとも言えます。自らのキャリアを1つの企業だけに集中させず、2つ以上の仕事や職種に関わっておくことがリスクヘッジになるという考え方も広がっています。
社員の複業は企業の成長のきっかけにも
――社員が複業を行うことに対して寛容な企業も増えてきているようです。なぜでしょうか。
政府の推奨する「働き方改革」の影響もあり、2017年後半から、大手企業を中心に副業解禁の動きが活発になりました。加えて、2018年1月に厚生労働省が発表した「副業・兼業の促進に関するガイドライン*1」が多くの企業に影響を与えています。
*1副業・兼業(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192188.html
特に注目されたのは「モデル就業規則」の改定です。就業規則を作る際、ゼロから独自の内容で作る会社もありますが、多くは厚生労働省が提供する「モデル就業規則」を参考にして就業規則を作成します。
2018年の改定ではモデル就業規則から、「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という規定は削除され、新たに「勤務時間外において、他の会社等の業務に従事する場合は事前に会社に所定の届出を行うこと」という内容が加えられたのです。つまり、「原則として社員の副業は禁止」だったものが「原則として副業は自由」に変わったということです。
モデル就業規則に法的な強制力はありませんが、国によるガイドラインの改定は多くの企業が「副業禁止規定」を再検討するきっかけになりました。
――しかし、社員が別の会社でも働くことは企業にとってデメリットになり得るのでは。
これまでは「ご法度」とされてきた複業ですが、労働人口が減少し、人材の確保が困難になってきた今では企業にとって複業する人材を受け入れることのメリットが大きいのです。複業人材を受け入れる体制にすれば、今までには採用できなかったスキルを持った人が自社に来てくれる可能性も広がります。
そして、複業を認めることで人材の流出を防ぐこともできます。複業を認めない企業では、社員が「違う仕事も経験したい」「自社に不満がある」と感じたとき、仕事を辞めて転職するしか選択肢はありません。
対して、複業を認めていれば空いている時間に異なる業種での就労や、週に4日は今の職場、1日だけ別の企業、といった働き方を選ぶこともできます。その結果、他社と比較し自社の良さに気付いて転職を思いとどまることも。複業を続けるにしても、せっかく採用した人の労働力が転職でゼロになってしまうことなく、何割かは自社に貢献し続けてくれるのです。
――複業を認めることで、会社の風土や制度の変化も生まれるのでしょうか。
社員が社外で様々な業務を経験することは、社内に新たな発想をもたらすきっかけになります。社外から新たに自社で複業する人を受け入れる場合も同じです。自社だけではなかなか変えられなかった制度や慣習、例えば人事評価の制度を変えていくきっかけにもなるはず。企業にとっても、向上心を持って働く人にとってもメリットのある複業の考え方が、いよいよ浸透しつつあると言えるのではないでしょうか。
<取材先>
株式会社MASH 代表取締役
染谷昌利さん
TEXT:石黒好美
EDITING:Indeed Japan+笹田理恵+ノオト