営業秘密とは?
企業には、生産マニュアルや顧客リスト、従業員の情報など、外部には公表したくない、知られたくない、知られてはいけない「企業秘密」がかならず存在します。
なかでも重要な企業秘密の一つに「営業秘密」があります。「不正競争防止法」では、営業秘密を「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう」(第2条第6項)と定義します。
不正競争防止法に違反し、営業秘密侵害行為がなされた場合、その行為者は、10年以下の懲役もしくは2000万円以下の罰金、またはその両方の刑罰が科せられます。
営業秘密に該当する3つの要件
不正競争防止法の保護対象となる営業秘密に該当するには、次の3つの要件を満たす必要があります。
1. 秘密管理性……企業が秘密情報として管理していること
秘密情報として管理しようとする対象が明確化され、情報を扱う従業員などが秘密として保護されていることについて予見可能性が確保されもそれていなければなりません。
2. 有用性……企業の事業活動に有効な技術上または営業上の情報であること
自社開発の製造方法や独自に開拓した顧客リストなど、客観的に見て経営上不可欠な情報であることが必要です。
3. 非公知性……一般に情報が知られておらず、入手が不可能なこと
自社では秘密として取り扱っていても、すでに他企業などで公表されている情報は該当しません。
営業秘密の漏えいが企業に与えるダメージ
秘密漏えいが発覚すれば、企業は多大なダメージを被ります。迅速な真相究明はもちろん、解決後の再発を防ぐための対応まで、莫大な時間や資金、人員を割くことになります。外部に損害が発生した場合、被害者に対して損害賠償を支払う必要も出てくるでしょう。
また、漏えい内容や規模によっては、事態が収拾するまで一時的に事業を停止しなければならないケースもあります。社内のみならず外部の委託業者など関わっている人たちのスケジュール、ビジネス計画もすべて見直さなければならないかもしれません。
そして、何よりも深刻なのは、社会的信用の失墜や企業のイメージダウンといったレピュテーションリスクです。従業員のモチベーション低下にもつながり、生産性や業績の低下、優秀な人材の流出につながっていく可能性も考えられます。
営業秘密を守る2つの準備
秘密漏えいを回避するためには、予防策を講じることが何よりも重要です。まずは、以下の2点を実施しましょう。
1. 就業規則などで秘密保持に関する規定を整備
自社における秘密保持の定義を就業規則などで明文化し、従業員に周知させます。規定にはルールを破った際のペナルティも明記しておきましょう。
2. 自社の営業秘密に即した内容の「秘密保持誓約書」を作成
営業秘密が外部に持ち出されないよう、関わる人たちには誓約書にサインしてもらうことをおすすめします。抑止力になるのと同時に、万が一、秘密漏えいが発覚し、裁判で漏えい者を罪に問う場合に重要な証拠書類になります。
秘密漏えいを予防する3つの管理方法
営業秘密を守るためには、次の3つの視点で管理することが望ましいでしょう。とくに「人的管理法」は徹底してください。どの管理方法にも、必ず「人」が介入するからです。
◆物理的管理方法
- マル秘マークを押すなど、ほかの情報とは明確に区分して管理する
- 持ち出せる人数をできる限り制限する
- 保管庫で管理し施錠する。また、保管庫の利用者の入退出を記録する
- 廃棄する場合は専門業者に依頼するなど、復元不可能な措置を講じる
◆技術的管理方法
- データにアクセスできる人数をできる限り制限する
- データの暗号化やパスワードの設定など、ネットワークに接続する際のルールを確立する
- 外部ネットワークからの侵入に対して防御策を講じる
- 必要なくなったデータは復元不可能な措置を講じて消去・廃棄する
◆人的管理方法
- 在職者に対する管理方法
- メールの誤送信や資料の置き忘れなどのうっかりミスを防止するためにも、定期的に教育・研修を実施する
- 意図的な流出を防ぐために、秘密保持を要請する文書にサインさせる
- 退職希望者・退職者に対する管理方法
- 退職願が提出された段階で、秘密情報へのアクセスを制限する
- 退職後の意図的な流出を防ぐために、秘密保持を要請する文書にサインさせる
- 必要であれば競業避止義務契約を交わす
- 退職後も退職者と良好な関係を維持する
- 委託業者などの第三者に対する管理方法
- 秘密保持を要請する文書にサインさせる
秘密漏えいが発覚した場合の対応
どんなに厳重に管理しても、秘密漏えいを完璧に防ぐことは困難です。万が一、発覚した場合には、「何の情報がどの程度含まれていたのか」、初動調査を迅速に行い、被害の拡大を阻止します。
真相の究明と適切な対応を速やかに行うためには、前述した予防策が大いに役立ちます。蓄積されているデータなどから、漏えい情報の範囲や持ち出された時期、秘密情報にアクセスできた人物などが特定でき、漏えい者を絞る手がかりになります。
その結果、犯罪に発展する可能性が予想できる場合、はやめに警察に相談することをおすすめします。規模が大きい場合は、公式サイトやSNSなどでの告知のほか、記者発表の要否も検討します。個人情報が含まれる場合は対象が特定できた時点で、迅速に個人情報漏洩が疑われる当事者に通知します。
そして、再発防止のためにも、漏えい者は適切に処分しましょう。管理システムに問題があったのか、うっかりミスだったのか、もしくは意図的だったのかなど、漏えい理由によって対応は変わってきます。
漏えい者が退職者の場合、退職金の返還や損害賠償の請求、営業秘密侵害罪などの罪に問うことができます。在職者に対しては、就業規則に則り処分します。悪質性が高ければ、損害賠償を請求することも可能です。
いずれにせよ、漏えい者を不正競争防止法や機密保持契約違反を根拠に訴える場合、客観的な証拠が必要不可欠です。秘密漏えいが起きてからの対処では間に合いません。普段から予防にどれだけ力を入れているかが、企業を秘密漏えいから守るための最大の対応策といえるでしょう。
※記事内で取り上げた法令は2021年5月時点のものです。
<取材先>
湊総合法律事務所 所長 湊信明さん
TEXT:塚本佳子
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト