消費税の新たな納税申告制度
――インボイス制度とはどのような制度ですか?
インボイス制度というのは、消費税が8%と10%の複数税率であることに対応するための新たな申告制度のことで、請求書や納品書の発行について所定の要件の記載と保存を求めるものです。要件を満たした請求書のことを適格請求書(インボイス)と呼びます。
この制度が導入されることで、従来の制度からどのように変わるのかは、消費税を国に納める仕組みから考えましょう。
たとえば、小売店で何かを購入したとき、購入者はお店に消費税を払い、消費税を預かった店側がこの消費税を税務署に納めています。店側は商品を仕入れるときにも事業者に消費税を支払っているので、仕入れの際に支払った消費税分を差し引いて、国に消費税を納めていました。これまでは原則として仕入れ額分の消費税を差し引くことができましたが(仕入税額控除)、インボイス制度が導入されると、「登録番号」を持っている事業者の適格請求書がなければ、消費税額を差し引くことができないという仕組みに変わります。具体的な例でみてみましょう。
【例】
商品を800円(税込み880円)で仕入れた場合→①仕入れ先に支払った消費税は80円
商品を1000円(税込み1100円)で売り上げた場合→②顧客から預かった消費税は100円
現状の制度では、店は②の100円から①の80円分を差し引き、20円を納税していました。しかし、インボイス制度導入後は、仕入れ先からの適格請求書の交付がなければこの80円分を差し引くことができなくなるため、店側が合計180円の消費税を納めることになってしまいます。
適格請求書というのは、これまでの請求書内容に登録番号と適用税率、消費税等の額を付け加えたものです。登録番号とは、税務署に適格請求書発行事業者の登録申請を行うと与えられるもので、その受付は2021年10月から既に始まっています。
主な目的は、取引にあたっての消費税額の透明度を高めること
――このような制度が導入された背景について教えてください。
制度の導入には大きく2つの理由があると考えられます。一つは、消費税が8%と10%の複数税率となっていること。仕入れと販売で、かかる税率に差が生じるケースが発生し、正確な納付税額の計算ができなくなってしまうため、適格請求書を導入することで複数税率に起因する計算ミスや不正を防ぎ、透明度を高めることを目指しています。
もう一つは、あまり直接的には言われていませんが、いわゆる「益税」をなくすこと。益税とは消費者が支払った消費税が、国や自治体に納められず、事業者の手元に合法的に残ることを言います。これまで基準期間の売り上げが1000万円以下などの一定の要件を満たす事業者は、消費税の課税事業者とはならず、消費税分が事業者の利益となる益税が起きることがありました。また、資本金が1000万円未満の事業者は、起業から2年間、消費税の課税事業者にならなくてもよいという措置が取られ、これによって益税となるケースがあったので、それらをきっちり回収し、少しでも税収を確保したいという国の考えがあると思われます。
課税か免税か、免税事業者は選択を迫られる
――つまり、消費税を払う必要がなかった免税事業者に大きな影響があるということでしょうか。
はい。課税事業者も登録番号を取得しなければならないので影響はありますが、より影響が大きいのは免税事業者です。登録番号を取得するために課税事業者になるか、これまで通り免税事業者のままでやっていくかの判断を迫られることになります。
なぜなら、元請け事業者は、登録番号を持たない下請け事業者からの請求書では消費税額を差し引けず、損をしてしまうからです。そうなると、元請け事業者は下請けの免税事業者に対し、課税事業者となること、もしくは仕入れ税額控除できない分の値下げを要求するといった可能性が出てきます。
場合によっては、その事業者の商品や仕事に価値があり、多少損をしてでも取り引きしたいというケースもあるかもしれませんが、どこから仕入れても変わらない商品の場合など、登録番号を持っている下請け業者が選ばれる流れになっていくのではないでしょうか。
――今後、中小企業がそういった選択の対象になる可能性があるのでしょうか。
制度に対する準備に早くから取り組んでいる大企業を中心に、下請けの免税事業者に対して「インボイス登録番号を取得したかどうか」、または「取得する予定があるか」を尋ねるアンケートを実施する会社が出てくると考えています。
この流れは、おそらくインボイス制度が導入される1年ほど前に活発になると考えています。
こうした動きが始まることで、中小企業や免税事業者の皆さんのなかでインボイス制度に対して、どのような対応を取るかの議論が始まっていくのではないかとみています。
――インボイス制度を導入することでどのようなメリット、デメリットがありますか?
一番のメリットは、取引の透明性が高まることです。一方で会計上の手間が煩雑になる可能性や起業した小規模事業者の意欲を阻害してしまうデメリットも予想されます。
さらに、登録番号の有無が取引をする上での一つの“パスポート”のような存在になってくるため、登録番号の偽造や番号の貸し借りが生じるなど、不正が発生するということも考えられます。
制度導入までまだ1年半以上の猶予があります。企業にとっては手間がかかる作業も増え、現状ではメリットが見えにくい部分もありますが、だからこそ、なるべくスムーズに新制度に対応できるよう、まずは制度を学んで早めに対策を考えておきましょう。
※記事内で取り上げた法令は2021年11月時点のものです。
<取材先>
公認会計士税理士甲田拓也事務所 代表 甲田拓也さん
PwCグローバルファームと個人会計事務所に勤務した後、2009年に甲田拓也事務所設立。新規事業・会社設立支援、会計税務顧問、経理代行業務など幅広く企業をサポートする。
TEXT:岡崎彩子
EDITING:Indeed Japan +笹田理恵+ ノオト