最近では、給与の透明性という言葉がよく聞かれるようになり、メディアでも数多く取り上げられています。Twitterでは給与額を開示するツイートが話題となり、TikTokでも給与の透明性に関するハッシュタグ「#salarytransparency」の動画再生数が7億回以上に達しています。
経営者も給与の透明化に関する動きには注目しており、Indeed によるデータでは、HR(人事)やTA(人材獲得)担当者の98%が、自社の経営幹部が、給与の透明性を「非常に」(82.4%)または「ある程度」(16%)重要視すべきだと回答しています。
また、アンケート調査の回答者のうち86%は、所属している組織全体が、給与の透明性に取り組んでいると答えました。
このように、給与の透明性を推し進める機運は高まってはいますが、依然、給与の透明性に関するポリシーの導入や、求人の時給や給与情報の公開に積極的に取り組んでいない企業があるのには、理由があります。
それは、経営幹部の多くが、従業員がいくら稼いでいるのかを知らないということです。
今回は、その要因について詳しく掘り下げ、早急に給与の透明性に取り組み始めることの重要性、そして、実践のための戦略やコツを紹介します。
給与の透明性が進んだ背景
給与の透明性は、求職者が大きな原動力となり推し進めてきました。米国内で実施し、2022年4月に公開された Indeed のアンケート調査によれば、求人情報に給与範囲が記載されている方が応募する可能性が高いと答えた回答者は、75%に達することが分かっています。
また、別の調査でも従業員の3人に2人が、給与の透明性がより高い企業に転職するだろうと回答しました。さらに、従業員の多くは、企業のポリシーにこだわらず自身の給与を共有しています。ミレニアル世代やZ世代(1981年~2012年に生まれた世代)の従業員のうち5人に2人が、同僚や仕事上の知人に給与情報を伝えたことがあると回答しています。
米国には、企業に給与の透明性を迫る州の規制があります。カリフォルニア州、コロラド州、コネティカット州、メリーランド州、ネバダ州、ニューヨーク州、ロードアイランド州(2023年から)、ワシントン州では、程度の差はあれ、すべての求人掲載で給与範囲を開示する州法を定めています。また、マサチューセッツ州とサウスカロライナ州でも、給与の透明性に関する州法を検討中です。
このように、給与の透明性向上の重要性は認識されるようになったものの、米国全土で経営者が広く行動に移すには至っていません。
Indeed による米国のHRやTA担当のリーダーを対象としたアンケート調査では、自身の組織で給与の透明性が実践されていないと理由として、大多数(44%)が、「優れたモデルやガイダンスが見つからない」ことを挙げています。
その他は、「従業員間の信頼を損なう」(31%)、「従業員が居心地悪く感じるようになる」(31%)、「怒りや不満につながる」(31%)、「全社で一貫して実践するには複雑すぎる」などが挙げられました。
従業員の給与を知って驚く経営幹部
そして、組織が給与の透明性の向上に踏み切れないもう1つの要因としては、前述のとおり、従業員の実際の給与額をまったく把握していない経営者がいることでしょう。
企業がより良い仕事を提供できるよう支援する非営利団体、Good Jobs Instituteで私がManaging Directorの仕事に就いた最初の月に、米国内の小売業最大手のある企業から、店舗の業務改善に関する依頼を受けました。
私のチームが数か月かけてデータ分析や店舗訪問に取り組んだ結果、他の多くの小売業者と同様に、この企業も従業員が生活するために十分な給与を支払っていないことが分かりました。従業員は2つの仕事を掛け持ちし、家賃や医療費、保育料などの支払いに追われている状態でした。
これを受けてプロジェクトでは、上級役員を対象とした2日間のワークショップを実施し、企業の給与の実態や分析についてのプレゼンテーションを行い、上級役員らに、年収が100万円以下や、100万~150万円の従業員の割合などの情報を提供しました。
自分たちが支払っている給与の少なさを知った上級役員たちは、驚きや動揺、羞恥心を隠しませんでした。そのうちの1人は「こんなにひどいとは思いもよらなかった」と私に言ったほどです。
しかし、上級役員らが驚く様子にショックを受けたのはむしろ私の方でした。従業員の給与額を企業の経営幹部がまったく把握していなかったのは、私にとっても予想外だったからです。
この衝撃から、こうした現象についての記事、「Why So Many CEOs Don’t Realize They’ve Got a Bad Jobs Problem(自社の従業員がレベルの低い仕事に就いていることにきづかないCEOがこれほど多い理由)」をHarvard Business Review誌に共同執筆しました。その後2年で、前述の小売業者は平均報酬を大きく増額し、従業員の生産性と定着率も高まりました。
この経験のおかげで、給与の透明性を拡大するには、やはり透明性が鍵となることが分かりました。以来、数多くの企業で似たような事例をサポートしてきましたが、従業員が大体いくら稼いでいるかをそのまま伝えると、多くの経営幹部は驚き、恥ずかしさを感じ、最終的にはより良い企業を目指して改革を実施してくれるようになります。
給与の透明性の向上に踏み出そう
給与の透明性の向上は、従業員だけでなく、企業や地域社会、社会全体にとっても良い影響があります。私が米政治メディアPoliticoで述べたとおり、給与データに関する透明性により、従業員や投資家、消費者、また取締役会が、昇給や支払いの公平性向上について企業にプレッシャーを与えることができるようになります。
貧富の差は、史上類を見ないほどの速さで進んでいます。過去40年間で、最上層の1%の人の収入は160%上昇したのに対し、下層の90%の人の賃金の伸びはたった26%でした。
白人は昇給を受ける可能性が高く、白人男性の収入1ドルに対し、黒人男性の収入は87セントで、女性の収入は男性の収入の84%です。黒人男性と女性はどちらも、(白人)男性とまったく同じ仕事をしていても、給与は低くなっています。
給与の透明性は、こうした賃金の不平等を解消する上で役立つかもしれません。特に求人掲載において給与の透明性が広がれば、低賃金の労働者に大きな力を与え、労働者は高い給与を払う採用企業に目を向けることができるでしょう。
給与の透明性が高まれば、男女間の賃金格差の減少にもつながります。たとえば、デンマークでは法改正が行われ、男女賃金格差の企業開示が義務化された結果、格差が7%減少しました。人種間の賃金格差の減少も、同様に起こり得ると考えています。
そして、給与の透明性は経済的流動性を促します。米国のコンサルティング会社、McKinsey & Companyのために非営利の人材開発プログラムを策定していたとき、私は低所得または低学歴の家庭で育った若者は、さまざまなキャリアで得られる収入に関する知識がほとんどないということを学びました。
そうした若者は、何を学び、どんな職業訓練を受けるべきかがわからず、社会経済的流動性が限られてしまいます。(現在、米国の社会経済的流動性は、階級意識の高いイギリスよりも低くなっています)
給与の透明化に関する懸念と克服方法
社会にとっては大きなメリットがあるものの、給与の透明性は企業が踏み込むのをためらう分野だと言えるでしょう。
前述のとおり、社内の現状を可視化して伝えることは、きっかけに過ぎません。次のステップとして、給与の透明化を実践するためのプランを立て、実現までの工程の複雑さや、長期的な影響に対する恐怖心を緩和することが大切です。
しかし、現状、こうした取り組みを効果的に進めるには、人材担当者が参照できるリソースが少なく、プランの策定に困難を伴う場合もあるでしょう。
そこで、私自身の経験から見出した、経営幹部が給与の透明性について抱く3つの懸念と、そうした懸念点を自社内で克服するためのアドバイスをお伝えします。
懸念1:同僚や他社より給与が低いことに気づいた従業員が退職する
この懸念は、最近米国で Indeed が行なったアンケート調査に回答した、HRやTA担当のリーダーの間では顕著で、給与の透明性が従業員の不信感や怒り、不満につながることを心配する声がありました。
特に、賃金の不平等が解消されていなかったり、給与の低い企業ではリスクは否めません。今年初めに Indeed が実施した従業員の給与の透明性に関するアンケート調査では、69%が同僚より自分の給与が低いことが分かれば転職すると回答したほか、55%が仕事のモチベーションが下がると回答し、50%が企業への信頼が低下すると回答しました。
ただ、ここで企業が気づいていないのは、市場の相場に関わらず、自身の給与が不公平だと考えている従業員が退職してしまう可能性です。
実際、市場と同水準の給与を得ている従業員(57%)と、水準以上の給与を得ている従業員(42%)は、自身の給与が相場よりも低いと誤解していることが分かっています。
また、相場より給与が低い従業員の72%は、すでに低いと考えている、または低いと疑っています。言い換えると、相場より給与が低い従業員は、その事実にすでに気づいています。さらに、透明性がないことから生じる誤解により、市場と同水準、または水準以上の給与を得ている従業員までも失う可能性があるということがここでの重要なポイントです。
この問題の解決法は、やはり透明性だといえるでしょう。従業員は自分の仕事の給与水準を理解できるほど、十分に市場を知らないばかりか、自身が受け取っている報酬に含まれるさまざまな価値を完全に把握していないこともよくあります。
こうした情報のギャップは、企業の定着率を上げる努力を台無しにします。私自身の経験からは、人材を引き止める効果的な方法はこのギャップを縮めることだと言えるでしょう。
私自身、給与の透明性に関する調査や執筆のほか、60店舗を展開するファーストフードチェーンの&pizzaで、Chief Business Officerを務めています。
数か月前から、従業員がお客様からチップを受け取れる制度を取り入れ、数週間後に、チップにより報酬が増えたと従業員が感じているかどうかを把握するためのアンケート調査を行いました。
その結果、従業員が実際に得たチップの額とアンケートの回答には、相関関係はないことが分かりました。1時間当たり3ドル多く稼いだ従業員も、給与がまったく変わっていないと感じていたのです。
それは、私たちが競合他社に従業員を奪われる可能性を意味していました。そこで、受け取ったチップの合計額を給与明細に表示したところ、離職率は30ポイント以上低下しました。
懸念2:賃金コストが上昇する
この懸念には根拠がないわけではなく、Indeed が実施したアンケート調査では、実際に、回答者の43%が給与の透明性を向上させたことにより賃金総額が上がったと認識していました。
しかし、給与額を開示する前に引き上げなければならないほど、低い給与や不公平な給与を支払っているのならば、るどのみち、その企業は従業員の給与にもっと投資した方が良いと言えるでしょう。それにより企業の競争力を維持できるだけでなく、結局、従業員は互いの給与について話す可能性があるからです。
それよりもHR担当者は、給与の透明性を実践するプロセスを策定して、報酬に投資することで、より優れた人材を獲得でき、定着率も改善され、従業員の意欲を高まるのだと、経営幹部説得すべきかもしれません。
私は何年も、給与水準を上げる重要性についてのビジネスケースを提案してきました。従業員への投資は、実際に純利益を向上させる効果が期待できるからです。
給与への投資を効果的に行うために、私は2段階のプロセスをお勧めします。
- 自社の給与を分析して、変更すべき点を特定しましょう。すべての給与分布を性別や人種、民族、職種といった観点から見直します。時給の従業員がいる場合は、賃金水準だけではなく、手取りの金額で計算すると良いかもしれません。
データが集まったら、以下の点を分析します。
- 公平性。男性の給与が女性よりも高くなっていないか(平均値、中央値、上位10%、下位10%など)。また、白人の従業員の給与が非白人の従業員より高くなっていないか。
- 妥当性。低賃金の従業員がいる企業では、従業員が生活に十分な収入を得ているか。Good Jobs Instituteでは、この分析に役立つ、生活賃金の支払評価ツールを無料で提供しています。
- 競争力。採用活動と定着率向上の観点から、自社の給与と、人材獲得における競合他社の給与を比較する。
- 分析結果を活かし、先ほど小売業者の例で紹介したように、経営幹部に対して改善するよう説得しましょう。その場合、次のような資料を提示することをお勧めします。
- 従業員が給与の透明性を要求している証拠を含めた、給与の透明性を実践するプラン。これは、ご自身が実施したアンケート調査などのデータからの事例でも構いません。
- 明確でありのままの分析結果。たとえば、類似の職種において、平均で男性が女性より1.2倍多く給与をもらっている場合などは、それをグラフで示すと良いでしょう。
- 現在の制度を続けることによるビジネスへの(マイナス)影響。繰り返しになりますが、これは自社の採用活動や定着率向上の課題や、マクロデータに基づくもので構いません。
- 提案する改革のビジネスコスト。
このプロセスで給与の透明性が実現できるだけでなく、採用候補者や従業員に、給与に関して嬉しいニュースを伝えることができれば理想的でしょう。
懸念3:実践のハードルが高すぎる
前述のとおり、Indeed のアンケート調査において、給与の透明性を実践していないと答えたHRおよびTA担当のリーダーのうち、25%は全国で一貫して実践するには複雑すぎると回答しています。しかし私自身の経験から言うと、まったく逆で、何を開示するかさえ決めれば、給与の透明性は驚くほどシンプルです。ただ、その方法を説明する優れた実践ガイドがほとんどないことで、難しくなっている可能性はあります。
給与の透明性の簡単なプロセスを実践するための、3つの戦略は以下のとおりです。
1. 開示する項目を決める。
「給与の透明化」で開示できる項目はさまざまです。どのように開示するか、私が判断に役立つと思う表を共有しますので、ぜひ参考にしてください。
判断対象 | 開示の選択肢 |
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給与に関する統計データ:給与額の平均値または中央値、給与範囲、分布の比較 をどう開示するか | ⚫︎給与額の平均値または中央値などの簡易統計 ⚫︎範囲(通常、職種別の給与範囲を、求人への応募者向けなどに開示) ⚫︎全給与の分布:給与水準ごとの従業員の割合(従業員の10%は年収50万円以下、15%は年収50万~100万円など) |
給与タイプ:時給などの賃金と、固定給の比較どう開示するか(時給の従業員が多い企業では関連性が高い) | ⚫︎賃金水準、ただし労働時間数は非開示(入社時の賃金または平均賃金のみを公開、手取り年収などは非開示) ⚫︎賃金水準と従業員の割合について、パートタイムとフルタイムの比較 ⚫︎賃金水準と時間数、または単に手取り年収 |
分析の単位:どのグループ単位で給与を開示するか | ⚫︎全社的な水準の給与分布 ⚫︎企業内の部分的なグループの水準別: - 職種 - 性別 - 人種や民族 |
給与や福利厚生:報酬総額(福利厚生含む)か、給与のみか | ⚫︎給与のみ、福利厚生は非開示 ⚫︎給与と福利厚生 ⚫︎個別にすべて含まれた報酬(給与と福利厚生の区別なし) |
何を開示するかを決める際には、以下の点を考慮すると良いでしょう。
- 自社の従業員や求人への応募者が具体的に何を知りたがっているのか。
- より公平に投資や給与の支払いを行う予定があるか。予定がある場合は、そのプランの要約版の開示から始めて、制度が改善したらすべての給与分布の開示に段階的に移行する方法をおすすめします。
- 価値のある福利厚生を提供しているか。提供している場合は、福利厚生を含めた過去の統計を開示することで、従業員が給与、福利厚生などを含めた報酬パッケージ全体としての価値をより理解できるかもしれません。
給与の透明性を包括的に実施している良い例として、給与範囲(「100万ドル以下」など)や職種、性別、人種または民族ごとに年収の分布を公開している、Intelなどを参考にしてみましょう。
2. 透明性への取り組みを明確に伝える
給与の開示を自社で発表する際には、不十分だと思う部分については率直に認め、どう対処するかを伝えることが大切です。特にミレニアル世代やZ世代の従業員は、ますます透明性を重視するようになっています。
透明性には、給与に関する数字を見直したときに、満足できる部分と改善点があると認識することが含まれます。一定の改革にすでに取り組んでいることと、自社が着実に成果を挙げつつあることを明確にしましょう。
3. 開示内容がスムーズに受け入れらるよう準備を整える
非常に重大な不公平さがある場合は、開示を延期しましょう。問題が公表されるリスクを避けつつ、速やかに是正措置を講じることが大切です。
- 開示する内容により、社内の優秀な人材を失う結果につながらないことを確認する。トップ10%に属する従業員に対する見え方に特に注意するようおすすめします。
- より公平性を保てるような分析を既存の評価プロセスに取り入れることで、従業員に自社が行なっている透明性への取り組みを伝え、開示内容がより公平なものに近付くようにする。たとえば、毎年の昇給額を決める前や、新規採用があった際に、すべての部門長が公平性を保てるよう、分析を行う支援するのも有効です。
- 管理職がとるべき対応を明確に設定し、適切なトレーニングを行う。たとえば、管理職から従業員に自社の給与や公平性に関する話をすべきか、また、従業員から不当に給与が低いと言われた場合にどう対処するか、などがトレーニングのテーマとして考えられます。
給与の透明性はこれからの企業にとって、当りた前のものとなっていくはずです。どの企業も、準備ができているかどうかに関わらず、透明性を向上する努力が求められるでしょう。
人事部門から、経営幹部に従業員の現状を把握するよう働きかけ、給与水準の向上や公平性を確保するための提案をすることは、人材市場全体にとって大きなメリットとなります。
給与の透明性の向上のために、どの段階においても、改善できる点はあるはずです。本ガイドがより良い方向に進むための参考になれば幸いです。
この投稿で述べられている見解や意見は著者のものであり、必ずしも Indeed の公式の方針や見解を反映するものではありません。
著作者プロフィール
Katie Bach
Katie Bachは、仕事の質と低賃金労働に関する問題について取り組み、著作しています。現在は、&pizzaでChief Business Officerとして働く傍ら、米国のシンクタンク、Brookings Institutionの非常勤シニアフェローも務めています。
記事内の出典 1 :2022年6月に Indeed のLeadership Connectが実施した、米国内のHRおよびTA担当のリーダー501人に対するアンケート調査。
この記事は米国版 Indeed LEADから翻訳・編集しました。
翻訳・編集:Indeed Japan 編集部