手、矢印、通貨、グラフ

向こう数か月の採用動向を把握するには、働いている国や地域にかかわらず、労働市場が逼迫している要因を考慮する必要があります。少子高齢化や移民の受け入れ制限など、世界の人口動態によって人材不足が進んでおり、世界中の採用企業が影響を受けています。 

加えて、地域的な要因から、それぞれの国が独自の採用課題に直面しています。来年に向けて適切な採用戦略を立てるには、労働市場の違いを理解し、その違いをうまく活用することが重要です。 

Indeed の経済研究部門である Indeed Hiring Labは、求人掲載や履歴書、ユーザー行動など、Indeed のサイト全体で数百万のデータを分析し、世界の労働市場のトレンドを調査しています。Hiring Labのエコノミストは世界中の主要な求人市場に拠点を置き、採用トレンドや給与情報、人気のスキル、注目されている採用企業の福利厚生など、世界の労働市場の状況に関する分析やレポートを発信しています。 

そこで、今回は各地域の採用市場の現状や、その状況によって採用企業が受ける影響について、Hiring Labのエコノミスト6名に解説してもらいました。 

Economist, Yusuke

Yusuke Aoki(日本)

日本:賃金と福利厚生が企業の差別化ポイント

Yusuke Aokiは、日本の労働市場を担当しているIndeed Hiring LabのEconomistです。政府・司法機関・民間向けに経営コンサルティングを行った経験を持っています。

状況:日本では、欧米とは異なる採用動向が見られます。人事やマーケティング、法務などの職種では採用は減少傾向にありますが、機械系のエンジニアやソフトウェアエンジニアなどは、求人市場が逼迫しています。テック業界で採用凍結やレイオフが見られないのは、労働力の構造的な違いに起因しています。日本ではほとんどの従業員がフルタイム勤務ですが、ソフトウェアエンジニアリングの仕事は、外部委託やフリーランス契約などの求人の割合が他国より高い傾向があります。日本の労働文化は長期雇用、または終身雇用を重視しているため、業界を問わず、レイオフされることはほとんどありません。一方で、企業は賃上げよりもレイオフを避け、従業員を維持することを優先するため、結果として賃金が上昇することはあまりありません。このことから、現在日本では賃金に関する話題が増えています。名目賃金の伸び率が1.1%、インフレ率が約3.3%であるため、日本政府は介入して企業に賃上げを要請しています。一部の大企業では、今年中にインフレ率を上回る賃上げが可能ですが、中小企業では難しいでしょう。これは、人件費を価格転嫁できないことが理由です。

キーポイント:採用企業が賃金を上げることができない場合は、労働環境の改善に注力すべきです。たとえば、Indeed のデータによると、採用企業は求人内容で育児休暇をアピールする傾向が強くなっています。また、入社時のボーナスや残業なしといった他のメリットも、人材を惹きつける上で重要なポイントです。

Economist, Jack

Jack Kennedy(英国)

英国:インクルーシブな採用が不可欠

Jack Kennedyは、英国やアイルランドの採用市場を担当している Indeed Hiring LabのEconomistです。Kennedyは金融サービス業界の出身で、マクロ経済の分析や労働市場の発展についての専門知識を持っています。 

状況:英国における人材不足の主な要因の1つに、高年齢労働者の退職があります。新型コロナウイルスの世界的大流行や、年金制度改革によって年金原資を早期に引き出せるようになり、早期退職が進んでいます。同時に、国民保健サービス(NHS)が逼迫し、手術や治療に対する待ち時間が記録的に長くなるなど、慢性疾患を持つ人が働けなくなるケースも増えています。このように、退職する人は増加傾向であるのに対し、再就職者数は減少傾向にあります。また、労働者の自由移動に終止符を打った英国のEU離脱の影響もあります。中でも、低賃金の業種が最も深刻な打撃を受けており、コロナ禍後の反動によって、求人数が非常に急速に増加しています。

キーポイント:特に今は、ダイバーシティやインクルージョンを尊重した採用ポリシーが重視されています。採用企業が自社の企業文化を見直し、採用プロセスにおけるバイアスを取り除くために、さまざまな取り組みができます。たとえば、求人内容に年齢差別的な意味合いを持つ可能性のある表現が含まれている場合には修正しましょう。

Economist, Nick

Nick Bunker(米国)

米国:労働市場は引き続き堅調に推移している 

Nick Bunkerは、米国の採用市場を担当している Indeed Hiring LabのEconomic Research Director for North Americaです。 

状況:失業率は依然として低く、求人増加率も堅調に推移しているにもかかわらず、昨今は景気後退の懸念が一層高まっています。最新のデータによると、求人数は減少して賃金も伸び悩み、市場は冷え込んでいます。テックやメディア系の業界ではレイオフ(人員解雇)が相次いでいることから、業界が逼迫した状態であることが分かります。また、健康保険や退職金制度などの福利厚生をアピールする求人広告の割合も、コロナ禍後の増加から横ばい状態になりつつあります。

ポイント:労働市場は落ち着きつつある一方で、コロナ禍が明け始めた頃には市場がいつになく活発でした。現在、市場は堅調に推移しています。賃金の伸び率は歴史的な水準から見ても高く、労働者の需要も依然として高まっています。また、一部の業種ではレイオフの影響は大きいものの、全体としてはレイオフ率は減少しており、月単位で見ると新型コロナウイルスの感染拡大前の平均を約16%下回っています。採用企業は、こうした変化を恐れるのではなく、労働市場はスムーズな移行を遂げ、現時点ではほぼ持続可能で健全な状態にあると見るべきでしょう。

Economist, Annina

Annina Hering(ドイツ)

ドイツ:貴重な人材層の女性が活かされていない

Annina Heringは、ドイツの採用市場を担当している Indeed Hiring LabのEconomistです。以前は、マックスプランク研究所にポスドクとして勤務していました。 

状況:ドイツは労働需要が非常に高い一方で、移民が少ないという問題があります。ドイツは移民に対する規制が多い上に、言葉の壁もネックとなり、他の国に比べて大きな魅力がありません。採用企業には、発想力を駆使して新たな人材を発掘することが求められていますが、まだ十分に活かされていない人材の層のひとつが女性です。ドイツでは女性の労働人口は伸びていますが、男性に比べるとまだ多いとは言えません。ドイツで働く女性のほとんどがパートタイム勤務をしており、その多くは小売業で働いています。主な理由は、質の高い保育が不足していることです。そのため、母親が育児休暇明けに職場復帰するのが難しく、女性がパートタイム勤務する中でキャリアアップしていく機会も限られています。

キーポイント:採用企業は、多くの女性を惹きつけるために、パートタイムや柔軟な勤務スケジュール、在宅勤務ができる求人数を増やすことを検討する必要があるでしょう。また、企業によっては、保育料の補助や、乗り換え用の自転車の無料提供、製品の割引などの特典を用意している場合もあります。

Economist, Alexandre

Alexandre Judes(フランス) 

フランス:経験豊富な採用担当者は学歴よりもスキル重視

Alexandre Judesは、フランスの労働市場を担当しているIndeed Hiring LabのEconomistです。フランスの競争力や労働市場改革、欧州統合など複数の政策問題に取り組んだ実績があります。 

状況:フランスの失業率は7.2%で、米国や英国、ドイツの失業率よりもはるかに高く、労働市場は硬直しています。人件費が高く、雇用法が複雑なため、採用に失敗するとコスト高になる可能性があります。サラリーマンの90%近くが無期労働契約をしているため、2~8か月の試用期間が終了した後の解雇は難しく、レイオフには包括的な正当性が求められます。また、失業手当も充実しており、18~27か月の間、税引き前給与の半分以上の金額が支給されます。そのため、フランスの採用担当者は、候補者の学位や出身大学を重視する保守的な傾向があり、求職者が異業種に転職することは困難です。その一方で、労働市場の逼迫により、採用担当者は検索条件を広げ、これまで検討されてこなかった範囲にも目を向けるようになりました。

キーポイント:私たちは、実際に仕事をしながら人材の能力や適性をテストすることを採用企業に推奨しています。必要に応じて試用期間を設け、多様な業種の候補者や、雇用の障壁に直面している候補者を前向きに検討しましょう。このように採用した人材が、他の従業員と同様に活躍することも少なくありません。

Economist, Brendon

Brendan Bernard(カナダ)

カナダ:競争力の高い報酬が鍵となる

Brendon Bernardは、カナダの採用市場を担当している Indeed Hiring LabのEconomistであり、雇用市場の動向が、カナダ経済の発展にどのように適合しているかを主な研究テーマとして分析しています 

状況:2021年は、カナダにとって地域や経済のさまざまな分野で求人が大幅に増加し、好況の年となりました。この雇用の急増に伴い、特にコロナ禍以前に希望よりも低い賃金で働いたり、スキルを十分に活用できていなかった人たちが、雇用市場の低賃金の業種から離れ、キャリアアップしていくのが見られました。一方で、米国とは異なり、退職や転職の波、いわゆるGreat Resignation(大量退職)は起こらず、カナダでは賃金の上昇が急速に進むということはありませんでした。現在は、過去半年ほどの間に前年比5%台という堅実なペースで賃金が上昇していることから、給与は新規採用者を惹きつける最も重要な要素であると考えられます。

キーポイント:競争力が高い報酬を提供することに加え、研修やキャリアアップの機会も求職者にとって重要なポイントです。さらに、採用企業はスキルアップへの投資を検討し、これまで必要とされていたよりも経験が浅い求職者を視野に入れるなど、候補者検索を拡大する必要があります。

まとめ:グローバルな視点で考え、地域に合わせて行動する

このように世界各国から寄せられた意見から、採用企業が厳しい労働市場で成功するには、採用戦略を進化させ続ける必要があることが分かります。しかし、エコノミストたちは、知識が力になると考えています。国内外を問わず、採用に関する課題の背景にある要因を理解することで、どのような障壁に直面しても人材を惹きつけることができるという重要な知見を得ることができます。