女性の社会進出やライフスタイルの多様化などを背景に晩婚化が進み、不妊治療に取り組む人の割合が増えています。仕事をしながら治療を続ける人もいますが、通院や体調のコントロールが必要になる上、職場に打ち明けにくいことも相まって仕事との両立に悩んで退職を選ぶ人も少なくありません。

自身も不妊治療を経験し、不妊に悩む人の支援をはじめ、企業や教育機関への啓発活動にも取り組む、一般社団法人MoLive(モリーブ)代表の永森咲希さんに、不妊治療の概要や当事者の心理状況、企業が気をつけるべきことについてお聞きしました。

通院日数も多く、治療によっては費用も高額に

――不妊治療はどのような治療かを教えてください。

不妊治療は、大きく「一般不妊治療」と「生殖補助医療」に分けられます。

一般不妊治療とは、基礎体温や超音波検査などを元に、最も妊娠しやすいタイミングに性交渉を行うよう指導を受けるタイミング法や、排卵の時期に合わせて子宮の入り口から管を入れて精子を注入する人工授精のことです。これらの治療法は、自然な妊娠に近いかたちを目指す治療で、通院の日数が月に2~5日程度、治療費も月に1,000円~3万円程度となります。

一方、生殖補助医療は、体の外に女性の卵子を取り出し、パートナーの精液と一緒にし、できた受精卵を子宮に戻して着床を促す体外受精や、男性の精液初見が悪い場合に、一つの精子を選んで卵子と受精させる顕微授精などの治療法を指します。こちらは通院の頻度が月に4~10日、そのうち数日は、半日から丸一日といった長い時間がかかり、費用面でも20万円~70万円と負担が非常に大きくなります。

――不妊治療に取り組む人はどれくらいいるのでしょうか?

国立社会保障・人口問題研究所の2015年の調査によると、不妊の検査や治療を受けたことがある夫婦の割合は5.5組に1組です。また、厚生労働省や日本産科婦人学会の2017年の調査によると、生殖補助医療で生まれた赤ちゃんの数も2007年には55.6人に1人だったのが、2019年には14.2人に1人と増加傾向にあり、多くの人が不妊治療を経験しているということが言えます。

不妊というと女性に原因があるように捉えられがちですが、不妊原因の約半分は男性側にあります。不妊の原因を調査したWHOの1998年のデータによると、男性側に原因がある場合が24%、男性と女性両方に原因がある場合が24%となり、男性に何らかの原因がある場合が半数近くを占めていることが分かります。ただ、男性側に不妊の原因があっても治療法が少ないため、生殖補助医療を受けるケースが多く、その場合、通院するのは女性になり、女性への負担が大きくなります。

精神的に苦しい状態で仕事を続ける難しさ

――仕事に取り組みながら不妊治療をすることの難しさは、どんなところにありますか?

厚生労働省の2017年の調査によると、不妊治療をしたことがある労働者のなかで、仕事と両立しながら治療を続けている(両立を考えている)という人の割合は53.2%と半数以上である一方、両立できない(できなかった)とした人の割合は34.7%に上ります。

両立が難しい理由の一つは、一定の日数通院しなければならないため、頻繁に仕事を抜けなければならない点です。通院で仕事を抜けると同僚や会社に迷惑をかけてしまう、と感じて精神的負担が大きくなります。さらに、治療によっては腹痛や頭痛、吐き気などの症状が出ることもあり、体調面のコントロールが大変な場合もあります。

そして、何より大変なのは当事者が自分の感情と折り合いをつけていくことでしょう。治療を始めたときは「すぐに妊娠できる」という期待を持っていますが、なかなかうまくいかない場合は、あらゆる努力をしたのに報われない辛さに翻弄されます。多額な治療費による金銭的負担が増えることによって、それまで趣味やリフレッシュのために費やしていたお金を治療に回さなければならないケースもあり、気分転換の場が減ることにもつながります。

夫との不妊治療に対する温度差や通院のスケジュール調整に悩む人も多く、様々な場面でストレスを抱えることになります。こうした精神状況で仕事を続けていくのは、やはり大変な面が多いと言えるでしょう。

治療のことを打ち明けやすい風土づくりを

――精神的にも大変ななかで、不妊治療に取り組む従業員が、退職を選ばないようにするために企業はどのようなことができるでしょうか?

就労しながら不妊治療を続けられるかどうかの鍵を握るのは、職場の環境です。不妊治療は、病気や介護、育児などと同じ従業員のライフイベントです。不妊治療だけを特別なものとせずに、社員に起こりうるライフイベントの一つと捉えて職場環境や制度を見直し、整備するという考え方に立つことが必要です。

大切なのは、当事者が職場に治療のことを話しやすい環境をつくることです。そのためには、当事者がなぜ話しにくいかを把握する必要があります。まず職場で話すことのメリットとデメリットを考えましょう。

【職場に不妊治療を打ち明ける場合】

メリット

  • 急な欠勤でも、一定の理解が得られる
  • 該当する社内制度(休暇、費用補助など)があれば利用できる
  • 治療の経験者がいれば情報や気持ちを共有でき、励まし合える
  • 嘘をついたりごまかしたりせず、正直な自分でいられる など

実は、嘘をつかないで済むというのは非常に重要なことです。治療で欠勤する際に別のなんらかの理由をつけて取り繕うことを続けていくと、チームや上司との信頼関係にも影響が出てきますし、また本人が一層後ろめたい気持ちを抱えることにもなります。こうした罪悪感から退職を選んだ方もいらっしゃいます。

デメリット

  • 不妊治療に対して心ない言葉を掛けられたり、詮索されたりしてストレスを抱えてしまう
  • 子どもができない、治療の結果が出ないことに対する周囲の目が気になってしまう(子どもができないと思われたくない)

など

【職場に不妊治療を打ち明けない場合】

メリット

  • キャリア構築に影響しない
  • 妊娠できなかった場合にも詮索されたり、過剰に気を使われたりしない
  • 個人的なことを職場に知られることのストレスがない など

デメリット

  • 治療のために仕事を抜ける理由を繕うのが苦痛になる
  • 本当のことを言わずに頻繁に仕事を抜けることには限界があり、職場における信頼関係に影響が出る
  • ありのままの自分でいられないことが辛くなる
  • 周囲に経験者がいても情報交換ができない など

このように、職場で不妊治療について打ち明けるか否かは、メリットとデメリットの両面がありますので、一概にどちらがいいとは言えません。同じ企業でも、部署や上司によって、話しやすい空気かどうかも異なります。ですので、職場で話すか話さないかはもちろん個人の自由ですが、話しておきたいという従業員がいる場合には、オープンに話せる風土があると、従業員の安心感につながります。
妊娠や出産、子育てや病気といったライフイベントは、本人を見ていれば気付くことも多いですが、不妊治療については、本人からの告知以外で周囲が気づくことは難しいでしょう。だからこそ、不妊治療に取り組みたい人が気軽に打ち明けられる風土づくりから始めてみてはいかがでしょうか。




参考:
厚生労働省「不妊治療と仕事との両立サポートハンドブック」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/pamphlet/dl/30l.pdf

<取材先>
一般社団法人MoLive(モリーブ) 代表 永森咲希さん
6年間、不妊治療を行った自身の経験などから、不妊に悩む人たちの心のケアに取り組む一般社団法人MoLive(モリーブ)を2014年に設立。オフィス永森代表。不妊カウンセラー、国家資格キャリアコンサルタントの資格を持ち、カウンセリングや交流会などの活動を通じて当事者支援を行うほか、企業や教育、医療機関とも連携して、不妊を取り巻く様々な課題解決に取り組んでいる。

TEXT:岡崎彩子
EDITING:Indeed Japan +笹田理恵+ ノオト