社内の部署が互いに協力することなく、責任を押し付け合うばかりで仕事が進まない……。そんなトラブルを経験したことがある人は多いのではないでしょうか。組織全体の利益よりも各部署、チームの都合が優先されてしまう状態は「セクショナリズム」と呼ばれ、多くの企業でしばしば問題となっています。セクショナリズムに陥ってしまう原因やその打開策について、企業の人材開発やチームビルディングを手掛ける株式会社コーチングファームジャパンの代表取締役 石見幸三さんに聞きました。
ビジネスの変化を妨げるセクショナリズム
――企業がセクショナリズムに陥ってしまう背景には、どんな要因があるのでしょうか。
それぞれの部署が自部署のことばかり考えて協力しあえない、というセクショナリズムの悩みは、大企業からも中小企業からも寄せられる悩みであると私は感じています。セクショナリズムは昔からある問題です。ただ、最近は時代の変化によってよりセクショナリズムが起こりやすい状況になりつつあると思います。
世の中の雰囲気として、以前よりも業務において「目標を立てて達成する」というプレッシャーが高まっていると感じている人は多いのではないでしょうか。円安や物価高を始めとする市場環境の激変に対応し、企業が生き残っていくためには目標を明確にし、しっかりと成果を追求していくことは当然のことです。
一方で、目の前の数値的な目標にこだわるあまり、「成果指標に上がってこない業務、関係ない雑務はやらなくていいよね」となりがちでもあります。たとえば、「生産性を上げましょう」「残業を減らしましょう」という目標を掲げる企業は多いでしょう。それ自体は良い取り組みなのですが、「残業時間が減らない部署の管理職はマネジメントができていない」と判断されてしまうとどうでしょうか。「残業しないためには、余分な仕事はしないでおこう」と考え、他部署のことまで考えていられない、となりがちです。業務の効率を上げよう、コア業務に集中しようとするあまり、意図せずしてセクショナリズムに陥ってしまうというわけです。
――しかし、各部署がそれぞれにコア業務に集中して成果を上げられれば、会社全体も上手くいくように思うのですが。
ビジネスモデルが以前のままであれば、その通りでした。特に高度経済成長期の日本では、「決められた仕事を、決められた通りに」一生懸命やっていれば大きな成果が得られました。
しかし、先ほどもお話ししたとおり、現在では社会の変化が速く、大きくなっています。「○○部」や「○○課」といった従来の枠組みの中だけでは対応できない仕事が増えてきてはいないでしょうか。部署と部署の間の隙間がすぐにできてしまうのが、現在のビジネスの特徴とも言えます。
たとえば「企業のサイトに掲載された情報が分かりづらい」と顧客から指摘があったとします。営業担当者はサイトの制作担当に修正を依頼します。しかし忙しい制作部は、顧客からの依頼であれば営業で対応して、と言ったり、クレーム対応であればコールセンターでしょう、と考えたりしていつまでも進まないというようなケースですね。顧客との接点が営業担当者だけであった時代ならば起こらなかったトラブルとも言えます。
――ビジネスの方法が変わってきているのに、社内の体制が変わっていないということが原因なのですね。
そうですね。ビジネスの変化に組織体制の変更がなかなか追いつかないという難しさがあるのだと思います。
ビジネスの変化といえば、コロナ禍をきっかけにリモートワークが急激に普及しましたよね。全員が毎日出社して顔を合わせていれば、自分の仕事をしながらも「何だか隣の課は忙しそうだな」「あの人は困っていそうだ」と気づく機会が日常的にありました。食堂や休憩室での雑談が、部署を越えた情報交換や相談の場になっていたという方も多いでしょう。リモートワークではこうした自然な形で他部署と協力し合える雰囲気が作りづらくなっていることも、セクショナリズムを強める一因になっていると思います。
仕事の目的を明確に
――自分の仕事の成果が厳しく求められる上、新しい仕事は増え、他部署とのコミュニケーションはとりづらくなっている。一方では、企業全体で柔軟に連携しなければ顧客の要望にも応えられないし、業績も上がらない。社員は板挟み状態になっているように思えます。
セクショナリズムによる部署間の不和や、社員の戸惑いが生じている企業は、社員に対する評価の仕方を見直す必要があるでしょう。売上の増加、経費の削減という個人ごと、部署ごとの成果だけで評価していては、他部署で困っていることや上手くいっていないことを助けよう、協力してやっていこうとならないのは当たり前です。
2つ以上の部署を見ている上長ならば、組織全体として何を成し遂げるべきか判断できますよね。状況を見て、社員に対して必要ならば普段の仕事の枠外となる業務も指示して、その働きに対してきちんと評価する、と伝えるべきです。
――企業全体として目指していることと、社員個人や各部署として成すべきことを明確にした上で、評価もしていかなければならないということですね。
私が中小企業の方と接していてよく感じるのは、企業としての成し遂げたい目的がはっきりしていなかったり、社員全員に共有されていなかったりする場合が多いということです。
何億円売り上げたいとか、製品不良率をこれくらいに下げたいという目標はほとんどの企業が持っています。では、何のためにその目標が必要ですか?と聞くと、はっきり答えられない方が多いのです。
本来であれば「良い商品を多くの人に届けて楽しんでもらいたい」といった企業としての「目的」が先にあって、売上の拡大や品質の向上はその「手段」です。「お客様に楽しんでいただく」ための仕事だという意識を社員が持っていれば、自分の部署だけ完璧であれば良いという考えにはなりません。先ほどのWebサイトについての指摘を受けた例で言えば、「お客様に楽しんでもらうには」と日頃から考えられているならば、責任の押し付け合いにはならず、誰が何をすればお客様にとって最適かと話し合ってスムーズに対応できるはずです。
とはいえ、忙しくなるとつい目の前のタスクや目標の数字ばかりを追いかけてしまうものです。だからこそ、企業全体としての目的を社員全員が共有していることが大切です。社員が「会社の目的の達成のために部署ごとの目標があり、自分の業務がある」と分かっていると、今までに経験したことのないことやイレギュラーな事態が発生したときに大きな力を発揮します。目的と照らし合わせて何をすべきかを、既存の枠組みにとらわれず一人ひとりが判断して行動できるようになるためです。「企業の目的」とは、セクショナリズムに陥らず、社員どうしがつながるためのツールでもあるのです。
<取材先>
株式会社コーチングファームジャパン
代表取締役 石見幸三
TEXT:石黒好美
EDITING:Indeed Japan + 笹田理恵 + ノオト