
近年、ビジネスにおいてパーパスという言葉が語られることが増えています。オウンドメディアリクルーティングも、採用のための情報発信において、パーパスコンテンツを重要な柱として位置づけています。
本連載の著者である岩嵜博論氏は、ストラテジックデザインやビジネスデザインを専門として研究・教育活動に従事しながら、ビジネスデザイナーとして企業支援の実務も行っています。
3回にわたってお送りする本連載では、企業の採用においてパーパスが重要になっている背景として、どのような社会変化が起きているのかを語ってもらいます。同時に、どのようにパーパスコンテンツを採用施策に結びつけていくべきかという、実践的な内容も語っていただきます。
前回の連載では、パーパスを中心にステイクホルダーと共創していくステイクホルダー資本主義のあり方や、そのためにトップダウンとボトムアップで社内をどのように活性化していくかというお話をしました。その過程で、人事や人材開発部門が果たすべき役割がより重要になっていることをご理解いただけたのではないかと思います。
今回はより具体的に、パーパス時代において企業文化をどのように発信し、いかに人材獲得に結びつけていけばよいかということをご紹介します。採用において、企業のパーパスを企業文化として対外的に発信していくことが重要になってきています。
岩嵜博論氏。武蔵野美術大学 クリエイティブイノベーション学科 教授/ビジネスデザイナー。リベラルアーツと建築・都市デザインを学んだ後、博報堂においてマーケティング、ブランディング、イノベーション、事業開発、投資などに従事。2021年より武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科に着任し、ストラテジックデザイン、ビジネスデザインを専門として研究・教育活動に従事しながら、ビジネスデザイナーとしての実務を行っている。 ビジネス✕デザインのハイブリッドバックグラウンド。著書に『機会発見―生活者起点で市場をつくる』(英治出版)、共著に『パーパス 「意義化」する経済とその先』(NewsPicksパブリッシング)など。イリノイ工科大学Institute of Design修士課程修了、京都大学経営管理大学院博士後期課程修了、博士(経営科学)。
パーパスと企業文化
パーパスに関する質問でよく聞かれるのが、パーパスを策定した後、どのように浸透させていけばよいかということです。これに対して、浸透という言葉はあまり積極的に使わないとお答えしています。
確かに、インナーブランディングなどの世界において浸透やカスケーディングといった概念が用いられることがよくありました。カスケーディングとはカスケード(cascade)の現在進行形で、上から水が落ちてくる階段状の滝のことを指します。つまり、上意下達でコンセプトを浸透させるという考え方です。
パーパス経営において浸透やカスケーディングという概念を積極的に使わないのは、パーパス経営の本質が上意下達とは真逆であるからです。組織の構成員が自律的に、組織の存在意義を解釈し、自らの行動に反映していくのが理想形です。
こうした理想の形を作るために必要なのが、企業の組織文化です。パーパスを言葉として掲げるだけではなく、その方向性を体現するような企業文化を育むことで、メンバーが自律的に行動し、組織全体がパーパスの方向を向いて動き始めます。
企業のパーパスを刷新し、組織文化を変革した結果、大きな躍進を遂げた企業の一つにマイクロソフトがあります。マイクロソフトは2014年にSatya Nadella氏がCEOに着任しパーパス起点の経営と企業文化の刷新を進めた結果、株価は着任時から6倍ほどになり、テック企業のリーディングカンパニーとしての立ち位置を明確にしました。
マイクロソフトはミッションという言葉を使っていますが、その内容はパーパス的です。本社のWEBサイトを見ると、Empowering othersという言葉とともにEmpower every person and every organization on the planet to achieve more.(地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする)という記載がされています。
Nadella CEOの改革は、このミッションを体現する組織文化の変革にまで至りました。就任直後のNadella CEOのインタビュー動画を見た時の記憶は今でも鮮明です。彼はマイクロソフトを従業員の一人ひとりの成功をみんなで支援し合う組織にしたいと言っていたのです。それまでのマイクロソフトの企業文化は、お互いが足を引っ張り合うようなアメリカのエリート組織特有の側面もあったようです。マイクロソフトの変革はまさにパーパスを起点に新たな企業文化を作り上げ、組織の力で新たな成長を遂げた事例だと言えます。
第1回の連載でも紹介した、マサチューセッツ工科大学(MIT)のビジネススクールによる調査では、企業文化のあり方が給与への不満の10倍も影響力があることが指摘されました。この調査は人材データ分析のRevelio Labsが持つ3400万⼈のオンラインプロフィールと、転職情報サイトのGlassdoorに掲載された140万のユーザーレビューのテキストを分析したものです。その結果、有害な企業文化が従業員の離職を引き起こしていることがわかりました。
このように、企業文化を作り、育むことが従業員のエンゲージメント形成においても重要になっています。同様のことが、既存の従業員だけではなく、これから仲間になる将来の従業員に対しても言えるでしょう。人事部門にとって、こうした企業文化の育成が、既存の従業員をつなぎとめ、将来の従業員の採用時に会社のことに関心を持ってもらうために必要な新しい仕事であると言えます。
企業文化を生み出すためには?
従業員を魅了するような企業文化は、どのように作ればよいのでしょうか。
アメリカにSYPartnersというパーパス基点の組織変革を支援するコンサルティング会社があります。2000年代半ばに企業としての方向性を見失って苦境に立っていたスターバックスを、CEOに復帰した創業者であるハワード・シュルツ氏とともに、再び活気ある企業文化を持つ企業に変革したことで知られている会社です。
SYPartnersは企業文化の形成においてリチュアル(儀式・日々の習慣)が大切だと提言しています。大きな戦略も重要ですが、企業のメンバーが習慣的に行うことをどのようにデザインするかが、企業文化の形成に大きな影響を与えると言います。
2年ほど前に『パーパス 「意義化」する経済とその先』の共著者である佐々木康裕さんと開催しているイベント「Business Design Talk」のゲストとしてSYPartnersのクリエイティブディレクターである福田卓郎さんにゲストとして来ていただき、リチュアルについてもお話を伺ったことがあります。
福田さんは、リチュアルをある意図を持って繰り返し行われていることと定義されていました。たとえば、毎週決まった時間に決まったものをみんなで食べるという社内イベントや、エグゼクティブの重要な会議の前には必ずライブで音楽を聞くようにしているという、その組織に特有の習慣です。他の組織からは一見意味がないような習慣でも、たとえば重要な会議の前に音楽を聞くのは、創造的な意思決定をするためといった、その組織なりの意味付けがなされているのがリチュアルの特徴です。
私が以前在籍していた企業にも意図的に設計されたリチュアルが企業文化に結びついていました。そこでは、新人研修で会社が所有する山荘にこもってKJ法で発想ワークショップを行うことが伝統的に行われていました。KJ法というのは、文化人類学者の川喜田二郎氏が考案したブレインストーミング手法の一つで、他の人が出した考えに乗っかりながら新しいアイデアを生み出していきます。
その伝統が何十年にもわたって継続された結果、他の人の意見を発展させながら、チームでワイワイとアイデアを考えるという習慣がリチュアルとして定着しました。会社では毎日のように発想を膨らませるアイデア会議が行われ、それが組織らしさを象徴する習慣として定着していました。その組織を離れた人に話しを聞くと、あんなに楽しい会議はなかったとか、移った先の組織であれが再現できなくて悲しいといった意見も聞かれます。
興味深いのは、このリチュアルは新人研修という人事部門の施策によって生み出されたという点です。企業文化を醸成するためのリチュアルをデザインするために、人事部門ができることは多いのではないでしょうか。
企業文化を採用に活かすためには?
リチュアルによって既存の従業員のエンゲージメントを高めることはできます。その結果形成された企業文化を採用活動に活かすためにはどうすればよいでしょうか。企業文化はそのままにしておくだけでは組織のなかに閉じてしまいます。企業文化を将来の仲間になりそうな人々と共有することが重要になります。
組織のリチュアルを多くの人に知ってもらった結果、組織の名声が向上し、企業文化に共感する優れた人材を採用することにつながった例があります。デザイン思考の立役者としても知られている世界的なデザインファームIDEO(アイディオ)です。IDEOは1990年代後半、先進的なデザインファームとして知る人ぞ知るという存在でした。そんなIDEOを一躍有名にしたのが、アメリカの大手テレビ局ABCの看板番組「ABCナイトライン」で放映されたドキュメンタリーです。
番組では、ショッピングカートをデザインし直すという課題に対して、IDEOのメンバーがいつもどおりのデザインのやり方で挑みました。IDEOにとっては当たり前のプロセスは、番組を見た多くの人にとっては目を見張るものでした。それほどまでにIDEOのプロセスと文化がユニークなものだったのです。
たとえばそれらは、調査の方法や、アイデア出し、製品の試作作りなどに現れました。調査では、実際にショッピングカートが使われている現場にチームで赴いて観察を行います。アイデア出しでは「ワイルドなアイデアを推奨する」とか「その場で良い悪いを判断しない」といったIDEO独自のブレインストーミングのルールに則って、ワイワイと楽しそうにアイデアを出し合う姿が映し出されました。試作作りでも「早く失敗する」というような独自の考え方に基づいたモノ作りが紹介されました。
これらのいずれも、IDEOという組織に特有のリチュアルです。いずれのリチュアルもIDEOの「人間中心イノベーション」というパーパスに則したものでした。しかも、チームの全員がそれを共有し、当たり前にそのリチュアルを行いながら、楽しそうに働いているのです。番組の最後に紹介された製品もこれまでにないイノベーティブなもので、視聴者は「なるほどこういうやり方だからこんなアウトプットが産まれるのか」と感銘を受けました。さらに、こんな組織の仲間として一緒に働いてみたいと思った人も多く現れました。
この番組がきっかけとなって、IDEOという独自の企業文化を持ったデザインファームの存在は、広く知られるようになりました。また、企業文化に共感したデザイナーたちがIDEOの門戸を叩き、世界的に名前が知られるデザインファームへと成長していったのです。
このようにパーパスに則した組織のリチュアルを対外的に発信していくことは、採用活動にもポジティブな影響を与えることがわかります。皆さんの組織のなかでもオウンドメディアなどで社員の紹介をされていたりするかと思いますが、ぜひ企業文化を表すようなリチュアルをテーマとして検討してみるとよいのではないでしょうか。特にユニークなリチュアルがないということであれば、パーパスに従って、リチュアルのデザインから始めてもいいと思います。
IDEOでもここで紹介したようなリチュアルが最初からあったわけではありません。企業文化作りに積極的な姿勢が、組織らしさを代弁するリチュアルをデザインし、情報発信することにつながっていったのです。
この連載でお伝えしてきた、パーパスを策定し、企業文化につながるリチュアルをデザインし、メディアを通じて発信していくというプロセスを、ぜひ採用活動にも活かしていただければと思います。
この連載の記事一覧
- 企業の社会的存在意義が採用においても重要になっている背景――パーパスを起点に変わりゆく採用のこれからvol.1
- 社内でパーパスをどう規定し、どう実践していくか――パーパスを起点に変わりゆく採用のこれからvol.2
- パーパス時代における企業文化の発信と人材獲得――パーパスを起点に変わりゆく採用のこれからvol.3