一般社団法人ダイアローグ ・ジャパン・ソサエティ理事  志村真介氏 インタビュー

人口減少や少子高齢化の影響で人手不足が深刻化するなか、日本企業においても、外国にルーツのある人や女性、障害者など、より多様な人材を受け入れようと、ダイバーシティやインクルージョンに取り組む機運が高まっています。

そんななか、これまで多くの企業から注目を集め、600社以上が導入してきたのが、一般社団法人ダイアローグ ・ジャパン・ソサエティが提供する「暗闇の中で行う人材研修」です。

同法人は、2020年に「対話の森」を東京都竹芝にオープン。トレーニングを受けた視覚障害者の案内のもと、真っ暗闇の中を、チームでミッションを達成しながら進む体験型のエンターテイメント、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク(以下、DID)」を主催し、話題を呼んできました。

前述の人材研修も、DIDと同様、企業の参加者がチームビルディングやレジリエンス力向上、多様性理解などの目的に沿って、暗闇の中で課題に取り組むというユニークなもの。

参加者からは、「障害者は立場の弱い人だと教わってきたが、実は自分と変わらないと感じた」や、「インクルージョンという言葉に対して、考えていたことと体験したものでは違うと実感した」などの感想が寄せられています。どうやら、暗闇での研修が従業員の固定概念を取り払うきっかけとなったよう。

今回は、同法人の志村真介理事に、この研修で得られる気づきや、企業と障害者がより有意義な雇用関係を築いていくために大切なことを聞きました。

志村氏の言葉には、これから企業が障害者雇用を前向きに推進していけるような、発想転換のヒントがありました。


 真っ暗闇がもたらす「気づき」

インタビューに応じる志村氏

ーー 暗闇の中で行う人材研修には、どのような効果があるのでしょうか。

暗闇で、『見えない壁を溶かしていく』というのが、DIDのひとつのテーマです。

例えば、同じ会社の人たちの間にも、本社と支店、総務や営業という部署の違いがあったり、縦割り風土による決まりがあったりと、コミュニケーションをとる際に見えない壁がありますよね。

プライベートで出会えば友達になれたとしても、仕事の立場では『この人はこういう人』『こんな考えをもっているだろう』などと、話す前から決めつけがちです。なぜなら、人は相手の容姿や年齢、表情など、目で見える情報でさまざまなことを判断してしまうから。

そんな状況で、『オープンに話をしましょう』といっても、喋りづらいですよね。

ところが、全員で何も見えない暗闇の中に入ると、普段の地位や立場がいったんフラットな関係になる。それぞれが『ただの自分』に戻って対話ができるんです。

また、暗闇の中では「相手を慮る力」が働きます。まだ信頼関係ができていなくても、研修では、『ここにいます!』や『立ちます!』と、危険がないよう互いに頻繁に報告し合い、はぐれて困っているメンバーがいれば助けに行きます。

暗闇では自然と周囲と助け合う気持ちが生まれるので、同じゴールに向かって進みやすくなるのです。

ーー確かに、私がDIDを体験した際も、初対面の人とのチームだったにも関わらず、互いに手を取り気遣い合う、暖かい空気が感じられました。暗闇の中でこそ、わかることがあるんですね。

人材研修で出す課題には、実際の仕事で起こり得ることのメタファーが取り入れてあります。そこで、互いの認識や解釈の違いが可視化されることもあります。

実生活でいえば、経営陣と現場でこだわるところが違ったりして、日本語で話しているはずなのに、なぜか話が通じないなんてこともありますよね。

例えば、10年後の会社の未来をイメージした粘土作品を、暗闇の中でチームごとに作ってもらったとします。すると、同じ会社のチームでも、出来上がる作品がまるで違います。企業のビジョンとして従業員が目にしてきた文字は同じでも、解釈の仕方はそれぞれ異なることがわかる。

暗闇の中だから揃わないという考えもありますが、実際は目が見えていても、仕事をする相手が何を考えているのかわからなければ、暗闇の中のような状況と同じ。本当は、互いの関係性や、コミュニケーションの問題なんです。

ーー暗闇研修では、障害者に対する固定観念が変わったと感じる参加者も多いです。

 はい。暗闇研修では、参加者と視覚障害をもつ案内人との間にある「対等性」が固定観念を溶かすきっかけになります。

障害者を見ると、『助けてあげたい』とか、『かわいそう』と感じる人も多いと思いますが、暗闇の中では、視覚障害者に案内してもらわないと、動くことすらできなくなる。助けようとしていた人に助けられることで、これまでの考え方が変わるんです。
だから、私たちは、DIDや暗闇研修を通じて、見える人、見えない人、また、見えている者同志も、普段の立場や先入観などに囚われず、『対等に出会える場』を作り出したいと思っています。

「多様性」を受け入れインクルージョンへ

インタビューに応じる志村氏

ーー障害者雇用においても、企業がよりインクルーシブな在り方を実現していくためには、何が必要なのでしょうか。

健常者も障害者も、互いに先入観や偏見がありますが、それがなくならない理由のひとつは、私たちが自身と似た人と集う、「同質化の社会」に居るからだと思います。

左に 「separation」(分ける)、真ん中に「Integration」(統合する)、右に「Inclusion」(多様性を受け入れる、お互い様)の様子がそれぞれ小さなドットで示された図。
Separation では 灰色のドットでできた円の外側に多様な色がついたドットがまとまって置かれている。真ん中のIntegration では、灰色のドットが多数を占める円の中に、色のついたドットが固まって組み込まれている。左のInclusion では、ドットでできた円の中の各所に灰色と色のついたドットが混在している。
出典:一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ

これは、本当のインクルージョンとは何かということを表した図です。ここでは、障害者やニューロダイバージェントが色のついた丸としましょう。

この図を障害者雇用に当てはめると、一番左は『障害者は一般企業では働けない』という世界。

一方で、真ん中の図(Integration)は、法定雇用率が定められているから、企業の中の特例子会社やある部署に集めて就業してもらうというような世界を表しています。

真ん中の世界では、企業が2.3%という障害者の法定雇用率を守っていたとしても、どこかで固めて単純作業などをさせていると、彼らの存在がほかのスタッフから認識すらされていないこともあります。

障害者からすると、採用されたは良いものの、そこでさまざまな人との出会いがあるわけではなく、障害者という同質の村で仕事をすることになる。これでは、『安定雇用の職で親を安心させたいけれど、自分らしくいられる仕事ではない』という風に、板挟みの気持ちになってしまう人も少なくありません。

では、一番右の世界はどのような世界かというと、障害者の人が受付や営業、経営サイドにもいて、それぞれが特性を活かして多様な役割で活躍している、インクルーシブな世界です。

障害者だから、単純な作業を任せようというのはきっとこれまでの考え方で、マーケティングに強い人もいれば、ITに強い人もいる。それぞれに様々な能力があるんです。
それが活かされない要因は、障害者のもつ医学的な「障害」ではなく、社会の方にある「障害」です。私たちは、誰もが自分のままで参加できるような、本当の意味でインクルーシブな社会を目指していく必要があると思います。

だから「こそ」できることを拡張する

インタビューで微笑む志村氏

ーーでは、企業と障害者が歩み寄り、より良い雇用関係を築いていくためには、何が必要なのでしょう。

企業は障害者を採用すると、できないことの方に目がいきがちです。しかし、そこを支援しようとする『補完』の考え方ではなく、できることを伸ばし、広げていこうという見方が必要だと思います。

例えば障害者のポテンシャルとして、自分達とは違ったものが見えたり、感じられたりするという点があります。障害があると日常においても危機感が高く、特定の感覚が通常より拡張している場合があるのです。

海外の部品工場の話で、製造過程でできた不良品を手作業で分ける工程において、その近くで働いていた視覚障害者が、不良品の有無を、「音」で聞き分けられるようになったという話がありました。目を使っている人は見て不良品を判断しますが、視覚障害者は「音」で検知できるようになった。こうした能力も、きっとそこの従業員と障害者が交流するなかで発見されたのでしょう。

また、車椅子ユーザーの物理的な視点の違いから、産業の仕組みが変わった例もあります。農業用ビニールハウスで地面になった苺を収穫していると、健常者は腰が痛くなってしまいますよね。

それが、視点が異なる車椅子ユーザーのアイデアで水耕栽培に切り替えると、苺がなる位置が高くなり、車椅子でも収穫できるようになっただけでなく、健常者の腰痛もしゃがまなくて良くなったため緩和されました。

健常者は、障害者の後に『だから』とつけて、障害者『だから』できない、『だから』できなくてもしょうがないと、考えがちです。しかし、これからは「だから」の後ろに、魔法のひと言、「こそ」をつけてみてほしい。

障害者だから「こそ」

子どもだから「こそ」

高齢者だから「こそ」

「こそ」とつけることで、その人だから「こそ」できることにフォーカスできる。企業の中にも「だからこそ」の文化ができれば良いですね。 

バラバラにして、方向転換しよう

インタビューで微笑む志村氏

ーー「だからこそ」の文化を育み、ダイバーシティとインクルージョンを促進することで、企業が得られるメリットは何だと考えますか。

障害者を雇用すると生産性が下がると考える人もいるかもしれませんが、実際はその逆なんです。

これまで、日本企業は下のレンガの図ような組織の作り方がとても得意で、同じ形のレンガが同パターンのモジュールを作り、仕事をしたり、企業規模を拡大したりしてきました。

それは、レンガのように同質化されていると指示命令系統の伝達が早く、実現しやすいから。会社のマニュアルに沿ってやるべき範囲を手順どおりにやることで、生産性を上げていたんです。

同じ色、形のレンガが同じパターンで積み上げられたレンガの壁。
出典:一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ

しかし、今のような先の見えない不確実な時代には、新しいことを考えたり、クリエイティブに枠を外してみるというスキルが求められる。それは、同質のレンガ造りが得意な企業にとっては乏しい面です。

ですので、今、企業が目指す組織の在り方は、下の石垣の図のように、様々な形や大きさの石が上手く組み合わさったものに変わってきています。

上に Diversity&Inclusion の文字が配置された、さまざまな大きさの石からできている石垣の写真。
出典:一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ

事実、この石垣のように多様性を受け入れた企業の方が収益が高いことが証明されてきています。米国の障害者の権利を擁護する団体が、世界各国の大企業1万社から、多様性の受け入れ指数が高い企業上位100社を毎年発表しているんですが、その調査によると、Sonyなど収益が伸びた企業ほど、多様性の受け入れ指数が高いことがわかりました。

大企業だからダイバーシティに着手できるのではなく、もともと根付いていた多様性の文化があったからこそ、企業内に多様な視点が生まれ、イノベーションが起き、変化の激しい時代を生き抜いてこれたのです。

『ダイバーシティ』という言葉は、ラテン語の『ダイ(di)』と『バース(verse)』 から出来ていて、その意味はバラバラにして(di)そこから方向転換する(verse)という意味。つまり、『それぞれが持っている固定観念などを一度バラバラにして、新しい方向に向けていく』のだと、私は捉えています。

人材不足の日本においても、障害者人材を受け入れ、有機的に配置している企業が、新しい市場を開拓し、よりイノベーティブに成長していけると思います。

ーー日本企業の成長にも、多様性とインクルージョンが不可欠な時代なのかもしれません。ありがとうございました。

お話しを聞いたのは…

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PHOTO: 長谷川康太郎

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