障害者雇用は、2021年3月に法定雇用率が0.1%引き上げられ、民間企業は「2.3%」となります。コロナ禍で働き方が大きく変化しつつある昨今、障害者雇用もまたそのあり方が変わろうとしています。
テレワーク導入が進むことで、障害者雇用の状況はどのように変化していくのでしょうか。発達障害専門のキャリアカウンセラーで、東京都産業労働局で障害者雇用のサポートを担う木津谷岳さんにお話を伺いました。
障害者雇用数は過去最高を更新
――障害者雇用の現状について教えてください。
障害者雇用の現場を知る指標として「雇用されている障害者の数」、「実雇用率」、「法定雇用率(※1)達成企業の割合」があります。
厚生労働省が発表した令和2年度の障害者雇用の状況によると、民間企業に雇用されている障害者の数と実雇用率はともに過去最高を更新しました。法定雇用率を達成する企業の割合は前年からほぼ横ばいの48.6%で、企業規模が大きいほど、実雇用率が高い傾向があります。
ただし、精神障害者に限ると、実雇用率の高い大企業よりも、中小企業の方がむしろ比率が高いのも特徴です。障害者全体のうち、300人以上の企業で15.0%、45.5〜300人の企業で15.8%でした。大企業は身体障害者と知的障害者が中心で、精神障害者の雇用をさらに促進しようという動きが活発とは言えません。
※1 ……「障害者の雇用の促進等に関する法律」に基づき、身体障害者、知的障害者、精神障害者(精神障害者保健福祉手帳 の交付を受けている者)を雇用する割合。企業規模に応じて、それぞれ相当する数以上の障害者を雇用しなければならないとされている

厚生労働省「令和2年 障害者雇用状況の集計結果」より
――中小企業の方が、精神障害者の雇用比率が高い要因は何ですか。
人手不足という課題があるなかで、障害の特性云々ではなくて、まずは自分のところで働く労働力が欲しいという側面があると思います。とかく精神障害者というと、リアルな採用現場では、メンタル面の不調が実務に影響するのを懸念して採用を見送る企業も少なくありません。しかし、特に中小企業では、まず働いてみて実際に仕事ができるなら個人の特性は気にしないと考える経営者が多い印象です。
――新型コロナウイルス感染症の影響により、雇用の現場にはどんな変化がありましたか?
障害者の担っていた仕事が失われつつあります。これまでは、書類整理や清掃など、他の社員がやっている業務の二次作業や補助的な作業を多くの障害者が担当していました。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で出社を控える動きが広がり、ファイリングやコピー、スキャン、シュレッダーといった業務の大部分が激減しました。また、そもそも人が出社しないのですから、掃除をしようと思っても、執務室や応接室、会議室、トイレも以前に比べるとほとんど汚れない。
こうした事態は、おそらく一過性のものではないでしょう。ですから、働き方を変えていかなくてはならない。いわゆる企業側が「障害者用の仕事」と考えてきた業務の切り出し方は、今後180度変えていく必要があると思っています。つまり、従来の業務区分をリセットして新しく考えましょう、という提案です。
――「障害者用の仕事」という分類には、どういった背景があるのでしょうか。
総務省が設定する職業分類は約2万8,000種類ですが、障害者向けの求人でよく出されている職種は、そのうち100分の1ほどしかありません。本来なら、たくさんの職種から障害者が個々の特性に合わせて求人を選択できて然るべきですが、実際は選択肢が非常に少ないのです。企業側が個々の人材ではなく一律に「障害者向け」と想定する業務に当てはめるよう採用しても、マッチング不良で長続きしないこともあるでしょう。
働き方の変化で、障害者の特性が自社の戦力になることも
――テレワークの導入が増えたことによる変化はありましたか?
私がキャリアカウンセリングなどを通じて主に接しているのは、発達障害のある方たちです。彼らの多くが苦手とする通勤や対面コミュニケーション、場面転換、職場特有の感覚刺激などがテレワーク導入でなくなったわけですから、彼らにとってはむしろ好都合。従来の職場環境では生かせなかった力を発揮できる可能性があります。二次的、補助的な仕事ではなく、主幹業務をこの機会に任せられるかもしれません。
一例として、自閉スペクトラム症(※2)はその状態像が様々だと言われています。不得手な面もある一方、細部へのこだわりや集中力などが業務内容に適合する場合もあるわけです。コロナ禍でテレワークが主流になるなか、障害を持つ社員が新たな戦力になる可能性を検討してみてはどうでしょうか。
※2……遺伝的な要因が複雑に関与して起こる生まれつきの脳機能障害。人口の1%に及んでいるとも言われる。
参考:https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-005.html
――障害者雇用率を満たすためだけでなく、自社の戦力にしていくわけですね。
2021年3月から、障害者の法定雇用率は民間企業で2.3%となります。従業員43.5人以上の企業では、全従業員数の2.3%以上の障害者を雇用する義務が生じ、満たさない場合は「障害者雇用納付金」を支払う義務が生じます。これによって、法定雇用率を遵守するために障害者雇用に取り組む企業が増えていくでしょう。
ただ、障害者雇用で大切なポイントとして、私はこれまでの「障害者は劣っている」という考え方を見直す必要があると考えています。例えば、視力が弱い人が眼鏡をかけるのは当たり前ですよね。だったら、障害のある人にも眼鏡のような部分を補って当然だと思います。
発達障害で言えば、特性の凸凹があるならその得意分野を活かせばいいのですが、マルチタスクを求められると当然凹の部分が現れてきてしまう。総合的な評価でどうしても周りから「できない人」と見られてしまうことがあります。しかし、補えるところを補ったうえで働いてもらうと「できる」範囲が増えてくる。もちろん、障害特性ゆえにできない部分もないわけではありませんが、最初から「できない」と決めつけない。始めから決めつけず、本人と相談しながらいろんな業務をやってみてもらうことが大切です。
採用担当者は、積極的に外部とつながろう
――障害者雇用について、企業の採用担当者が工夫していくべきポイントはありますか。
私も経験がありますが、採用人事の担当者は結構大変ですよね。「障害者雇用だけをしていればいい」という部署はほとんどありません。ほとんどの採用人事の方は、それ以外の採用や社員教育、給与計算、制度設計などたくさんの業務をやっているわけです。
そこで、担当者の方々には、積極的に外部の支援機関や就労移行支援事業所(※3)との連携を深めることをおすすめします。専門の機関で訓練を受けていた障害者を雇用するのであれば、その支援機関には本人のことをよく知る支援員が事業所にいるわけですよね。どう働いてもらうのがいいか、外部から情報提供してもらう。それをもとに、本人と対話する機会を十分に取り、本人も企業も納得感を持って進めていくことが大切です。
※3……障害者総合支援法に基づき、就労支援サービスを行う機関。一般企業での就職を希望する障害者に対して、必要知識やスキルの習得、職場探し、就労後の職場定着などを支援する
――経営陣に伝えたいことはありますか?
採用人事の担当者が障害者雇用に取り組んでも、それが担当者の評価にあまりつながらない企業もあります。これでは、「自分の評価にならないことをそんなにがんばってもしょうがない」となりかねません。
経営者は、障害者雇用が自社にとって必要だという姿勢を示し、担当者が成果を上げたら評価に反映してほしいですね。そういう姿勢を見せずに、採用からフォローアップまで何でもかんでも担当者に押し付けると、ストレスを溜めた担当者の方がうつになってしまう場合もあります。
障害者雇用に取り組む際、分からないことは当然出てくるでしょう。気をつけるべき点は、担当者に全てに背負わせてしまわないことです。前述の支援機関もそうだし、物的資源、人的資源で使えるものは全部使う、と。つながれる先をいっぱい持っているほうが楽ですし、展開も早くなりますから。
障害者に仕事を任せ、会社にブレイクスルーをもたらす
――採用担当者が現場でできる具体的なアクションがあれば教えてください。
私が以前に民間企業で障害者雇用を担当していたときは、まず人事部で障害のある方に何人か働いてもらい、ロールモデルを作りました。それを社内にアピールすることで「障害者も仕事ができるじゃないか」という見方ができたんです。自分と同年代の他部署の管理職に対しては、「私の部署でこれだけできたなら、あなたの部署でも当然できますよね?」と強気に出たこともあります(笑)。
部長や社長には、「障害者雇用に取り組む同業他社が社会的に評価されています」「表彰を受けたニュースを見ました」など、雇用メリットを日々アピールしました。当時はデスクの上にそういった新聞記事や雑誌をさりげなく置いたものですが、テレワークならURLをシェアするのもよいでしょう。小さな積み重ねですが、障害者の雇用率を上げたいなら、ある意味で開き直って、「なんとかしてやるぞ」という気概を持って戦略を練ってみてください。
――テレワークが進むことによる変化や対応について、アドバイスをお願いします。
私もキャリアカウンセリングをオンラインで行っていますが、顔が見えて声が聞こえていても、実際の人間の感情はそれ以外の非言語的な部分に出てきますよね。例えば、貧乏ゆすりをしているとか、指先が震えているとか、身体が揺れているとか。テレワークで十分に知ることができない障害のある社員の特性は、外部の専門機関と協力しながらサポートする必要があります。
一方で、「オンラインであれば力を発揮しやすい」という障害者もたくさんいます。一般の社員から「仕事を切り出す」だけでなく、いろいろ試しながら、障害のある社員を戦力にしていくべきです。例えば発達障害の方は、定型発達者より劣っているのではなく、生まれつき脳の発達過程や構造が違うだけです。もしかすると、5年、10年かかってもブレイクスルーできなかった自社の課題を、彼らに違った角度から見てもらうことで解決できるなんてことがあるかもしれません。
※記事内で取り上げた法令は2021年2月時点のものです。
<取材先>
木津谷岳さん
発達障害専門のキャリアカウンセラー。東京都産業労働局所属。担当は障害者雇用促進。19年間のデパート勤務を経て、一般企業の人事に転身。法定雇用率未達成企業で障害者雇用に携わり、その後、行政の立場から障害者雇用を推進。発達障害者雇用支援アドバイザーとして企業コンサルタント、セミナー講師として活動中。
TEXT:遠藤光太
EDITING:Indeed Japan + ノオト
