ジェンダー移行を進めるトランスジェンダー従業員にとって、当事者たちを支援し、積極的に活動するアライの存在は、これまで以上に重要となっています。Human Rights Campaign(HRC、LGBTQ+コミュニティの人権擁護団体)は今年、米国のLGBTQ+の人々の権利や保護を拒否することを目的とした、500件以上もの法案が提出されたと推定しています。今までにない数の法案の多くは、主にトランスジェンダーコミュニティを標的にしたものです。
「LGBTQ+コミュニティ、私自身も含めたトランスジェンダーやノンバイナリーの人々は、存在そのものに対する容赦ない政治的な攻撃に、絶え間なく直面しています」と、Human Rights Campaign(HRC、LGBTQ+コミュニティの人権擁護団体)でプログラムや調査、トレーニングを担当するSenior Vice PresidentであるJay Brown氏は言います。「企業は現状に対応する必要があります。自社でインクルーシブな職場を作り、多様性と平等を提供することから始めましょう。働きながらのジェンダー移行や敵対的な同僚がいる職場環境への対処など、トランスジェンダー従業員が、さまざまな場面においてどのようなサポートを受けるのかを、自社の従業員が確実に理解することが大切です。」
LGBTQ+の人々の職場体験に関する最近の調査では、トランスジェンダーを自認する回答者の半数が「LGBTQ+コミュニティに属する他の人たちと比べて、職場で自分に対するネガティブなイメージや偏見に直面することが多い」と答えています。トランスジェンダー従業員のジェンダー移行が前向きなものとなるようサポートするために、企業は重要な役割を果たすことができます。そうした支援には、肯定的に受け入れる文化を育成する、包括的にニーズに応えるインクルーシブなリソースを提供する、企業の方針があらゆるジェンダー表現の個人を認めることを確実にする、そしてトランスジェンダー従業員自身が職場でジェンダー移行をどう進めたいのかを決定できるようにする、などが含まれます。
トランスジェンダー従業員がジェンダー移行を進めるにあたり、上司や同僚がサポートするためにできる5つの提案を見ていきましょう。
1. トランスジェンダー従業員の具体的なニーズに合った移行計画を立てる
トランスジェンダーの人々が職場でカミングアウトすることは、非常に大きなリスクを伴います。2020年に米国最高裁判所は、雇用環境でのLGBTQ+差別が違法であるという判決を下しましたが、依然として反トランスジェンダーのバイアスは職場で多く見られます。シスジェンダーと比べ、トランスジェンダーの人々の失業率は2倍にも上り、トランスジェンダー従業員の約半数は、仕事を解雇された、雇用を拒否された、昇進を却下された、ジェンダーアイデンティティを理由とする差別を受けた、などの経験を報告しています。米国のコンサルティング会社、McKinseyの調査によると、トランスジェンダーの回答者の約半数は職場で完全に自分らしさを出すことはできないと感じており、自分にとって職場を安全な場所にするためには、ジェンダー移行の初期に信頼を築くことが不可欠だと話しています。
ジェンダー移行を考えている従業員がサポートと配慮を受けやすくするには、移行の計画について話し合うと良いかもしれません。計画では、ジェンダーアイデンティティについてどの同僚にいつ、どのように知らせるかのスケジュールを設定するほか、名前や代名詞を変更する可能性についても決めておくことをお勧めします。同僚には従業員本人が個人的に伝えることを好む場合もあれば、管理職がチーム全体での会議を開催したり、表現に注意を払って作成され、本人が承認したメールでチームに知らせることを希望する場合もあるでしょう。企業側は、そうした決定権が完全に従業員にあると伝えて安心してもらうと同時に、本人に委ねるのではなく、上司ができるだけサポートを提供し、必要に応じて従業員の負担を軽くする用意があることも伝えましょう。
「HERE TO HELP」動画:
https://indeedhelps.com/episode/why-empathy-at-work-is-about-more-than-pronouns/
ジェンダー移行の計画では、性別適合治療を受けるために取得する休暇や、全体のスケジュールも考慮すると良いでしょう。移行期ケアには、顔の女性化手術から脱毛のための電気分解療法まで、広い範囲にわたる複数の治療や療法が含まれる可能性があり、時間がかかることが予想できます。トランスジェンダー男性が乳腺摘出や乳房切除などの手術を受ける場合、米国で推奨される回復期間は4~6週間ですが、これには通院のための移動時間や診察時間は含まれていません。たとえば、インクルーシブな病気休暇制度のほか、リモート勤務や夜間および週末の増務など、柔軟な勤務スケジュールがあると、トランスジェンダー従業員が仕事の責務を確実に果たしながら、ジェンダー移行を進めやすくなるでしょう。
しかし、ジェンダー移行の当事者が自分で決断した最善のケアが何であっても、そうした治療や療法の内容は、当事者以外には関係ないことです。企業や同僚は、シスジェンダーの人が個人的な医療情報をありのまま開示しないのと同様に、トランスジェンダー従業員が予定している手術や、投与を受けている薬について、決して質問しないようにしてください。
2. 名前や代名詞を正確に登録するため、自社の労働者名簿を更新する
法律上の名前とジェンダーの変更は、ジェンダー移行を進める従業員にとって複数の過程を伴うプロセスです。たとえば米国では、医療従事者からジェンダーの認定書を取得し、法律上の名前を変更することを告示する通知を地元紙に掲載し、法廷審問に出席して変更要請を許可してもらうよう裁判官に請願する必要があります。こうした障壁により、ほとんどのトランスジェンダーの人々が、ジェンダーを証明する文書を持っていません。変更後のジェンダーが表示された運転免許証やIDカードを持っているのは、トランスジェンダーのたった29%であり、完全に修正された出生証明書を持つのは9%に留まっています。
企業は、従業員がジェンダー認定証明書などの書類を提出しなくとも、自社のすべての記録やデータベースで従業員が氏名やジェンダーを更新できるように、可能な範囲で検討することをお勧めします。これには、Slackの従業員名を変更したり、メールアドレスや署名を変更することなども含まれるかもしれません。また、社員証の写真を撮り直すことを従業員が希望する場合もあるでしょう。
Indeed のData Governance ManagerであるMel Ziolkowskiによると、トランスジェンダー従業員が自身のアイデンティティと一致する名前や代名詞で呼ばれるようにし、可能であればそれを企業の記録にも反映することは非常に重要であり、「理想としては、HRチームがトランスジェンダー従業員のニーズを真に理解することです」とZiolkowskiは言います。「以前の勤務先は、どうすべきかまったく分かっていませんでした。(トランスジェンダーである)私は従業員をトレーニングする職務を任されましたが、それは正しい方法ではありません。あのとき、『分かりました、あなたをどういう名前で呼べば良いか、どういう代名詞を使えば良いか教えてください。適切にサポートするにはどうしたら良いですか?』と聞いてほしかったです。」
3. 社内の就業規則と従業員の福利厚生により、差別の文化を長期化させないようにする
医学的なジェンダー移行を望む場合の費用は、トランスジェンダーの人々が直面する最大の負担の1つだと言えるでしょう。たとえば米国のトランスジェンダー男性が治療代を自費で支払わなければならない場合、テストステロン注射は1か月に最高4万円かかることがあります。同様に、米国のトランスジェンダー女性が膣形成術を行う際に、医療保険会社が手術費用を負担しない場合、最大で300万円支払うことも予想されます。
医学的に必要な治療や療法は、米国の主要な公衆衛生協会や医療制度協会が支持するだけでなく、多くの場合で命を救うことにもつながります。調査結果は一貫して、性別適合ケアを受けられるトランスジェンダーの成人は、抑うつ、不安、希死念慮を持つ割合が低くなることを示しています。これは、フォーチュン500社の大部分を占める66%の企業で、トランスジェンダー従業員に対してインクルーシブな医療保険を提供している理由の1つです。そうした企業には、Human Rights Campaign(HRC)が毎年発表する企業平等指数(CEI)の参加企業の88%が含まれます。
完全にインクルーシブな医療保障制度では、ホルモン補充療法(HRT)や外科的介入のほか、トランスジェンダー従業員が自分自身に望む生活ができるよう支援することを目的とした、その他のジェンダー適合ケアに保険が適用されます。その分、費用が高額になると考えるかもしれませんが、ジェンダー適合ケアを含む費用はかなり少額に抑えることが可能です。2001年に、サンフランシスコ郡と市が従業員の保険制度をトランスジェンダー向け医療保険に拡大したとき、プログラム加入者の平均費用は年間77~96セントでした。
さらに、企業は職場でジェンダー移行を進める従業員を支援するため、自社の就業規則などの社内文書を改訂して、特に男女二元論の定義に当てはまらないトランスジェンダー従業員が経験する現実を認めることが大切です。これには、決められたジェンダーの分類を強要する育児・介護休暇制度や服装規定の改訂も含まれる場合があります。
4. ジェンダー移行中の従業員にすべての施設の利用を許可し、積極的にハラスメントを防止する
米国では、トランスジェンダーの10人に6人が言葉による攻撃、身体的な危害、施設の使用そのものの妨害などの差別やハラスメントを恐れて、普段から公衆トイレに行くことを避けています。企業は、ジェンダー移行中の従業員が感じる恐怖や不安に対処するため、全従業員が自身のジェンダーに最も一致するトイレを使用できるように、あらゆるジェンダーを肯定的に受け入れる方針を制定し、選択肢として可能な場合はジェンダーレストイレを設置すると良いでしょう。
ジェンダー移行中の従業員がトイレの使用に関してハラスメントを経験した場合、企業はジェンダーに適合するトイレの使用について、従業員の権利を強化することが大切です。米国では22の州と400以上の郡や市で、各自のジェンダーに一致する公共施設を使用するトランスジェンダーの人々の権利を有効とする、差別禁止条例が定められています。しかしながら、あらゆるジェンダーを肯定的に受け入れる方針をまだ定めていない企業では、従業員の保護や指導をさらに徹底する余地があると言えるでしょう。
「ミスジェンダリング(本人の性自認と異なるジェンダーで呼んだり取り扱うこと)やデッドネーミング(改名以前の名前で呼ぶこと)を悪意からまたは習慣的に行った場合、友好的ではない職場環境を生み出します」と、National Center for Transgender Equality(NCTE:米国トランスジェンダー平等のための国立センター)のSenior National OrganizerであるDevon Ojeda氏は言います。「そのため、それらを職場のいじめ行為、セクシャルハラスメント、HRガイドラインに含めることが重要なのです。企業がうまく管理することで、安全な文化を創出できるようにする必要があります。」
5. 社内外のサポート制度を確立し、ジェンダー移行期を通して従業員が肯定的に受け入れられていると感じるようにする
平等な対応に関する自社の方針が支持されることを確実にするため、企業はトランスジェンダー従業員にとって信頼できる社内のサポート制度を作成することもできます。LGBTQ+従業員のニーズや懸念に特化した従業員向けリソースグループ(ERG:人種やジェンダー、年齢、宗教、性的指向など、共通のアイデンティティを持つ従業員が活動するグループ)は、同じような問題や困難を経験した同僚からのアドバイスを求めるジェンダー移行中の従業員に、必要な情報を提供できる場合があります。また、こうしたグループは、たとえばジェンダーを肯定する洋服の寄付を募ったり、LGBTQ+の平等を擁護するコミュニティ団体とのつながりを築いたり、差別のない医療従事者を探す手伝いをしたりすることで、ジェンダー移行期の従業員を支援するのに役立つでしょう。米国ではトランスジェンダーの人々の約半数、有色人種のトランスジェンダーの場合は68%が、医師による治療ミスを経験しており、どこに行けば安全かを教えてくれる人が周りに誰もいない可能性もあります。
企業はリソースや方針が不十分な分野を特定し、管理職や経営幹部が従業員のニーズに応えるよう努力することが大切です。これには、差別禁止の研修、意図的でないバイアスをなくすことによる採用プロセスの改善、適切な用語と不適切な行動(ジェンダー移行中の従業員に改名以前の名前を尋ねるなど)に関するチームの教育などが含まれます。メール署名に代名詞を追加するよう全従業員に促すなど、小さなことからでもインクルージョンのメッセージを伝えることは可能です。たとえば、管理職の研修、従業員向けディスカッションガイドの作成、そして誰もが認められ、意見が尊重されると感じる文化の創出といった、ジェンダー移行期の従業員をサポートする準備が企業側でまだ整っていない場合でも、HRCやNCTEといった社外の団体を招待して、各団体のベストプラクティスを共有してもらうなど、企業がすばやく対応するために欠かせない支援の提供を受けることをお勧めします。
職場がジェンダー移行中の従業員に提供するサポートは、社内に限られるものではありません。「トップクラスの企業であれば、LGBTQ+の攻撃と主張に反対する声を上げるでしょう」とBrown氏は話します。「そうした企業は、LGBTQ+の人々にとって安全ではない状況になった場合、転居を援助するよう努めると思います。世間にどれほどの反対意見が存在したとしても、顧客から従業員まで、LGBTQ+の人々が企業の一部を成しているという事実があります。若い世代には、LGBTQ+を自認する人々がもっと多く存在します。コミュニティにおける企業の姿が、将来も変わらない成功につながるでしょう。」
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