バリューとは、企業としての価値観や在り方を言語化したものです。そのバリューを策定し、ポジティブな成果を生み出した会社が平安伸銅工業です。同社は突っ張り棒を中心とした家庭日用品を開発・販売しており、高度経済成長期には都市部の人口増加など需要増加にあわせて事業を拡大させてきました。しかし、2000年代以降は、市場成長の鈍化や消費者の価値観の変化によって伸び悩むことに。そこで様々な経営改革に着手してきました。その中の一つに、組織の価値観を示した「ヘイアンバリュー」の策定があります。

どのようにバリューを策定したのか、また浸透のために行った施策とは? バリュー策定時の苦労や成果、重要性について、平安伸銅工業株式会社の小島括俊さんに聞きました。

大事にしたい価値観をまとめた「ヘイアンバリュー」

――貴社がバリューを策定した経緯について教えてください。

平安伸銅工業は、突っ張り棒を中心にキッチンや収納関連、DIY、インテリア関連の商品を企画・開発してきました。

弊社の代表・竹内は2010年に入社したのですが、その頃の業績は現在の半分以下でした。主力である突っ張り棒は、類似商品との差別化を図ることが難しくなり、市場でのプレゼンスが低下。事業を改善する必要に迫られていたのです。トップダウンで新規ブランドを立ち上げるなど改革を試みたものの、メンバーからは「どういう未来に向かっているのか分からない」「目指している姿が見えない」といった声が挙がりました。つまり、経営陣と従業員の意思疎通に課題があったのです。

そこで、目指す未来や大事にしたい価値観を言語化すべく、2018年に「ビジョン」と「ヘイアンバリュー」を策定しました。

――ビジョンやミッションはよく聞きますが、なぜバリューだったのでしょうか?

「何を目指すのか」という未来の話だけでなく、「どう足並みをそろえていくか」という価値観や行動規範をセットで定めるべきだと考えたからです。

――なるほど。では、どのようにバリューを策定していったのでしょうか?

まず経営層の2人と有志のメンバー6~7人を募って集まり、ワークショップを開催しました。「なぜこの会社で働いているのか?」「大事にしたい価値観とは?」といった意見を出し合い、共通点をまとめる作業を行ったのです。経営層の2人がこれを受け取り、会社のアイデンティティや進みたい方向性を考え、組織に必要な価値観をブラッシュアップしました。それをまとめたのが、9つのバリューです。

<ヘイアンバリュー>

  1. 自由闊達でいこう
  2. 良心に従おう
  3. 一人はみんなのために、みんなは一つの目的のために
  4. 「違い」を大切にしよう
  5. おもろいアイデアで、未来の定番を創ろう
  6. プロフェッショナルになろう
  7. 喜ばすことを喜びとしよう
  8. 私らしい暮らしを実践しよう
  9. 世界目線でいこう

――この中で効果があったものは?

選ぶことは難しいですが、まず挙げられるのが「違いを大切にしよう」です。いま社員数は70人を超え、ベテランから新人、外国人などバラエティーに富んでいます。社内では「その多様性がむしろ強みになる」という話をしていますね。

あと「自由闊達でいこう」。先日も海外営業メンバーが、ベテランから商品の歴史や開発秘話を聞き出す「深堀り会」を企画していました。誰かから指示されたわけでもなく、自発的に行動している姿を見ると、バリューが体現されていると感じます。

クッキーとラジオ番組 バリューを浸透させるための意外な施策

――バリューを浸透させるために行った施策について教えてください。

まず、当時新卒で入社した社内のデザイナーと一緒に、バリューのビジュアル化としてアイコンを考えました。次に作ったのが「バリュークッキー」です。オリジナルクッキーにロゴをデザインし、メッセージカードを同封しました。お菓子のカードのようなデザインで、「違いを大切にしよう」などのバリューと関連するエピソードが書いてあります。

ヘイアンバリューのロゴとバリューカードの画像
ヘイアンバリューのロゴ(左)とバリューカード(右)(写真提供:平安伸銅工業株式会社)

バリューを策定したといっても、一つの明確な答えがあるわけではありません。そこで、みんなでバリューについて体感するグループワークを企画したり、有志でプロジェクトを立ち上げてバリューに関する取り組みを促したりしました。

そこから生まれたのが、ラップ好きのメンバーによる「ヘイアンラップ」や、メンバーの私らしい暮らしをとりあげるポッドキャスト「平安ラジオ」です。

ヘイアンラップ動画のサムネイル画像
ラップ好きの社員が制作した「ヘイアンラップ」(写真提供:平安伸銅工業株式会社)

――クッキーやラップ、ポッドキャストなど、どれもユニークな取り組みですね。

バリューを策定した後、「結局何をすればいいのか?」「仕事にどう生かせばいいのか分からない」という空気を感じていました。あくまで概念や考え方なので、バリューを想起させる具体的なものも必要なんじゃないか、と。様々な粒度で展開することが必要だと思っていました。

とくにラジオは、メンバーが趣味やプライベートなど「私らしい暮らし」を話したり、聴いたりすることで、どこかビジョンとの接点を感じられたのではないかと感じています。

バリューを浸透させる取り組みの流れの図 知る/バリューのビジュアル化→触れる機会を増やす/バリュークッキー(つっぱりマン同封)バリューカード→理解する/社内ワークショップ(半期毎)メンバー独自の取組み発表→共感する/平安ラジオ『らしい暮らし』のお届け→行動する/バリュー表彰 まずは新しいビジョン・バリューに馴染みを感じてもらうことから、共感するところまで、メンバーと楽しみながら施策を企画
バリューを浸透させる取り組みの流れ(資料提供:平安伸銅工業株式会社)

バリューが採用活動や普段の業務にも波及

――バリューが社内に浸透したことで、どのような成果がありましたか?

もっとも影響があったのは採用活動です。私たちが大切にしている価値観を示すことで、志望動機に「バリューに共感した」と書いてくれる人がとても増えています。先日、入社した人に聞いたら「バリューが浸透していることを節々に感じる」と話していたので、そこは自信を持って言えますね。

――応募者はどこで貴社のバリューを認識しているのでしょうか?

社長の竹内がいろんな媒体でバリューの話をしていますし、面接で「平安ラジオが面白かった」という人もいました。ラジオを聞くことで、一緒に働く人がどんな人なのかを知ることができ、応募者の不安や疑問の解消に役立ったのかもしれません。

――カルチャーマッチの面で効果があった、と。

そうですね。メンバーのインタビューやラジオの発言によっても組織の価値観が見えますし、メンバー1人ひとりの考えも分かるので、採用活動に良い効果があったのではないかと思っています。

応募者の数はそれほど変わっていないものの、新卒で総合職として入社した人は誰も辞めていません。より価値観がフィットした人が来てくれたので、定着率への効果はありました。

――事業への影響については?

バリューの1つ「私らしい暮らしを実践しよう」は、社内の共通言語になっています。「ユーザーにとっての私らしい暮らしって何だろう?」などのように、何か企画を考える上で以前よりメンバー同士の視点が一致しやすくなりました。ミーティングでも「これって、私らしい暮らしに繋がるのかな?」という話はよく挙がりますね。現在、さらに事業への解像度を高めるため、ミッション(使命)を策定している最中です。

バリューとは、まだ言語化されていないけど大事にしていること

――バリューを浸透させる上でこだわった点、苦労した点は?

バリューといってもあくまで概念であり、明確な正解がある類のものではありません。そこが苦労した点ですね。当初、企画を考えたメンバーとは「抽象と具体、両方大事だ」とよく話していました。言葉だけでは抽象的で「そんなことを言われても、わかんないよ」となってしまう。その認知的負荷を減らして補完する施策を大事にしていました。

――企業において、バリューを浸透させる意義や重要性とは?

考え方や背景の違う人が共存できる点に意義があると思っています。バリューがあるからこそ、対話したり認識を合わせたりできる。山にたとえると「登る山は、富士山じゃなくてあっちの山かな?」「ハイキング? テントを使った登山?」と足並みをそろえるために重要な要素だといえます。

――バリューの策定や浸透に苦慮している企業の担当者へ向けて、何かアドバイスがあればお聞かせください。

まだ言語化されていないけれども組織の中で大事にしていること、日々の行動を集めたものがバリューだと考えています。したがって、特別なことではありません。弊社で言えば、既存のやり方に縛られず、新しい考えを受け入れたり取り入れたりする自由闊達な探索が強みの一部です。

また、バリューを作っていくプロセスのなかで、経営側が「うちのメンバーって、会社に対してこう思っていたんだ」と認識できました。近年はバリューに共感して入社した人が増えており、新しい風を送り込むことで既存のメンバーにも良い影響を与えていると感じています。

1つの正解があるわけではないので、最初は苦労するかもしれません。バリューを抽象で理解できる人もいれば、具体ではじめて理解できる人もいるでしょう。「文章を読んで学びたい」「勉強会で具体的に説明してほしい」など、社員が求めるプロセスは一人ひとり違うはずです。そこを大事にすると進みやすいのではないでしょうか。



<取材先>
平安伸銅工業株式会社
小島括俊さん

TEXT:村中貴士
EDITING:Indeed Japan + ノオト