健康や医療に関する情報を入手したり、活用したりする能力を指す「ヘルスリテラシー」。「健康を決める力」とも訳され、政府が認定する健康経営優良法人や健康経営銘柄の認定基準にもなっています。この能力について、複数の企業で保健師として活動する藤吉奈央子さんにお話を伺いました。言葉の意味や重要性、企業内でヘルスリテラシーを高めるための施策について紹介します。

健康のための情報を得て行動できる力

――ヘルスリテラシーとは、どのような能力のことを言うのでしょうか?

ヘルスリテラシーとは、健康や医療に関する情報を入手、理解、評価、活用するための能力で「健康を決める力」とも訳されます。具体的には、たくさんの情報のなかで健康や医療に関する情報にアクセスし、それが本当に正しい情報なのかを見極めた上で、その情報を活用したり、病院を受診したりするなどの行動に結びつけていける能力のことです。

国際的にも注目されている言葉ですが、実は日本人は、欧州などに比べてヘルスリテラシーが低いという調査もあります。そこには日本人特有の文化的な背景があり、情報を批判的に見る機会や、幼い頃から自分で意思決定する力を身に着ける機会が少ないといった背景が影響していると言われます。

――もし、ヘルスリテラシーが欠如しているとどうなりますか?

体の異常に気付けない、気付いたとしても行動につながらない場合は、大きな病気に発展してしまう危険性があります。「異常を感じたけれど、健康診断の時期が近いのでそのときまで放置した」というケースもヘルスリテラシーの欠如と言える場合があります。

ヘルスリテラシーのゴールは「健康に生活すること」です。リテラシーの欠如により健康な生活が脅かされる回数が多くなってしまうと、日々の仕事のパフォーマンスも低下します。だからこそ、職場においては、企業が従業員のヘルスリテラシーを高める施策をするべきでしょう。

企業は健康に関する情報提供を

――企業全体のヘルスリテラシーを向上させるために、どのような取り組みができますか?

「ヘルスリテラシーとは何か」をテーマにした講座を開催するのも一つの方法ですが、それよりも健康教育の一環として、日常の様々な場面での健康に関する情報発信が有効だと考えます。

例えば、社員食堂のメニューや社内の自動販売機にエネルギーや塩分・砂糖の含有量を表示する、社内の1階から3階まで階段で上がった場合のカロリー消費量を貼り出すなどです。ことあるごとに従業員一人一人が健康に関する情報に触れ、その情報を生かした行動を取ることが、直接的にヘルスリテラシーの向上につながると考えられます。

さらに、行動に移すまでのハードルを下げるという観点で言えば、会社が従業員に対して、インフルエンザなどの予防接種を受ける機会を作る、接種料金を補助するといったことも有効だと思います。「接種して良かった」と感じる機会があれば、他の健康に関する行動も実行しやすくなるでしょう。

――特にリテラシーを高めるべき健康分野があれば教えてください。

健康診断の検査項目で、命にも直結する血圧や糖尿病、コレステロールに関する部分の知識を高められると良いと考えます。企業からは、寒い時期に「血圧が上がりやすくなるので注意が必要」という情報を従業員に発信するのも有効です。健康診断の結果に応じた情報を従業員に提供する方法も良いでしょう。

花粉症や腰痛など生産性を下げる要因の対策も

――命に直接関わらないものでも、生産性の面から企業として注目した方がよい疾患や不調はありますか?

これは企業全般にいえることですが、生産性を下げる大きな要因として挙げられるのが花粉症や腰痛だといわれています。これらは健康診断の結果として判明するものではありませんが、科学技術庁が2000年に発表した調査結果によると、花粉症による経済的な損失は2800億円以上に上るそうです。今は結果が出た当時より患者数が増えているので、その損失はさらに大きくなっていることが予想されます。

花粉症の従業員は、何度も鼻をかむなどして集中力が低下しますし、腰痛がある従業員は痛みで作業ができないなど、大きくパフォーマンスが低下してしまいます。症状がひどいほど生産性が落ちるため、本人が辛い思いをするだけでなく労働損失が非常に大きくなってしまうという厄介なものです。

このような命に関わるような重大な疾患でなくとも、できるだけ快適に仕事ができるよう、ヘルスリテラシーを高めることが重要になります。具体的な対策としては、花粉症の場合は、早い人だと1月から症状が出ているので、その前に企業が情報提供をするのも有効です。外出先から職場に戻ったら扉の前で花粉を払ってから入るなど、基本的な情報でよいので、どんどん花粉症対策について発信しましょう。また、腰痛の場合はみんなで腰痛体操をするのも効果があります。細かなことですが、こういったことを徹底していくことでパフォーマンスを向上させることは可能です。

――ヘルスリテラシーの向上に取り組もうとする中小企業の皆さんに、メッセージをお願いします。

業務のなかで、忙しさのあまり小さな違和感を放置して大きな事故につながってしまうケースがあります。健康管理も同様で、大きな病気は小さな違和感の見落としや見過ごしで起こります。まずは違和感に気付くこと、そして病院で受診するなどの行動を起こせるかどうかが大切です。職場全体でヘルスリテラシーを高めて従業員一人一人が高い意識を維持できる風土づくりに取り組んでみましょう。




<取材先>
株式会社トラストチャーム 代表 藤吉奈央子さん
関西を中心に複数の企業で保健師として活動。産業看護職の育成に関わる傍ら、人事労務担当者・経営層向けの研修講師なども行う。また、大阪産業保健総合支援センターで相談員・両立支援促進員として大阪府内のがん拠点病院を中心に“治療と仕事の両立”に関する相談対応や医療職向けのセミナーなども実施している。

TEXT:岡崎彩子
EDITING:Indeed Japan + 笹田理恵 + ノオト