大学院卒の初任給は高卒・大卒等の初任給より高く設定されているのが一般的です。中小企業が初めて大学院卒の学生を採用しようとする場合、どのように設定すればいいのでしょうか。採用の実務経験が豊富である、社会保険労務士の佐藤律子さんに伺いました。

高卒と大卒の初任給の違いは、「社会人基礎力」から生まれている

――まず、給与の構成要素について教えてください。

給与には様々な要素があります。給与は、主に基本給・各種手当などで構成されています。また、賞与を支給する企業もあります。
「基本給」は、さらに複数の構成要素に分けられます。たとえば、年齢を加味した「年齢給」、職務遂行能力に応じた手当にあたる「職能給」などがあります。その企業が社員に求める能力をどのように評価するかによって、給与は複数の構成要素に分かれているのです。

――大学院卒を考える前に、そもそも、高卒と大卒の初任給には差があります。この差が発生する要因には何があるのでしょうか。

厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」では、高卒の平均初任給が17万9,700円、大卒の平均初任給が22万5,400円と、4万5,700円の開きがあります。この要因は、業務を遂行する基礎的な部分、いわゆる「社会人基礎力」が出来上がっているかどうか、という点にあります。

大卒の学生は、レポートや卒業論文を執筆する過程で、「物事を論理的に考える能力」や「自分の考えを筋道をたてて他人に伝える能力」を身につけています。また、大学に入ってからアルバイトや企業でのインターンシップを経験する機会があり、電話応対、手順どおりの業務遂行、お客様対応といった、社会人の基礎的なスキルが身についているといえるでしょう。

さらに、大学では親元から離れて一人暮らしを始めたり、サークルや部活等で様々な地域から集まる仲間と揉まれあう経験をしたりします。一方、高卒の学生はまだ親の庇護の元で暮らしていることが多いです。したがって、大卒は高卒よりも人間的に自立しているだろうとみなされ、初任給の差にあらわれています。

――初任給が異なることで、高卒社員に任せる仕事と、大卒社員に任せる仕事も異なってくるのでしょうか。

一般的には、高卒社員と大卒社員で、最初に任せる仕事は異なってくるといえます。

たとえば製造業の場合、高卒社員はまず製造部門に配置され、指示書に基づいて単純作業をすることから始めることが多いです。

一方大卒社員は、製品の設計や開発、研究、生産技術等に配属され、単純作業だけでなく、大学で学んだ知識を生かし、応用が必要な仕事を任されます。

文系も同じように、高卒社員はデータ入力といった単純作業から始まる一方、大卒社員は、顧客対応が発生する営業や、事務作業でも複雑なプロセスが求められる業務など、任される仕事には違いがあることが多いですね。

大学院卒の初任給は、仕事や能力を見極めて設定〜わからない場合は、業務の棚卸しからスタート

―― 先程の厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」では、大卒の平均初任給が22万5,400円に対し、大学院卒は25万3,500円と、2万8,100円の開きがあります。この違いが発生する要素には、高卒と大卒の違いと異なり、何があるのでしょうか。

高卒と大卒の違いは「社会人基礎力の有無」が大きな要因でしたが、大卒と大学院卒の初任給の違いは、「2年分高度な研究をしていること」と「それにより即戦力になる可能性が高いこと」が要因として挙げられます。即戦力が求められる点で、大学院卒の採用は中途採用に比較的近いといえるでしょう。

特に理系では、在学中に企業と共同研究をしている人もいます。この場合、すでに企業の業務をある程度経験しているので、会社の仕事はどのように進めていくのか理解している点が評価されますね。

―― これから大学院卒の学生を初めて採用する中小企業は、どのように初任給を設定すればいいのでしょうか。

大学院卒の初任給を設定するには、中途採用者の給与を決める方法を参考にするとよいでしょう。

中途採用では、その社員に求める仕事の内容や能力、これまでの社会人経験などを評価し、その企業の給与テーブルでどの部分に対応するのか照らし合わせたうえで、入社後の給与が決定されます。

大学院卒の初任給を決定する際も同様に、その学生のこれまでの研究内容や大学生活での経験から見える能力、入社後どのような役割を求めるかによって決定するとわかりやすいでしょう。

しかし、仕事の内容や求める能力が明確に定まっていないことも、中小企業の採用の現場では多いものです。そのような場合、まずその企業にある仕事の棚卸しと、その仕事に求められる能力や経験、それに対応する給与テーブルを整理することから始める必要があります。

あわせて、初任給の設定では「ハロー効果」という現象に気をつけましょう。

初めて大学院卒の学生を採用しようとする企業の場合、採用する側の企業としても、大学院が何をするところなのかよく理解できていないことから、学生から「学会で発表をしました」「企業と共同研究をしました」といったことを面接で聞くと、「とても能力が高い人材だ」と高く判断し、高い給与を設定してしまうことにつながる可能性があります。

これは、その人の目立ちやすい特徴に引きずられて他の特徴についての評価が歪められてしまう「ハロー効果」と呼ばれるものです。たとえば、学会発表は多くの大学院生が経験していることですが、採用する側が大学院になじみがないと、そういった点が判断しづらいと思います。

学歴だけで判断せず、学生そのものをしっかり見極め、適切な初任給を設定しよう

―― 大学院卒の学生が学んできた研究が、その企業の業務でも生かされるかどうかは、明確に見えづらい部分もあります。そういった場合でも、2年間学んだという実績を評価し、初任給は大卒と異なる区分にしたほうがよいのでしょうか。

大学院で2年間研究をしてきたという経験が、そのまま企業人としてのスキルとしてみなせるかどうかは別問題です。学生が学んできた研究が入社後の業務でも生かされるかどうかわからない場合は、あえて大学院卒の初任給を設定せず、大卒と同じ初任給からスタートするという方法もあります。

あわせて、社会人としての基礎力、たとえばストレス耐性があるかどうか、コミュニケーション能力があるかどうかは、大学卒も大学院卒の学生も同じです。したがって、その点は大卒の学生に確認するような質問を大学院卒の学生にもする必要があります。

学歴ではなく、学生の素養を面接でしっかり見極め、そのうえで初任給をどうするか検討したいですね。

―― 大学院卒の学生の初任給を既存の社員の給与より高く設定する場合、社員の納得感を得ることが重要になりそうですがどうでしょうか。

大卒3年目の社員と大学院卒1年目の社員は、浪人や留学などの事情がなければ年齢が同じであることがほとんどでしょう。同い年である両者に給与の差をどう設けるかは、社員のモチベーションに関わる点でもあります。

給与を決定する要素で、何を重視するかはその企業によって異なります。たとえば、大卒3年目の社員の給与が、大学院卒の初任給よりも高い場合は、企業に2年間働いて貢献している点を評価しているといえます。

反対に、大学院卒の初任給が大卒3年目の社員の給与より高い場合、大卒社員と比較し、より専門性がある仕事に従事する点を評価しているといえます。

どちらの場合でも、なぜこの仕事をする人の給与はこの金額に設定しているのか、理由とともに社員に説明し、納得感を得られておくことは、社員のモチベーションを維持するためにも、大事な要素ですね。

総じて、初任給だけでなく、人事評価や賃金テーブルを決めるというプロセスは、企業成長につなげることが目的です。

社員がいるからこそ、企業は事業活動を通じて利益を出すことができます。企業を発展させる上で、社員にどのようなスキルや働きを求めるのかしっかり定義するとともに、社員とよく会話をすることが、経営者には求められるといえます。




<取材先>
りつ社会保険労務士事務所代表 社会保険労務士 佐藤律子さん
滋賀県彦根市出身。大学卒業後装置製造業にて、主に要員管理と教育体制整備、評価制度構築等の人事労務業務に一貫して携わる。2018年、りつ社会保険労務士事務所を開設。実情に合わせた柔軟な施策をとることを第一にし、企業の人事制度構築と安全衛生遵法体制整備をサポートしている。

TEXT:米澤智子
EDITING:Indeed Japan + ノオト