DX(デジタルトランスフォーメーション)が進む中、企業の業務内容も働き方も大きく変化しつつあります。これらの変化に対応していくために、新しい仕事に役立つスキルや知識の習得を目的に、学習やトレーニングを行う取り組みが「リスキリング」と呼ばれています。中小企業にとってリスキリングはどんな意義があり、どのように実践すべきものなのでしょうか。株式会社アタックス・セールス・アソシエイツの酒井利昌さんに聞きました。
DX時代に欠かせないスキルを獲得する
――いま「リスキリング」が注目されているのはなぜでしょうか。
「リスキリング」とは、今行っている仕事とは全く違う新しい仕事をするために必要なスキルを獲得することをいいます。
こう言うと、転職して別の企業に就職する人が行う自己啓発のようなイメージを持たれるかもしれませんが、実は同じ会社でずっと働き続ける人にも「リスキリング」が必要だと言われています。なぜなら、デジタル技術の急速な発展によってDX(デジタルトランスフォーメーション)が進むと、どの企業でも今と同じ仕事をし続けることはできなくなるためです。
これまでのデジタル化は、今までの仕事の効率を上げたり、コストを削減したりするものでした。
カメラがフィルムカメラからデジタルカメラに変わった時点では、現像にかかる手間や時間は削減されましたが、写真を撮ったり見たりする体験自体に変化はありませんでした。今までのデジタル化のイメージはこれに近いものです。
しかしさらに技術が進んで、今では写真をオンラインで世界中の人と共有したり、誰でも簡単に加工したりできるようになりました。デジタル技術によって人々の行動が変化し、写真にまつわる新しい商品やサービスが生まれてきています。DXはこのように、デジタルによって人々のライフスタイルや、ビジネスの方法まで変えてしまうことをいいます。
カメラに関わる仕事をしている人たちは「きれいに写すための技術」に加えて、インターネットやSNSについての知識も学ぶ必要が生じたことでしょう。新しいビジネスに対応していくために不可欠な知識や技術を獲得すること、これが「リスキリング」です。
成功体験が「リスキリング」の障害になることも
――時代の変化に対応していくために「リスキリング」が必要なのですね。ただ、今の仕事とかけ離れた内容を学ぶとなると、何からどう始めたらいいのか分からないという企業も多いのではないでしょうか。
中小企業は研修に割けるリソースも限られていますし、ノウハウもないので「リスキリング」のための研修を内製することは難しいと思います。
ただ、最近では人材育成のための研修もDX化が進んでいます。動画で講義を見て、テストを受け、講師からのフィードバックを受けるというところまでの、一連の研修をすべてオンラインで受講できるサービスはたくさん提供されています。自社で講師を呼んで、会議室をおさえて……という従来の研修よりもコストは抑えられることが多いでしょうし、社員はそれぞれが都合のよい時に受講できるというメリットもあります。
――オンラインの教材やスクールを活用するのは気軽に始められそうですね。その反面、社員個人に任せていると、いつまでも受講しない人も出てきそうで心配です。
社員のリスキリングを進めたいのであれば、オンラインでの研修もタスクと位置づけて、かならず業務時間内に受講させるようにします。研修の理解度をチェックするためのテストなども、期限を決めて行いましょう。
そして、実践する社員にとって何より大切なのは「時代の変化に応じて自分たちも変化しなければならない」という危機感を持って取り組んでもらうことです。漫然と受講しているだけでは何も身につきません。会社として社員に何度も呼びかけるのはもちろん、講師や外部のコンサルタントからビジネス環境の大きな変化について語ってもらうことも効果的です。
最近のオンラインスクールでは、講義に加えて受講者どうしが交流できるコミュニティの機能を持っていることも多いものです。こうしたコミュニティに社員を参加させ、他社の社員と交流することも視野が広がり、自社に足りない面を自覚するためにも効果的です。
――「リスキリング」自体を目的にするのではなく、時代に求められる仕事ができる企業になっていくための手段と考えて取り組むことが大切なのですね。
その通りです。さらに「リスキリング」を進める上での障害となるものは、実は「過去の成功体験」や「自分が常識だと思っている知識」でもあります。
DXによって今までにはなかった変化が起こっているのですから、今までとは違う方法でビジネスを進めていく必要があります。しかし、人はなかなか過去に上手くいったときの経験を捨てられないものです。
ですから、新しい知識を得るための「リスキリング」の前に、「アンラーニング(学習棄却)」というプロセスが必要と言われています。
まず、これまでに得ていた知識を棚卸しし、自分の認知→理解→行動に至るプロセスのパターンを理解することを通じて、環境が変化したときの自身の適応能力についてもふりかえります(アダプタビリティ)。その後に、これから起こるであろう非連続・想定外の未来のシナリオを描いて戦略を立て(プランニング)、その戦略を実現するために必要なスキルを獲得することが「リスキリング」なのです。
若い人や入社したばかりの人に比べて、むしろベテラン社員の方が新しい知識・スキルの獲得、「リスキリング」が難しい可能性があります。その際にはこの「アンラーニング」から「リスキリング」に至るプロセスを研修に組み入れることも必要となるでしょう。
「リスキリング」に積極的な企業に人は集まる
――リスキリングという言葉はよく耳にするようになりましたが、まだ実際に取り組みを始めているのは大企業だけという印象です。「自社にはまだ早い、必要ない」と考えている中小企業も多いのではないでしょうか。
意欲のある人材ほど、時代の変化に敏感です。「他の企業もまだやっていないから……」とDXへの対応を進めていない企業と、先んじて積極的に取り組んでいる企業では、後者で働きたいと考える人が多いでしょう。リスキリングに取り組む企業には新しい挑戦を恐れない人が集まり、企業も時代に合ったビジネスを展開できるという好循環が生まれ、そうでない企業との格差は開いていくでしょう。
もとより教育など人材育成に積極的に投資している企業ほど生産性が高く、求職者や社員にとっても魅力を感じやすいことが知られています。人を育てることを大切にするという基本はそのまま、その内容を「リスキリング」という、今までとは違う方法を取り入れて変えていくことが企業に求められているのでしょう。
<取材先>
株式会社アタックス・セールス・アソシエイツ コンサルタント
酒井利昌さん
学習塾業界、人材サービス業界を経て、株式会社アタックス・セールス・アソシエイツへ入社。年間200日以上の研修、セミナー、営業・採用コンサルティング支援に従事。新入社員や若手社員向けの研修なども実績多数。著書に『いい人財が集まる会社の採用の思考法』がある。
TEXT:石黒好美
EDITING:Indeed Japan + 笹田理恵 + ノオト