ドライバーの高齢化が進むタクシー業界。1951年創業、従業員の平均年齢61歳の大垣タクシーは、食事に関する情報を従業員に提供して意識を高めるなど、健康経営を実践しています。離職率の低下など、様々な効果を生み出している同社の取り組みについて、大角勇雄社長にお話を伺いました。

経験豊富な現役ドライバーに、できるだけ長く働いてほしい

――健康経営の取り組みを始めた経緯を教えてください。

タクシー業界には、若い人材をなかなか確保できずドライバーの高齢化が進んでいるという課題があります。当社は従業員数27名、平均年齢は61歳です。高齢化が年々進み、中には体調をコントロールできず、病気で療養する人もいました。そうした状況から、技術も経験も身に付けた現役ドライバーにできるだけ長く働いてもらえるよう、従業員の健康に何らかのアプローチをしていきたいと考えるようになりました。

――具体的な取り組み内容を教えてください。

取引先の大手保険会社から導入した健康経営のノウハウを実践しています。まず、健康に関するアンケートを全従業員に向けて実施しました。アンケートは従業員の生活習慣を“見える化”するもので、飲み物、食生活、運動、喫煙、心の健康、睡眠、適性飲酒の7つの項目について、個人の習慣や意識を聞くものです。

回答を集計し、そこから見えてきた課題を把握して改善計画を立てました。当社の場合は、初年度のアンケートの結果、食生活への意識が特に低かったことから、食生活に重点を置いた取り組みを始めることになりました。

具体的には、イラスト入りの健康情報を掲載した「ワンポイントアドバイス」を、給料支給日に配布しています。確実に従業員一人一人に目を通してもらうにはどうしたらいいかを考えた結果、社内に掲示するだけではなく全従業員に対して給料明細書と一緒に渡しています。ちなみにワンポイントアドバイスは、お茶やジュースなど飲料のカロリーを示したり、お酒の上手な飲み方を紹介したり、といった内容です。最初は読まない人もいましたが、給与明細書と合わせて目を通すのが習慣になり、今では家族と一緒に毎月楽しみに読んでいるという従業員もいます。

また、栄養バランスやダイエットについてのアドバイスが受けられるアプリの導入を促し、健康への意識を高めてもらう取り組みも行っています。アプリ上では、目標体重に応じて、食事のカロリーや栄養素のバランスが自動計算され、体重や体脂肪がグラフ化されます。多くの従業員がダウンロードし、日常生活に取り入れています。

本気度を伝えるため、社長が健康経営の旗振り役に

――社長自らが「健康経営推進担当者」になっているとお聞きしました。その狙いはどのような点にありますか?

健康経営は、経営者自らが音頭を取らなければ続かないと考えたからです。私自身が真剣に従業員の健康を考えていると知ってもらうことは、会社にとって大きな意味があるようで、「社長がやっているなら、私たちもやらないと」と言ってくれる従業員もいます。

また、当社は2020年、2021年と経済産業省から健康経営優良法人として認定されました。審査項目には経営者の行動を問う内容があります。やはり経営者が中心となって取り組むことが重要なのだと再認識しました。

――取り組みの結果、どのような効果がありましたか?

以前は、体調を崩すと数日から数週間程度、休みがちな従業員がいましたが、取り組みを始めてからは体調が原因で長期休暇を取る従業員がゼロになりました。毎年のように申請していた全国健康保険協会の傷病手当金は、この3年間申請していません。

従業員の意識にも変化が見られ、体に良い食事や飲み物を選ぶようになったという声を聞いています。毎年のアンケートで、「健康を意識した食べ物、食べ方について、6カ月以内に健康づくりを始める意思がない」と答える従業員は、2020年は25%、翌年は13%と減少してきましたが、2022年に実施した最新のアンケートでは、ついに0%、つまり全員が健康を意識した食べ物、食べ方を実践しようという気持ちになってくれました。

次の課題は、その意識を行動に移してもらうことです。さらに、運動不足に対する取り組みも広げていきたいと考えています。

――健康面の配慮によって、会社の業績や働き方の変化はありましたか?

私たちの業界では、ドライバーの報酬は売り上げに応じて変動するので、業務を休むとドライバー自身の報酬が減り、会社の売り上げも下がります。ドライバーが休まず業務に取り組めるようになると会社の生産性の維持・向上に大きく貢献してもらえるのだと実感しています。

さらにその影響は働き方にも変化をもたらしています。一般的にタクシー業界は長時間労働になる傾向がありますが、健康経営に取り組むようになって、会社も従業員も「いかに効率良く働くか」ということにも意識が向いてきました。

以前までは画一的な勤務体制をつくっていましたが、今は繁閑を考慮して勤務に当たるドライバーの人員を調整するなど、できるだけ効率良く働ける体制に変わってきました。従業員からは、余暇や家族と過ごす時間を作りやすくなったと聞いています。

離職率が低下、思わぬ効果も

――健康経営に取り組みたい中小企業の経営者に向けて、伝えたいことはありますか。

私が健康経営をおすすめしたい理由は大きく二つあります。一つはこの取り組みを始めて離職率が下がったことです。コロナ禍で厳しい状況でしたが、退職する従業員が減りました。従業員の日頃の体調が良くなり、就業環境も改善して働き続けやすくなったのだと思います。若者の雇用が難しいなか、技術を持ったドライバーに自社で引き続き活躍してもらえるのは大きなメリットです。

もう一つは派生的な効果ですが、健康アプリの活用やアンケート回答などを通して、従業員がITツールに触れる機会が増えました。当初はスマートフォンを扱いたがらない高齢の従業員もいましたが、多くのドライバーがスマートフォンやタブレットなどIT機器を操作するようになったことで、当社がタクシー内で提供する、キャッシュレス決済や、アプリを使った配車サービスなど、ITにまつわるサービスの活用にも繋がったと感じています。これは思わぬ副産物ではありましたが、デジタルツールの活用にはこうした波及効果もあるということをお伝えしたいです。




<取材先>
大垣タクシー 代表取締役 大角勇雄さん
1951年創業。従業員数27名。岐阜県大垣市内を中心にサービスを提供。ホームヘルパー2級、普通救命技能と移動技術のスキルを兼ね備えたドライバーが担当する介護タクシーや、観光タクシーにも力を入れる。

TEXT:岡崎彩子
EDITING:Indeed Japan + 笹田理恵 + ノオト