
社会の複雑性や不確実性の高まりとテクノロジーの高度化に伴い、組織の創造性が問われている。しかし現実は、イノベーションの創発どころか実のある議論もままならない、そんな企業や組織も少なくないのではないだろうか。
組織の重苦しい空気を変えるには、メンバー間での「問いかけ」を工夫してみてはどうだろう。そんなメッセージを、株式会社MIMIGURIの代表取締役でCo-CEOの安斎勇樹氏は、著書『問いかけの作法 チームの魅力と才能を引き出す技術』を通して投げかける。なぜなら、問いかけには組織の魅力と才能を引き出す力があり、その技術は誰もが習得可能だからだ。
互いをわかり合い、ポテンシャルを引き出すプロセスは、採用においても重要だ。広報での情報発信、求職者とのコミュニケーション、また、採りたい人材の定義づけや自社らしさの共有を図るうえで、問いかけの効用を知ることはポジティブに作用するに違いない。
前編では、関係性の膠着やアイデアの枯渇など、今日の組織に見られる「現代病」に着目。それらの問題が発生するメカニズムと、そのような状況で相手の本質に迫る問いかけをすることの秘訣をたずねた。
日本の成長を支えた“ファクトリー型”組織は、“ワークショップ型”への転換が必要

――相手に考えや意見を募っても黙り込んでしまう、当たり障りのない返しをされてしまうといったことは、日常で起こりがちです。そのようなコミュニケーションのブレーキは、どうして生じてしまうのでしょうか。
安斎:「これが言いたい」「こうしたほうがいいんじゃないか」と思ったり、「これをやったらどうなるだろう」と考えたり、意見や好奇心は誰の心にも湧いているものです。それを「衝動」と私は呼んでいます。
ただ、それらの衝動にフタをしてしまっている人や場面が多い。組織に染み付いていた習慣や仕組みなど、あらゆるものが複雑に関係しているので原因の特定は難しいですが、一つは旧来から続く企業の組織体系が挙げられると考えています。ピラミッド構造で、トップダウンで決定が行われていく。現場は上層部の方針に従い、効率的に遂行する。これを「ファクトリー型組織」と呼んでいます。
例えば、デジタルデバイスメーカーのデジタルカメラを作るチームにいるとします。そこでは“いいデジカメを作る”ことがミッションですから、画質を上げる、機体を軽くするなど、様々な切り口から“いいデジカメ”を作り続けます。
そこでは「何で僕らって、デジカメを作っているんですかね?」という疑問は不要です。むしろNGですね。その仕事を疑わず、目の前のことをコツコツと改善しながら、余計なことをせず生産性を上げていくことが、ファクトリー型組織の典型的な特徴です。経済成長期は、それが定石でしたから、言うとおりにできる人を採用し、そうした人材を育てることに教育も重きを置きました。
ところが、今やスマートフォンのカメラが十分な機能を果たし、デジカメを持ち歩く人は少数派です。この30年で産業構造は大きく変わりました。選択と集中で儲かっている事業だけをトップダウンで進めるのではなく、リスクを取りながら新規事業も交えて分散的に事業を展開する時代です。パーパス経営がトレンドになり、企業は自社の存在意義が問い直され、現場の人もアイデアを出して主体的かつスピーディに課題解決に取り組んでいくことが求められる。ファクトリー型組織に対し、「ワークショップ型組織」への転換が必要です。
ワークショップとは「工房」のことです。あらかじめ定義された精緻な設計図は存在せず、目の前の素材や道具を使って手を動かし、試作を繰り返しながら、その時の状況にフィットした「目的」を発見していく。そのようなスタンスが組織に求められています。
ただ私たちは、教育も価値観も判断も、ファクトリー型組織の世界に適応してしまっている。日本人の場合は、文化特性上の影響もあるように思います。来日した外国人は、日本人の「トイレに行ってもいいですか?」という断りが気になるらしいんです。誰の許可をもらおうとしているのかと。尿意の衝動ですら伺いを立てるお国柄ですから、何かにチャレンジしたくなっても、はっきり承認してくれない限りやめておこうとなってしまう。上司が心のなかで「やってみれば」と思っていたとしても、それを明確に示さない限り、衝動はフタをされてしまうのです。
衝動にフタをする「組織の現代病」の解消には対話が不可欠

――衝動にフタをする状態に至ってしまうファクトリー型組織で見られる問題は、どんなものが挙げられるでしょう。
安斎:まずは「認識の固定化」ですね。さきほどのデジカメの例で言うと、本当に考えるべきはデジカメの存在意義なのに、“デジカメを作る”という枠組みのなかで思考を巡らせてしまう。外から見れば違和感を覚えることでも、渦中にいると気付かないもの。「いいデジカメを作らなければ」という“とらわれ”にはまっていると、周りにいる人に対しても“とらわれ”が起こるんですね。
MIMIGURIがよく目にする光景を例に挙げます。企業から「クリエイティブ性を高める研修をしてほしい」と相談を受けて、マネージャーにヒアリングすると「部下たちの頭が固くて困っている」と言っている。ところが、メンバーに話を聞いてみると「上司の頭が固くて困ります」と。ブロックチェーンの話やNFTを使ったアイデアを出しても、「うるせえ」って一蹴されると(笑)。
お互いが「あいつは意見を言わない」「あの人は話を聞いてくれない」と決めつけて、膠着してしまっている状態を「関係性の固定化」と呼んでいます。
こんな状況で「何かアイデアを」と呼び掛けたところで、いい意見は絶対出ません。言ってもどうせ取り上げてくれないし、否定されるくらいなら何も出さない方が良いとなる。それが「衝動の枯渇」です。こうした環境で過ごしていると、何のためにデジカメを改善しているのかさえ忘れてしまう「目的の形骸化」が起こります。
ここまでで挙げた4つの症状を「組織の現代病」と呼び、ワークショップ型組織への転換を妨げる原因であると考えています。これを解消するには、まずメンバーがお互いのことを知ることが必要です。相手のことを知るにはコミュニケーションが不可欠ですよね。ちゃんと「対話」していきましょうということです。
対話のきっかけとなる「問いかけ」。ポイントは「相手に興味を持つ」こと

――組織の現代病を克服するには対話が必要ということですが、社内でのコミュニケーションも含め、話すこと自体はできているケースも多いのではと思います。ここで言う「対話」は、また違うということでしょうか。
安斎:「対話」とは、自由な雰囲気のなかで、自分とは異なる意見に対して早急な判断や評価を下さず、どのような背景から意味づけがなされているのか「理解を深める」ことを重視するコミュニケーションだと考えています。この「理解を深める」というのは簡単な言葉ですが実は難しく、しっかり意識する必要があります。そこでまず考えたいのが、いかに「問いかけ」をするかです。
「問いかけ」とは未知を照らすライトです。物体を照らすとき、光の当て方によって物体の見え方や印象は大きく変わります。当然、光の当たらない部分は影となって、姿や形をつかむことができません。問いかけも同じで、うまく当てないと貴重な意見やアイデアが日の目を見ることなく埋もれてしまいます。人に対しても、問いの当て方によって浮かび上がる輪郭は変わってきます。
ただファクトリー型組織では、人へのスポットはあまり重視しなくてもよかったんですね。人を氷山だとすれば、海面より上だけ見ていればよかった。肩書や経歴、チームでの役割や日々の言動が、組織の機能と噛み合っていれば成立していました。
けれど海面より上の部分なんて、ほんのわずかです。例えばその人が、なぜこの会社で働いていて、どういう物の考え方をして、どういう思いで仕事に臨んでいるのか、プライベートでは何が好きなのか、10年後にはどんなふうに過ごしていたいと思っているのか、そうしたことは日常の仕事のやり取りからはほとんど伺い知れません。
その人の本当の特性は海に潜っている部分が構成しているのであり、その部分こそがワークショップ型組織では大事になってきます。多様性とは海面下にある部分の形のバリエーションです。その部分をいかに活かすかが、組織のパフォーマンス向上にも、新たなビジネスの創出にもつながるのです。そこにこそ、問いかけの意味があります。氷山の海に隠れていた部分にライトを照らす、あるいは水位を下げて見える範囲を広げていくのが、よい問いかけなのだと思います。
――とはいえ相手の本質に迫り、思考や感情を揺さぶる問いかけとなると、何かテクニックが必要になる気がします。
安斎:難しく考えることはありません。鋭い質問をしようなんて考えなくて良いんです。素朴な疑問からでも充分深い対話につながります。ただ、一つ重要なのは「相手の方を向いて質問をすること」です。これは物理的な姿勢の話ではありません。相手のことを知るための質問をすること、つまり「相手に興味を持つ」ことです。変わった質問ができてテクニック的に巧い人より、より深いところまで知れると思います。
なので「あのプロジェクトの進捗は?」や「最近困っていることはある?」など、仕事ありきのものよりも、普段の業務の延長にある会話ではなかなか聞くことがなく、当たり前のようで意外と知らないものなどが良いかもしれません。
例えば「何でこの会社に入ったの?」という質問をすると、仕事に求めているものがわかるかもしれませんし、その価値観が形成された経緯や、これまでのキャリアを聞く手がかりとなる情報も出てくるかもしれません。最初のうちこそ浅いと感じる質問でも、興味さえあればラリーが続いて、結果的に水位がグッと下がっているんですよね。
マネージャーなどのクラスの方は、1on1ミーティングで部下が「特に相談したいことはないです」という時でも、「じゃあ」とスキップしてしまうのではなく、日ごろ聞かない素朴な質問をしてみればいいと思うんです。はじめは多少ぎくしゃくしても、毎週繰り返すうちに相手の水位がだいぶ下がっているのではと思います。3カ月経ったころには「あいつ意外と考えているんだな」と今までと違う一面に気付いたり、「あのミーティングでは言えなかったんですけど」と考えを話してくれたりするかもしれません。
――「特になし」と言われて、ホッとしている場合じゃないんですね。
安斎:せっかく定期的に対話できるのですから、点でなく線で捉えて関係を築くといいでしょう。
単発の発想だと、部下から日頃のモヤモヤを相談されたとして、頑張って傾聴した後に部下から「スッキリしました」と言われた途端、ミッションクリアと錯覚してしまうんですよ。これではガス抜きに過ぎません。打ち明けた部下は、上司や組織がモヤモヤの解消に向けて動いてくれると思っているから、数カ月経って状況が何も変わっていなければ溝が深まってしまいます。関係性の固定化が悪化するわけです。
そうではなく、一つの課題に対してライトな問いかけから始めて、時間をかけながらでも一緒に解決していくのが望ましいのではないでしょうか。お互いの水位が下がって、信頼の構築にもつながるはずです。
――問いかけの工夫は、採用活動にも応用できそうです。
安斎:そうですね。採用は企業と求職者の水位を下げ、それぞれの氷山をどれだけ見せ合うことができるかが肝です。採用における一連の流れのなかにも、組織の現代病に近い“とらわれ”があるかもしれません。一緒に考えてみましょう。
後編では、採用活動における企業と求職者の対話の構造と、そこでの “問いかけ”の効果的な使い方について考えます。
この連載の記事一覧
- あなたのことが知りたい!をきっかけに「組織の現代病」を克服する
- 企業と求職者の対話は、お互いの「矛盾を愛する」スタンスから生まれる