会社で、従業員の定着率を管理するのが自分の仕事だったらと想像してみてください。従業員データと人工知能(AI)があれば、離職する可能性が高い従業員を特定し、通知してくれます。また、パフォーマンスが高く、リーダー職に昇進する準備ができている女性従業員が離職するリスクがある場合、、そのツールが事前に教えてくれるかもしれません。
予測分析(Predictive Analytics)を使うと、パフォーマンスが優れた従業員の離職を未然に防ぐための対策を取る機会が得られる場合があります。また、たとえば来年重要な施策を実施する予定だったとして、それを遂行するために必要なスキルを備えた従業員が不足していることを、予測分析ツールに注意喚起してもらうことも可能です。その他にも、ある候補者に高給与を提示した採用通知書を送る前に、たとえば女性従業員の賃金と比較して不当に高い報酬設定になっていないかをツールが分析し、給与体系のバランスが崩れることを防ぐことができるでしょう。
「社内で『ガラスの天井(一定の職位以上の女性など、過小評価された少数派のグループの昇進を阻む障壁)が設けられていないか』、『他の職位において過小評価された少数派の従業員の人数が少ないなど、その他に障壁はないか』などを自問すると良いでしょう。そうした障壁を予測分析によって特定することも可能です」と、Indeed でHead of AI EthicsおよびSenior Director of Data Scienceを務めるTrey Causeyは言います。「そうしたツールを使わないとしたら、組織内の障壁を特定する方法を見つけるのは大変なのではないでしょうか。定量的にそうした問題にアプローチできる方法がツールなのです。」
HRの分野では、一般的な分析ツールの活用は目新しいことではなく、20世紀後半には普及し始めていました。今日、大企業のほとんどは分析(アナリティクス)を活用し、従業員の過去の業績についてのデータを検討し、採用や解雇、昇進に関する意思決定に反映しています。
ただし、ビッグデータとAIの進歩により、HR部門は遅行指標に頼る必要がなくなりました。予測分析と、新しく革新的なAI搭載型のテクノロジーを組み合わせることで、将来を見越して備えることが可能になったのです。たとえば、毎週水曜日を会議のない日とすることが従業員に与える影響や、従業員エンゲージメントを維持するためにボーナスの提供を検討すべきタイミングは、予測できるでしょう。
こうした新しいツールを早期に導入した企業の多くは、テクノロジーや金融サービスの大企業ですが、データドリブンなHRの慣行に焦点を当てたHRコンサルタントである、Bregman GroupのHallie Bregman博士によると、導入はすべての業界で拡大しているということです。「間違いなく始まったばかりで、これから拡大していきます」と彼女は説明します。「今後5年間で、さらに増加するでしょう。10年後には、どの企業も利用していると思います。」
これらのツールの可能性を活かすために、HRチームは積極的に行動し、情報を収集し、責任を持ってデータを利用することで、テクノロジーが信頼を損なうことなく、従業員を支援するよう努めることが大切です。
次に、自社が適切に予測分析を導入するために実践できる、6つのベストプラクティスをご紹介します。
何を解決したいのかを把握する
「私が一緒に仕事をしているクライアントの多くは、予測分析で何に対する答えを見つけようとしているかを把握していません。クライアントは、分析を実施しなければと言いますが、その理由を知らないのです」とBregman博士は話します。
「ここで自問すべき重要なことは、今後3~5年で解決しようとしている問題は何か、ということです」とBregman博士は説明します。新たな製品チームを結成する、ダイバーシティを改善する、大きな成長を推進するなど、予測分析で実現を目指すことが明確に特定できなければ、自社の目標達成に役立たないツールに時間とお金を無駄に費やす可能性があります。
自社の法務チームに相談する
自社の法務チームに相談することも大切です。使用しているツールが自社の規則や、プライバシー保護法および差別禁止法に従ってデータを共有しているかどうか、評価してもらうと良いでしょう。「私が企業を訪問すると、レポート上の全属性を知る必要のない複数の従業員に、未加工データを配布している組織が非常にたくさんありますが、これはリスクを招く元になります」とBregman博士は注意を促します。
科学的に取り組む
すべての予測分析製品が、自社の価値観や企業倫理と一致するわけではありません。したがって、実際の職務の必須要件や、従業員の行動やパフォーマンスに関連するデータに基づいて、従業員を評価することが不可欠です。たとえば、性格のタイプや地方出身者であるかどうかなどの情報に基づいて、従業員の忠誠心を予測する人格のアセスメントを使った意思決定を行うようなことは避けましょう。人格のアセスメントをもとに意思決定を行わないようにし、従業員が自らをネコ派とイヌ派のどちらを自認するか、あるいは地方のいなか町の出身かどうかを考慮することで、従業員の忠誠心を予測することは避けましょう。
「予測分析を装った信頼できない製品を売る業者がたくさんあります。遠慮せずに、その分野での専門知識を持つ第三者に意見を求めましょう」とCauseyは言います。自社の人事担当チームに十分な能力がない場合には、バイアスのない立場でHRツールを評価できるサービスやコンサルタントを活用することをお勧めします。
トレンドに関して、大きなデータセットを評価できるツールが望ましいことに留意しましょう。特に、分析ツールにはまったく把握できない潜在的な状況がある場合、1四半期における1名の従業員のパフォーマンスなど、細かいデータの使用は避けることが大切です。
「たとえば株式市場に例えたとすると、デイトレードで結果を出そうとするのは理想的ではありません。指標の小さな変化に対し、過剰に反応しないことです。長期的なトレンドを検討し、意思決定の一部として背景情報も必ず考慮しましょう」とCauseyは説明します。
DEIBに関するイニシアチブに取り組む
予測分析は、ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンおよびビロンギング(DEIB)について、データドリブンな評価を行う機会も提供します。これらは通常、数値で表すのが難しい要素です。責任を持ってプライバシー保護策を整備することで、給与や昇給、研修の機会、昇進に関する意思決定を分析するのに役立つ、データに基づくアプローチを取ることが可能になります。その目的は、報酬と能力開発の機会を、パフォーマンスとスキルに確実に一致させることであり、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)に左右されやすい採用担当者の直感に頼らないようにすることです。
従業員データの分析は、HRチームがすべての属性グループに一貫して機会が提供できるようにするためにも役立ちます。「機会が提供されていない場合、何が起きているのか、対策を講じることができるのかを判断しましょう」とBregman博士は言います。
このタイプのデータは、DEIBに関するイニシアチブを減らす、または控える経営者に対してDEIBを擁護する、説得力のある事例となりやすいものです。「原則に従って議論する代わりに、X、Y、Zが起きていることを証明するためにデータを使用できれば、それが正しいのだとただ一生懸命訴えるよりも、チェンジエージェント(変革推進者)になれる可能性ははるかに高まります。」とCauseyは話します。
バイアスを確認する
「アルゴリズムやAIツールを訓練するために使用するデータには、バイアスが含まれている可能性を忘れてはなりません。実際、AIツールには人間と同じくらいのバイアスが含まれていることがあり、ときにはそれが増幅されて、人間よりバイアスの影響が大きくなっていることもあります」と、ドレクセル大学の教授で、人材育成プログラムのディレクターを務めるSalvatore Falletta博士は言います。
社内ツールを使用している場合は、バイアスの確認を実施する必要があります。社外の業者から購入している場合は、業者が自社製品のバイアスを評価する方法を尋ねてみましょう。
Causeyは、データとは意思決定のプロセスにおける、インプットの1つに過ぎないことを理解すべきだと話します。ツールのアウトプットに同意できない場合、無条件でそれに従う必要はありません。予測分析ツールによる採用活動目標が高すぎたり、目標達成までの推奨スケジュールが短すぎる場合には、自社で調整することが大切です。
不快感を与えないよう心がける
善意ある方法で活用された場合、予測分析は公平な採用プロセスを実現し、より良い採用活動を導入することができ、従業員は自らが尊重されていると感じます。しかし、行き過ぎた活用によりプライバシーが配慮されなくなると、予測分析が従業員に不快感を与えかねません。たとえば、離職リスクを把握するためのデータとして、ツールが従業員のSNSの投稿を監視したり、出社時に話した相手やどのくらいコミュニケーションを図っているか追跡していたとしたらどうでしょうか。または、在宅勤務時に上司が部下の仕事ぶりを監視するボスウェアをPCに入れて、生産性のスコアをつけたりしたら、どう思われるでしょうか。
Causey、Falletta博士、そしてBregman博士も、自社で収集するデータ内容と収集理由について、従業員に対する透明性を維持することが必要不可欠だと強調します。会社にひそかに監視されていると感じながら働きたい従業員はいないからです。
「原則として、自分が同じ方法で評価されたらどう感じるかをまず考えることをお勧めします。自分たちが評価されたくない方法で、従業員を評価しようとは思わないのは明らかではないでしょうか」とCauseyは話します。