近年、ビジネスの場面で上司が部下の話にきちんと耳を傾ける「傾聴」が必要とされています。「傾聴」に取り組むときの心構えや具体的な手順やコツについて、多くの企業でコーチング研修などを行う合同会社ナンバーツーの林健太郎さんにお聞きしました。
話を聞くのは、1分でもすれ違いざまでもOK
――まず、傾聴はどんな場面で行ったらいいのでしょうか?
傾聴というと「長い時間、腰を据えて話を聞かなければ」と考えるかもしれませんが、その必要はありません。長い話を傾聴するのはプロのコーチでも大変な作業ですし、通常の業務で忙しいなか、まとまった時間を取るのは簡単ではないと思います。1回に話を聞く時間は、3分や5分といったごく短い時間でも大丈夫です。「部下が話した内容の全てに賛同しなければ」「部下の希望を全部叶えてあげなければ」などと考える必要もありません。
短時間であれば、店内や倉庫、工場など、面と向かって話す場所やゆっくり対話する時間が確保しにくい職場環境でも傾聴が可能になります。すれ違いざまやお客様が途切れたわずかな時間に、しっかり傾聴の姿勢で部下の話を聞くといいでしょう。
傾聴の場面では「この前、なんでミスしたの?」などと問い詰めてはいけません。同じ質問でも、「この前のミス、どんな事情があったのか教えてもらえるかな」と聞けば、相手が受ける印象は全く異なりますよね。
また、限られた時間で全部上司が話を進めてしまうのか、きっかけだけ与えて相手に話してもらうのかでは、相手の心情も変わってきます。たとえ短い時間だったとしても、「相手が話して自分が聞く」という会話のデザインができるかどうかが重要なのです。
――実際に部下の話を傾聴するときの具体的な手順を教えてください。
私は傾聴の本質は「相手に静かな時間を提供すること」だと考えています。従って、手順としてまず大切なのは(1)黙ること(2)相手が話し始めたら相手の言葉を復唱することです。「〇〇なんだね」とオウム返しでよいので、言葉を繰り返しましょう。そうすると、それが呼び水になって部下も「そうなんですよ。それで……」と話を膨らませやすくなります。
次のステップは、(3)相手を承認することです。たとえば部下から「あの案件はまだ終わっていなくて……」と言われたら、「え?まだできていないの?」ではなく、「終わっていないんだね」とその事実を伝え返すことが承認の基本です。さらに「○○まではできているんだね」とポジティブな事柄を照らして承認することができると、部下は「上司に受け止めてもらえた」と感じて安心でき、モチベーションを上げることができます。
慣れてきたら、(4)合いの手を入れることも大切です。合いの手には、「そうなんですね(承認と促し)」「というと(背景情報を聞く)」「ほかには(話題の拡散)」「もう少し詳しく(話題の深掘り)」などのパターンがあり、これら4つの短いフレーズを駆使するだけでも、相手が話しやすく、気持ちのいいコミュニケーションが成立します。
そして何より大事なのが、(5)笑顔で話を聞くことです。「なんでも聞くよ」という気持ちを笑顔で表すことで、自然と部下が話しやすくなります。仏頂面が癖付いている人も、普段からほほ笑みを意識することで表情が柔らかくなるはずです。どれも特別に難しいことではありませんが、実践すると部下との関係性の変化などから効果を実感してもらえると思います。
傾聴の姿勢を部下が理解してくれるまで、地道に続ける
――傾聴での失敗や難しさを感じるのは、どのような場面でしょうか?
もちろん、最初から全てがスムーズにいくわけではありません。それまでの関係性にもよりますが、急に上司が「なんでも話して」と言い始めると、たいていの部下は驚きや拒否反応を示しがちです。でも、それは失敗ではありません。
まず、この状況は一歩前進したのだとポジティブに捉えましょう。それと同時に相手があまり好意的に受け入れていないと認識したら、一旦普段の会話に戻しましょう。これを何回か繰り返すと、徐々に部下も「上司が自分に話を聞きたがっている」のだと認知できるようになるでしょう。そうすると部下も上司からの問いかけへの答えを準備するようになります。
この段階に至るまでに苦労を感じるかもしれませんが、ここは根気強くじっくり取り組んでみましょう。何度か傾聴の姿勢で部下の話を聞くようになれば、いずれ上司の顔を見た瞬間に話してくれるような関係性になれるはずです。
傾聴力を磨くことでよりよい社会に
――傾聴力を身に着けると、様々な場面で役立ちそうですね。
そうですね。私は、聞くスキルを磨くことは社会の発展のためにも大切なことだと考えています。一般的に、自分の話を伝えることやアドバイスをすること、つまり「相手より優位に立つこと」が主流のコミュニケーションになっていますが、現代ではそうではなく、対話を重ねることが必要不可欠だと思います。なぜなら、いろいろな人が様々な役割と考え方を持っているからです。そのなかで新しい可能性を生み出していくためには、会話もバージョンアップする必要があるのではないでしょうか。しっかり対話するためには、聞くスキル=傾聴力を高めることが大切です。
傾聴力を磨き、お互いが心理的安全性を保ちながら意見を交わすことによって、イノベーションやアイデアは生まれやすくなります。多くの人に意識して取り組んでもらえたら、世の中もより良く変わっていくのではと期待しています。
<取材先>
合同会社ナンバーツー エグゼクティブ・コーチ 林健太郎さん
リーダー育成家。海外でコーチングを学び、2010年にコーチとして独立。以降、ビジネスリーダー250人に対して2000時間を超えるコーチングを実施、企業向けの研修講師としても年間100回近く登壇するなど、リーダーの育成に取り組んでいる。著書に『優れたリーダーは、なぜ「傾聴力」を磨くのか?」(三笠書房)など。
TEXT:岡崎彩子
EDITING:Indeed Japan +笹田理恵+ ノオト