金属部品加工と派遣事業を手掛ける兵庫県明石市の三陽工業株式会社では、20代から30代の若い世代をターゲットとした採用戦略として、ショート動画に特化したSNS「TikTok」を活用しています。2021年2月にアカウントを開設し、2022年9月現在では5万8,000を超えるフォロワーを集めています。

同社のTikTokを見たことをきっかけに会社説明会に参加する学生や、採用についての問合せも急増しているそうです。若い世代の興味や関心を集めるためのSNSの活用法について、同社広報グループの「かがっち」さんに聞きました。

「おじさんTikToker」と地道な努力が成功の鍵

――三陽工業株式会社としてTikTokを始めようと考えたきっかけを教えてください。

TikTokを始めたのは2021年2月からですが、それよりも前からTwitter、ブログ、Instagram、YouTubeなどのSNSは活用していました。特に、幼い頃からSNSやスマートフォンが当たり前にある環境で育った1990年代以降生まれの若い世代に当社を知ってもらいたいと考えていたためです。

新たなSNSとしてTikTokが流行し始めた頃、若者に人気が広がっているならば会社として取り組んでみたいと考えていたものの、短い動画づくりのノウハウもなかったため、最初はどうしようかと迷っていました。

そんな折、当社の取締役である小杉義明が「最近人気のTikTokをやってみたい」と言い出したのです。手探りでも始めてみようと。

小杉は当時56歳でした。ここに管理課長の西弘誠(44歳)、顧問の森本憲二(73歳)が加わり、若者が中心のTikTokの中では異色の「おじさんTikToker」として注目されました。今では時々監査役の徳岡英樹(55歳)も加わっています。

――三陽工業のTikTokに対する世間の反応はいかがでしたか?

三陽工業のTikTokは「若い広報グループの社員が役員に無理を言う」というテーマで動画をアップしています。TikTokで流行っているダンスやゲームにおじさんたちが真剣にチャレンジする姿が「面白い」「かわいい」「応援したくなる」と人気を集めました。動画内の広報グループとのやり取りを見て、「会社の上司にも意見できる、フラットな社風なんだ」と視聴された方から感想をいただくこともあります。

また、「いち早くTikTokに取り組めるということは、時代の流れに対応できる企業なのだろう」と興味を持っていただいて、TikTokで求人の問合せをいただいたこともあります。この方は小杉がメッセージを返信し、その後選考を経て入社されました。

――ユニークな動画を投稿しても、見てもらえないことには企業のPRになりません。フォロワーを増やすために努力したことはありますか?

アカウントを開設した日から今日まで、毎日欠かすことなく動画を投稿しています。最初はフォロワーも数十名で、動画が500回再生されれば「すごい!」と喜んでいました。コツコツと毎日投稿を続けていたら、開始した翌月にTikTokから認証バッジ(公式マーク)が付与され、少しずつフォロワーの増加ペースが上がっていきました。

また、動画に付けられた視聴者からのコメントには必ず全て返信しています。「バズ」といって、ある動画が何万回も再生されたときにもフォロワーが増えましたが、一気に結果を出そうとするよりも、毎日の地道な積み重ねが大切だと考えています。

TikTokを入り口に会社を知ってもらう

――三陽工業のTikTokは会社の業務内容とは関係のない、ダンスなどの動画がほとんどです。研磨の技術など会社の魅力や採用条件などを伝えよう、とは考えておられないのでしょうか。

TikTokに限らず、SNSはそもそも楽しみのために見るものですよね。「こんな部品を作っています」「全国にこんなに多くの拠点があります」と、当社の良さを知って欲しい気持ちは当然あるのですが、最初から会社の説明を見たくてSNSを開く人はいません。YouTubeなど他のSNSを運用してきた経験からも、「企業が言いたいこと」ではなく、まずは「視聴者が見たいもの」をコンテンツとして提供しなければ見ていただくことはできない、という確信がありました。

私たちはTikTokを見て「面白い会社だな」と感じていただいた方のうちの1割程度でも「何を作っている会社なのだろう」と興味を持ってホームページを見たり、会社説明会に来ていただけたらいいな、という思いで動画を投稿しています。

――TikTokはあくまで企業に興味を持っていただく「きっかけ」であって、詳しくはその後にWebサイトを見たり、説明会に来て知ってもらう、という流れなのですね。

基本的にはその通りです。たまには説明会のお知らせをしたり、部品を作る過程を早回しの動画に編集して流したりすることはあります。ただ、業務内容とは直接関係のない動画であっても、社内の雰囲気やどんな社員が働いているか、といったことは、こちらが思う以上に見る方に伝わっています。会社案内用に作り込まれた映像よりも、飾らない普段の会社の様子が知りたいという思いは、特に若い世代の方に強いと感じます。

当社では2022年から新卒採用を開始しましたが、会社説明会に参加された方のうち、7割がTikTokを見ていたと答えています。また、この年の6名の内定者のうち3名はTikTokで初めて当社を知ったとのことです。さらに、今年2023年は会社説明会へエントリーされた方が昨年の1.5倍になりました。本社のある関西地区はもちろん、全国の学生からエントリーがありTikTokの効果を実感しています。

「挑戦する姿勢」が共感を生む

――中小企業が若い世代と接点を持つために、広報活動やSNS運用において気を付けるべきことはどんなことだと思われますか?

他の企業の方からも「SNSを活用したい」というお話を聞くことがあります。同時に「上司にどう説明していいか……」とか「会社に批判的な意見や、誹謗中傷のコメントが付いたらどうしよう」という心配が先立ってしまって踏み出せないことも多いようです。

私たちも、最初からどんな動画が若い世代を惹きつけるのか分かっていたわけではありません。ダンスなのか、社長に鋭い質問をぶつけるような内容がいいのか、と常に試行錯誤してきました。まずは投稿してみて、動画の再生回数やコメントを見ながら内容を改善しています。

私たちは「見て嫌な気持ちになる内容」「法律に触れる内容」「会社の機密情報に関わる内容」の動画は投稿しない、という最低限のルールは順守しつつ、見ていただける方に楽しんでもらえそうな動画なら、何でも試してみています。

心ないコメントが寄せられることを心配される方も多いですが、何であれ「コメントを書いていただける」ほどに興味を持ってもらうまでが本当に大変です。明らかな誹謗中傷には毅然とした対応が必要かもしれませんが、ネガティブなご意見であっても、それほど企業に関心を寄せていただいているということですから、真摯に受け止めてコミュニケーションする機会が与えられたと考えてはいかがでしょうか。

また、こうしてTikTokに取り組む姿勢自体からも「やったことのないことをやってみよう」という、当社が大切にしている価値観を伝えられているのだと思います。前例のないことにも挑戦できる、役員ともフランクに話せる、そして何より社員が楽しく働いている姿が若い人たちに共感されているのではないでしょうか。




<取材先>
三陽工業株式会社 
広報担当 かがっちさん
兵庫県明石市に本社を構え、製造業と製造派遣事業の2つの事業を行っている「ものづくりの会社」。「日本の製造現場を元気にする」をテーマに掲げ、全国各地に自社工場10拠点、営業拠点27拠点を展開している。

TEXT:石黒好美
EDITING:Indeed Japan + 笹田理恵 + ノオト