
日本におけるビジネスチャットの普及率は、2018年時点で30%未満(※)。この市場に向けて、Chatwork株式会社(以下、Chatwork社)は、ビジネスチャットツール「Chatwork」を提供している。主な顧客は国内企業の99.7%を占める中小企業であり、この99.7%の生産性向上に貢献することで、日本の経済を活性化させる未来を描く。
「働くをもっと楽しく、創造的に」をミッションに、「すべての人に、一歩先の働き方を」をビジョンに据え、中小企業のDX促進を軸とした事業戦略を描きながら着実な歩みを続けてきた。しかし、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナウイルス)の影響で、事業領域はもちろん、採用活動全般も大きな影響を受けている。
採用活動の先頭に立つピープル&ブランド本部 副本部長の内田良子氏に、予期せぬ事態における事業戦略の加速、変革を迫られた人材戦略とオウンドメディアの活用、そして展望について聞いた。
※総務省「ICTによるインクルージョンの実現に関する調査研究報告書」2018年より

新型コロナウイルスにより激変した市場と、そこで「求める人材」

——採用サイトでは、市場の動向や自社が目指す未来、社員の働き方が数字で示され、企業としての戦略や求める人材が明確になっていますね。このようなオウンドメディアによるリクルーティングは、どのような狙いがあるのでしょうか。
内田:実は新型コロナウイルスの影響で、採用サイトを2020年11月にリニューアルしました。以前のサイトでは「社員が無理なく、最大限のパフォーマンスを発揮できる環境」であることを軸に企業価値を打ち出してきました。柔軟な働き方ができる、職場の雰囲気がよい、業務に追われることがない、といったことが私たちのカルチャーになり、「働きやすさ」を訴求してきたわけです。
そこから生まれた「いつも心にユーモアを」「自然体で成果を出す」「オープンマインドでいこう」など5つ価値観は、もちろん今も大切にしています。ただ、採用においては、「働きやすさ」という側面のみが強調されてしまう状況に陥っていたのです。
その後、新型コロナウイルスの影響で、ビジネス環境や働き方が激変。企業におけるデジタル変革は加速し、特にテレワークの急速な普及によって、私たちの事業領域の需要は急増したのです。そして、この追い風を受けた今後3〜5年ほどが勝負の時でもあります。事業や組織を急いで拡大する必要が生じましたが、それを支える人材が不足していたため、人材戦略を見直し、採用におけるペルソナもがらりと変えました。
——具体的には、どのような人材戦略へシフトしたのでしょうか。
内田:急増する需要に“今すぐ”応えられる人材の確保です。具体的には、事業戦略を作成して実行に移せる人材、既存事業を洗練させられる人材、スピードを持ってチャレンジできる人材、といったことになると思います。
——ペルソナが変わると、働きやすさを軸に据えていた採用サイトにも影響を与えることになりますね。
内田:その通りです。もともとは2020年に開催予定だった東京五輪に向け、関東近郊でビジネスチャットの需要が緩やかに増えることが想定されていたため、私たちも緩やかに成長戦略を取くのだと考えていました。とはいえ、今の状況と比較するとのんびりと構えていましたね。
しかし、さきほど述べた通り状況は一変。「私たちは変わります」ということを明確に伝えるため、採用サイトのリニューアルを2020年5月頃から始め、同年11月にリリースしました。リニューアル後に強く打ち出したのが、「野心と確信。」「日本でジャイアントキリングを。」で、これはキーワードとしても大きく掲げています。また、2018年に定めたミッションやビジョンも、今回のリニューアルに合わせてより強く訴求することにしました。
——野心やジャイアントキリングなど、比較的“強い”キーワードです。
内田:そうですね。私たちのお客様の大半は中小企業の皆様ですが、日本企業の99.7%は中小企業です。Chatworkによって、その99.7%の皆様の働き方やコミュニケーションを変えられれば、日本の働き方を変えられる。生産性向上や経済の活性化にもつながるでしょう。それが「野心と確信。」です。
また、テックジャイアントと言われる巨大なグローバル企業とマーケットをめぐって競い合い、独自の戦略でシェアをさらに伸ばしていく、「ジャイアントキリング」の気概と能力があることも表明しています。
ただ、私たちの事業が、中小企業のDX促進、それに伴う生産性向上や経済活性化への貢献を目指していること、また、世界の巨大企業と競合していることは、新型コロナウイルスの影響によるものではありません。つまり、今回のリニューアルは、メッセージを新しくしたのではなく、正しく伝わるようにしたとも言えますね。

——採用サイトのリニューアルから約半年が経過しようとしています。採用への影響はいかがでしょうか。
内田:以前は、働きやすさやワークライフバランスを強調するあまり、求める人材と応募いただいた方とのミスマッチを感じることもありましたが、今はほぼなくなりました。働きやすさとともに、「働きがい」のある企業であることも伝わった——訴求の軌道修正ができたと捉えています。
たとえば、応募理由で「自己成長」や「働きがいを求めて」と述べられる方が増えました。もちろんワークライフバランスは引き続き重要ですが、チャレンジ精神や即戦力といった観点から、ミスマッチは驚くほどなくなりましたね。あえて刺激的な言葉で事業戦略を訴求していますが、ねらい通り伝わっている手応えを感じています。
社内と社外の双方で、現場の雰囲気を正確に伝えている「Cha道」

——採用サイトには、社員インタビューによってChatwork社の人や組織を伝えるオウンドメディア「Cha道」への導線があります。こちらも充実した内容ですが、その役割を教えてください。
内田:採用サイトをリニューアルする際、(それまで収録していた)社員インタビューをなくそうという意見がありました。たとえば、固定されたインタビュー記事は情報が古くなってしまう点やインタビューを受けた社員が退社した場合はどうするのか、増える一方の社員インタビューでコンテンツに偏りが出てしまうのでは、といったメンテナンス面での懸念点が多いことが理由でした。
しかし、社員インタビューは、人や組織、仕事、企業のカルチャーや理念などを社内外に正確に伝えることができます。どうにか続けていきたいと考え、独立したオウンドメディア「Cha道」として、採用サイトのリニューアルと合わせてリリースしました。
インタビュー記事の制作に当たっては、できるだけ多くの部門から社員を登場させる、インタビューを受ける社員のキャリアや考え方が見えるようにする、などを条件に人選しています。幹部社員だけではなく、生の現場感を伝えやすい人選であることもこだわりの一つです。入社いただいた際に一緒に働く社員の素顔やキャリア感、組織のカルチャーを伝えるメディアとして機能させています。
制作は人事部門で担当し、記事公開は全社員が入っているグループチャットで知らせるので、社員の認知も関心も高いものになっています。最近では、社員数の増加にも関わらず、リモートワークの浸透で社員同士が顔を合わす機会は減少しており、社員が社員を知るツールにもなっていると聞いています。
——同じく、テックブログ「Creator’s Note」にも導線が設けられていますね。このブログは、最先端の高度な技術を取り上げたものから、IT初心者のユーザーでもわかるものまで、内容がバラエティーに富んでいます。
内田:「Creator’s Note」は採用サイトのリニューアル以前からあるもので、IT企業における技術広報の役割を担っています。「技術にフォーカスした内容にする」以外の条件を設けず自由度を高め、記事で何を取り上げるかはエンジニアやデザイナーなどの書き手に任せてあります。とはいえ、外に公開するメディアである以上、「Cha道」も「Creator’s Note」も広報部門で管理をしています。
求めるのは、「中小企業のDX促進の重要性」を理解できる人材

——事業環境の変化、それに伴う組織戦略の転換などで、採用人数も大幅に増えていると聞いています。
内田:もともと事業の成長に合わせて社員数は緩やかに伸びていましたが、2020年は、そのスピードが一気に上がりました。具体的には114名(2020年3月末)から176名(2021年3月末)と、1年で約1.5倍になりました。
顧客に対応するビジネス部門が41名から65名と、特に増えています。具体的な戦略として、2020年の前半は、市場や需要拡大に対応するため、セールス担当として若手を中心に採用を展開し、後半は、さらに組織強化するため、マネジメントや新規事業開発などを任せられる人材の採用に軸足を移しました。
——エンジニアやデザイナーなど技術職の採用はいかがでしょうか。
内田:エンジニアやデザイナーが所属するのはプロダクト本部になります。採用計画に基づいて、ジョブディスクリプションをより明確にして顕在層や潜在層にアプローチするようにしています。
また、エンジニアは横のつながりが強いので、リファラル採用も重要な手段です。社員の紹介から採用に至った場合には、ボーナスを支給する制度も用意しています。
——今後を見据えた事業戦略と組織戦略とがリンクしているのですね。
内田:そうですね。現在描いている事業戦略を実行・検証しアップデートしていくための人材を求めています。また、求職者と価値観のマッチングを高めるため、エンジニアやデザイナーの採用活動に当たっては「体験入社」を大切にしています。これは、最終面接の前に実施するもので、実際の仕事を1日体験してもらいます。弊社側としては、基本的なスキルや、社員とのコミュニケーションなどを拝見し、候補者側も社内の雰囲気や環境などを確認します。
また、体験入社には現場社員も関わるので、スクラム採用的な効果も狙った制度と言えます。実は、2015年に体験入社を取りやめた時期があったのですが、離職率が上がってしまったため、復活させた経緯があるのです。現在はオンラインで実施しています。
そして、今後も適切な人材をスムーズに確保できるよう、これまで各部門の本部長やマネージャーが受け持っていたHRに関連する業務を切り離し、部門内にHRBP(※)機能を設けました。人事部門とHRBPの連携によって、事業戦略に沿った効率的な人材採用を実施していくつもりです。
※HRBP:「Human Resource Business Partner」の略。人や組織の面からアプローチして、事業の成長を実現するためのポジション
——中小企業のDX促進をサポートするための体制構築を見据えた人材戦略を元に、採用サイトのリニューアルをはじめ、「Cha道」による情報発信や体験入社など、様々な施策を実行されています。重視されているポイントなどはあるのでしょうか。
内田:私たちが開発し提供しているものは、私たち自身がほしいと思うものや、よいと思うものではなく、中小企業の生産性を上げるためのサービスです。その点を理解できる人材が求められます。
促進しているのが中小企業のDXであるため、ITに詳しいことが重要だと思われがちですが、それだけではなく、中小企業が属する業界それぞれの課題理解が重要なのです。とはいえ、中小企業と一言で言っても様々な業界がありますから、弊社としては異なるバックボーンを持った多様な人材を確保したいと考えています。
「Cha道」にも、小売業界や不動産業界など、他業種から転職してきた社員に登場してもらっています。
——最後に、これからのオウンドメディアと人材戦略について、展望をお聞かせください。
内田:新型コロナウイルスの影響でビジネス環境が激変したように、人材戦略におけるペルソナも、常に同じではなく変化していくはずです。その時々でスムーズな対応をするために、求職者に刺さるのは、採用サイトや「Cha道」の強化なのか、メールマガジンなのか、イベントやウェビナーといったものが適しているのか——あるいはそれらの組み合わせなのかといったことを、仮説を立てて検証していく必要があるでしょう。
私たちは、今回実施した採用サイトのリニューアルを踏まえ、思い切った方針の変更もありえるし、また、それを恐れてはならないということを学びました。その学びを踏まえ、今後もオウンドメディアを活用したリクルーティングのあり方を変化させながら、5年後、さらに、その先の未来の事業戦略を実現していきたいと考えています。
※ この記事は2021年4月28日時点での取材記事のため、現在と状況が異なる場合がございます。