
2022年1月にリニューアルしたオウンドメディア「Discover Sony」が、Owned Media Recruiting AWARD2022(以下、アワード)の総合部門に入賞したソニーグループ株式会社(以下、ソニー)。「求職者に対して、奇をてらわずにソニーらしさを十分にアピールできる内容となっている」「事業、職場、人といった求職者の関心軸に対して、可能な限りのコンテンツが用意されている」といった求職者に真摯に向き合う姿勢が評価された。
「Discover Sony」は、第三者視点からの情報発信をコンセプトに掲げ、その根底には「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」というソニーのパーパスがあるという。同社採用部 統括部長の種子島由子氏とDiscover Sony主担当の森下航氏に、アワードの審査員でもある株式会社ベイジ 代表の枌谷力氏が、「Discover Sony」や今後の採用を担う新たな武器などについて話を聞いた。

ソニーグループ株式会社 採用部 統括部長
種子島由子氏
総合電機、自動車メーカー、リテールや製薬会社など、さまざまな業界で人事を担当し、2022年にソニーグループ株式会社に入社。ソニーグループの採用活動を統括している。

ソニーグループ株式会社 採用部
森下航氏
2021年にソニ―グループ株式会社に新卒入社。採用オウンドメディアの運営などを中心に主に採用広報業務に従事。Discover Sony発足以来、主担当を務めている。
顕在層だけでなく潜在層にもリーチするための「第三者視点」という編集方針

枌谷:2022年1月にリニューアルされた「Discover Sony」は、求職者に向けたソニーのオウンドメディアとして高く評価され、2022年のアワードに入賞されました。社内外の反響はいかがでしたか。
森下:今回の受賞で一気に認知度が上がったと思います。様々な部署から「ぜひうち(部署)も取り上げてほしい」といった声があり、アワードの効果を徐々に実感しています。
枌谷:このメディアは、採用サイトとオウンドメディアを融合させたような構成に特徴があり、採用だけでなくコーポレートブランディング的な価値も持っています。ブランドイメージに合致した「Discover Sony」という言葉の響きも秀逸ですよね。
森下:ありがとうございます。リニューアルの背景には二つの採用課題がありました。一つは、ソニーの認知度の高さに対して、社風や社員の多様性といった求職者が求める情報の認知度が低いこと。もう一つは、ソニーにとって不可欠であるIT人材の採用、特に理系女性の採用をどう増やしていくのかということです。
厳しい採用環境のなか、採用に応募いただく母集団の最大化に寄与するためには、今、ソニーを働く場所として認識している層(=顕在層)だけでなく、働く場所として認識していない層(=潜在層)にもリーチを広げる必要があります。
そこで考えたのが、「第三者視点」を編集方針として潜在層にも響くコンテンツを作ることでした。一昨年の秋頃、チーム内での議論の末、より求職者の目線に近い学生による制作チームを発足させました。例えば、学生チーム発の記事に、「ソニーは、世界を感動で満たすというパーパスを掲げているけれど、はたして採用でも感動を実現できているのか?」という記事があります。こういった企画は、社外の方だからこそ発想できることかもしれません。
枌谷:学生にアンケートを取ると、彼らにとっての就職活動は常に不安と隣り合わせです。企業に対しては「いい情報を発信しているけど、本当のこと?」という疑惑も持っている。でも、それは企業には言えないし、当然人事までは届かないわけです。
第三者目線であればその課題に向き合えるとはいえ、求職者向けメディアで学生を巻き込むことは一般的ではありません。リーディングカンパニーであるソニーさんらしいと思います。
ただ、実際にコンテンツ制作を進めるとなると、学生と社会人、スキルの異なる複数の作り手が存在することになります。どのように記事のクオリティを担保し、マネジメントされているのでしょうか。
森下:その点は課題として捉えていました。そのため、ソニーに就職したい学生だけではなく、ライティングスクールへの通学経験のある方や出版業界を志望されている方など、ライティングスキルのある学生を中心に採用しています。並行して、記事の特性や幅を持たせるべく、HRに強い外部ライターによる制作にも取り組んでいます。
入稿された原稿は、チーム内で議論・調整したり、取材対象者や広報とも連携したりしながらクオリティを高める努力をしています。さらに、学生の記事も外部ライターと協議しながら仕上げていますね。
「Discover Sony」のターゲットには、新卒だけではなく社会人も含まれます。例えば、経験者採用向けの連載「求人クローズアップ」では、積極的に採用したい職種の求人情報を軸に、仕事の面白さや職場環境などを深掘りしています。そのようなコンテンツは、社会経験のあるライターが適任です。
枌谷:様々な手段で記事のクオリティや方向性を担保しているのですね。
森下:はい。さらに、企業としてのブランドイメージを保ちつつ、リアルな情報で温度感のある情報発信をするということにも力を入れています。
枌谷:企業として「こういう表現は避けたい」といった議論を重ね、文章や体裁を整えた情報ほど、逆にリアルさや温度感が失われていきがちです。そこの調整は難しいですよね。
私は、採用のためのオウンドメディアはブランドメッセージの発信とはちょっと違うと思っています。文章は多少荒っぽくても、生々しさをどう伝えるかが重要なのかもしれません。
一方で懸念としてあるのが、学生の記事はビジネス目線にはなりにくい点。採用に直接結びつかない企画が出てくることもあると思いますが、いかがでしょうか。
森下:当初は、学生チームに「企画の種探しから任せてみる」という方針を取っていましたが、おっしゃるとおり、採用とは結びつかない企画が増えてしまった時期があり仕切り直しました。今は、週1回の企画会議に、学生側から6名、ソニー側から4名が参加して、両者のアイデアをミックスする方式に落ち着いています。
理系女性の選択肢に入るため、ターゲット求職者の特徴を理解したアプローチを

枌谷:採用課題の理系女性採用についてお聞かせください。理系女性ならではの属性や特徴などはあるのでしょうか。
森下:ソニーの理系採用は、機械、電気、情報など工学系が約8割で、残りの約2割が物理、化学、生物といった理学系や農学系になっています。理系領域内での比較では、一般的に女性比率が高いのは理学系、農学系と言われています。また、理系女性へのヒアリングでは、知名度や企業規模よりも、身近なものに興味を持ち、どれだけ社会貢献できるかを重視する方が多いと感じました。理系女性の就職先として、食品や生活用品業界の人気が高いのも、こうした志向が関係しているのかもしれません。
枌谷:なるほど。そうした状況を踏まえて、応募を増やすためにどのような工夫をされていますか。
森下:工学系出身者が多くなっていますが、ソニーにはあらゆる学びが活かせる多様な事業領域がありますし、学生時代の専攻に関わらず活躍されている方が多数います。しかし、そうした面がしっかり伝わっていないため、理系女性の就職先の選択肢に上がってこない可能性を考えました。
そこで「Discover Sony」では、「【採用×ダイバーシティ】理系女性採用プロジェクトの舞台裏」「理系のジェンダーギャップはもういらない!夢を胸にワクワクする未来をつくる」といった記事で、理系女性に向けたメッセージを発信しています。また、先輩社員を交えて少人数で話ができる専攻領域別の座談会なども開催してきました。
「感動」を目指すソニーらしく、人の気持ち(感情)にアプローチしたことで直接応募が増加

枌谷:「Discover Sony」の定量的な成果(2022年)として、サイトUU数が前年同時期比40%増、新卒採用(2023年)では理系女性の応募者数は前年比21%増にもなったそうですね。
森下:はい。さらに、新卒内定者と経験者入社社員へのアンケートによると、定性的には「多様性・社員の魅力・社風」が伝わり動機形成に影響を与えたことが確認できています。
種子島:経験者採用におけるポジティブなインパクトのなかには、複数ある経験者採用のチャネルのなかで、ソニーの採用サイトから直接応募くださる方の割合が増えてきたことがあります。現在、直接応募は全体の約3割となりました。これは素晴らしい成果だと捉えています。
枌谷:もともと「Discover Sony」では、KPIをどのように設定されていたのでしょうか。
種子島:私たちとしては「ソニーにまったく興味のなかった層が、ソニーに対して興味を持ち始める」という最初の動きをもたらすことが、まずは実現したいことの一つです。そのためのKPIは、前回の取材でもお伝えしたように、一つの指標に「再来訪のUU」があります。繰り返し訪問してきてくれる、ファンのような方々を増やすことですね。
枌谷:オウンドメディアの成果測定というのは難しいものです。お話を伺っていて、データをとって証明するよりは、ある程度の成果を視野に入れつつも、「ソニーとしてこの施策をやるべきだ」という信念に基づいて動かれていると感じました。
種子島:そうですね。そこは多分、ソニーの採用で目指していることが「採用を感動で満たす」だからでもあります。ソニーとつながってくださる皆様に対して、少しでも心が豊かになるような体験を追い求めているからこそ、PVをひたすら追い求めて一喜一憂するよりも、「人の気持ちにアプローチしていく」という抽象的な目的にも重きを置いています。ソニーという企業のDNAが大きく影響しているのかもしれません。
求職者との継続的な関係性を育てるソニー・キャンディデイト・プラットフォーム

枌谷:今後の採用施策について注力していきたいことや領域などありましたらお聞かせください。
種子島:まず、私たちソニーグループは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」ことをパーパスに掲げています。採用においてもパーパスを実現するため、採用プロセスにおけるキャンディデイト・エクスペリエンス(候補者体験)を、いかに感動で満たしていけるかを戦略的に考えています。
今準備しているのは、オウンドメディアのさらなる強化に加えて、ソニー独自のキャンディデイト・プラットフォームの構築です。私たちが採用プロセスのなかで出会える候補者の情報を、自分たちのプラットフォームに蓄積していくこと。そうすれば、希望されるポジションが空いたときにお声掛けしたり、採用に関する情報などを直接届けたりすることで、ソニーへの興味・関心を持ち続けていただきやすくなるでしょう。
今期、このプラットフォームを開発し、いよいよ本格運用のフェーズに入ります。すでに現時点で約3万8000人の登録者情報があります。新卒採用、経験者採用、グローバル採用の応募トレンドから、毎年2万人を超える方々と新たなつながりを持てると想定しています。せっかくのご縁を継続的な関係性へとつなぎ、このプラットフォームをしっかり育てていきたいと考えています。
枌谷:自分たちでプラットフォームを作るという発想は、ソニーさんならではのスケールですね。オウンドメディアリクルーティングの究極の姿であると感じました。
運用中の「Discover Sony」についても、独立したチームとして動いていて、自由かつボトムアップで生まれた企画をしっかりと受け止める文化があります。コンセプトだけでなく、運営スタイルそのものがソニーの文化を体現していると言えるでしょう。文化を伝えるために存在しているのがオウンドメディアであり、そのためにはメディアの姿勢が重要なのだと、あらためて認識が深まりました。
種子島:ありがとうございます。厳しい採用環境で闘うためには、自分たちの強みを活かした採用戦略を立案していかなければならないと思っています。そのためには、おっしゃるとおり、私たちの姿勢が大切になってきます。ソニーらしく、多様な視点を取り入れ、好奇心をもって、チーム一丸となって、これからもチャレンジしていきたいと思います。