少子化に伴う生産年齢人口の減少が進む中、多くの企業が採用難や人手不足に悩んでいます。一方では育児や介護のために離職した人が再就職の難しさに直面するという事態も起こっています。

株式会社ワーク・ライフバランス取締役の大塚万紀子さんは「何らかの理由で離職された方が、再び働き始めることは本人にとっても企業にとっても実は大きなチャンス」と語ります。キャリアを中断していた人を採用する際に、採用人事担当者が知っておきたいことや、企業が取り組むべきことについて伺いました。

「キャリアを中断した人」に特化して採用活動を行う企業も

厚生労働省の調査(※1)によれば、今は働いていないけれど働きたいという意志を持っている人(就業希望者)は、2013年に428万人(男性113万人、女性315万人)。そのうち就業を希望していながら仕事を探していない理由として出産・育児を挙げた女性は30代を中心に105万人います。

大和総研による別の調査(※2)では、親族の介護や看護のために仕事を辞める、いわゆる「介護離職」が2010年以降の10年間で2倍に増え、2017年には年間約9万人を超えたというデータもあります。高齢化に伴い家族の介護をする人はますます増えるでしょう。

一度は離職しても、育児や介護が一段落すればまた働きたいという人は少なくありません。しかし、こうした人の求人応募に対して企業側は「ブランクがあるから仕事に慣れるまで時間がかかるのでは」「家族の都合で休みがちになるのでは」と不安を感じ、採用を見送りがちになってはいないでしょうか。

一方で、あるIT関連企業では出産、育児、介護、家族の転勤などの事情によりキャリアを離れた方だけに特化したキャリア再開支援プログラム付きの採用活動を行っています。
これまでは履歴書に空白の期間があることがネガティブに捉えられてきましたが、私はむしろ仕事を離れた期間がある人だからこそできる仕事、発揮できる力があるのではないかと考えています。

子育てや介護を通して得た視点が企業の力に

育児や介護などでキャリアを中断された経験のある人は、企業内でずっと仕事をしているだけでは持てない視点や、生活者側の視点を有しています。

コロナ禍で私たちの生活は大きく変わり、暮らしの中の様々な課題が浮き彫りになりました。「ワークライフバランス」において、子育てや介護をはじめ、多くの人が「ライフ」に事情を抱えていることが明らかになったとも言えます。

こうした課題の解決は新たなビジネスの機会です。家事や介護、子育てを家族に任せて長時間労働をいとわないタイプの社員ばかりの企業では、時代のニーズに対応できる商品やサービスを開発することは難しいでしょう。子育てや介護の大変さを身をもって知る人の情報やアイデアは、これからの企業にとって欠かせないものとなるはずです。

また「キャリアにブランクがある」と言いますが、言い換えれば一度は仕事に就いた経験があるわけです。つまり、基本的なマナーや対人スキル、業務の遂行能力をすでに身につけた人だと言えます。そういった人が採用できるなら、新卒者の採用に労力をかけるよりもメリットが大きいとも考えられます。さらに「ブランク」とはいえ何もしていなかったわけではありません。子育てや介護に関する山積みのタスクに日々取り組んできたことをふまえると、効率よく業務を進めていく力を養ってきた応募者だと言えます。

労働力人口が減る中で、昔のような「属性」にばかりこだわっていては、あっという間に採用ができなくなることは明らかです。数年のブランクよりも、これから10年、20年と活躍してもらうためには企業としてどうすればいいかを考えた方が合理的です。

さらに、子育てや介護といった事情も分かった上で採用してくれた企業に対して、人は「会社が自分を理解してくれている分、私も貢献しよう」というように信頼や帰属意識を強く持つものです。

たとえば、秋田県のある会社には事業所内託児施設があり、従業員は預けているお子さんが熱を出せばすぐ迎えに行けます。そうして子育てしやすい職場環境を整えていった結果、従業員の皆さんが「会社は私たちに期待してくれている、もっと頑張ろう」という気持ちが湧いてきて、商品の欠品率が大幅に下がったそうです。首都圏以外の中小企業業ですが、「ぜひ働きたい」という女性が多く、採用に困ったことはないそうです。

仕事に対する姿勢や価値観の確認を

子育てや介護でキャリアを中断された人を採用するとき、面接で家族の状況や病状についてつい詳しく聞きたくなってしまうものです。しかし、採用面接時には仕事の内容と直接関係のない質問はしてはなりません。勤務時間や日数について確認したい場合は「事情がある場合は配慮したいので、休日や勤務時間に対する希望はありますか」などと質問の意図を伝えつつ聞いていくと、応募者も希望を伝えやすくなるのではないでしょうか。

私は、面接ではその人が仕事に対してどんな価値観を持っているかを確認することをおすすめします。事情があって仕事を辞めざるをえなくなった経験や「子育てや介護の経験をどう捉え、これからの仕事にどう生かせそうか」という考え方を聞けるといいと思います。あるいは、企業側が子育てや介護と仕事を両立する人を採用する理由や思いを伝え、それについてどう思うかを聞いてみるのもいいでしょう。

ブランクがある人を採用するとき、以前はどんな仕事をしていたかを聞くことも多いと思います。しかし時代の移り変わりが大きい現在、数年前の業務経験がそのまま今も通じることは少ないものです。それよりも、応募者の価値観や仕事に対する姿勢が自社とマッチしているかを確かめた方が、長く活躍してくれる人と出会いやすくなると思います。

マネジメント層への支援も必要

プライベートなことについて会社側から根掘り葉掘り聞かない、というのはすでに働いている従業員に対しても同じです。とはいえ、子育てや介護と仕事の両立に悩んでいる場合には、会社にも相談してもらいたいですよね。普段から従業員に対して、「子育てや介護についてサポートする姿勢がある」という情報発信をし、制度を整えていきましょう。従業員が遠慮なく相談できる環境づくりが大切です。

たとえば、私の会社では「新しい休日」というユニークな名前の休暇制度があります。長く働き続けると人生には様々なことが起こります。出産や介護、病気やケガで長めにお休みをもらいたいときなどのように制度化されているものもあれば、不妊治療をしていて不定期で休みがほしい場合やペットの死を弔いたいこともあります。事情を打ち明けられるものもあれば、あまり大っぴらには伝えたくないときもあるでしょう。こうした事情の多様性に対応する制度を作ろうと考えました。

このような背景から、理由を問わず年間に決められた時間を有給休暇とは別に休むことができる「新しい休日」制度が生まれました。当然、労働時間は短くなりますが、もともと時間当たり生産性を意識した評価制度を構築していたこともあり、今では多くの社員が制度を使う・使わないの判断から、自分らしく運用しています。

ただ、どれだけ内容を充実させても「制度」で対応できることには限りがあるのも事実です。一人ひとりの事情は実に様々ですから、制度ではカバーしきれないところは上司や人事担当者などが個別にヒアリングして対応していかなければなりません。

労働時間も評価の仕組みも変化するとなると、マネジメントの方法も新しい時代に対応していかなければなりません。管理職に対して新しい働き方について知るための教育や、傾聴やコーチングといった研修の機会を用意することも必要になるでしょう。

科学技術の進化や社会の変化のスピードが速まる中、海外では仕事を中断して、何年間か大学や大学院で学び直すことが普通になっています。日本でも意欲のある人ほど、スキルアップのためにキャリアを中断する人も増えてくるでしょう。様々な事情を抱えながらも「働きたい」という、個人の頑張りを応援できる企業であることがますます求められています。




※1 厚生労働省「労働経済白書 平成26年版労働経済の分析」より第3章 第2節「生涯における出来事と職業キャリア」
http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/14/dl/14-1-3_02.pdf

※2 株式会社大和総研「介護離職の現状と課題」(2019)
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/meeting/wg/hoiku/20190109/190109hoikukoyo01.pdf

<取材先>
株式会社ワーク・ライフバランス 取締役 大塚万紀子さん
同社の創業メンバーとして、現場の働き方にそった細やかかつダイナミックなコンサルティングを提供し続けている。二児の母として、管理職ながら自らも短時間勤務を実践。パートナーコンサルタント、財団法人生涯学習開発財団認定コーチ、金沢工業大学大学院イノベーションマネジメント専攻客員教授。著書に『30歳からますます輝く女性になる方法』がある。

TEXT:石黒好美
EDITING:Indeed Japan + 笹田理恵 + ノオト