
Andrew Komarowさんが大手生命保険会社でファイナンシャルプランナーとして働き始めた頃、現場の士気をあげるためのミーティングに終日参加するよう言われました。Komarowさんは大人数のグループでのコミュニケーションに居心地の悪さを感じると同時に、自分は参加を命じられたにもかかわらず一部に参加を免れた人もいたことに苛立ちを覚えました。「会社で働く上で最も大変だったのは、物事がなぜそうなっているのかという理由がわからなかったことです」と、Komarowさんは言います。
Komarowさんは別の働き方を探したいと考え、独立するために退職しました。その後しばらくして自閉スペクトラム症と診断され、会社の特定の状況で感じた居心地の悪さについて理解できるようになりました。「ニューロティピカルの人であれば、ほぼすべてのことが簡単だと思えるでしょう。職場に明文化されていないルールに関して言えばなおさらです」と、Komarowさんは語ります。
米国内では、成人の約15~20%が注意欠陥多動性障害(ADHD)、自閉スペクトラム症(ASD)、強迫性障害(OCD)、てんかん、ディスレクシアなど、何らかの形のニューロダイバージェンスを有していると推定されます。
(用語説明:人口の大半を占めると考えられている脳の情報処理方式を持つ人をニューロティピカルと呼びますが、これとは異なる方法で情報を処理する脳を持つ人のことをニューロダイバージェントと言います。一方、ニューロダイバーシティとは、Neuro(脳・神経)とDiversity(多様性)という2つの言葉が組み合わされて生まれた、「脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」という考え方であり、特に、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、学習障害といった発達障害において生じる現象を、能力の欠如や優劣ではなく、『人間のゲノムの自然で正常な変異』として捉える概念」と経済産業省も説明しています。複数の人が集まるとニューロダイバーシティの状態となり、その中にはニューロダイバージェントな人もいるかもしれません。)
インクルーシブな技術を開発する企業であるTexthelpが2022年に米国で実施したアンケートによると、ニューロダイバージェンスは珍しいものではないにもかかわらず、ニューロダイバージェントを自認する従業員の61%が、職場でのマイナスイメージや理解不足を感じていると回答しています。一方で、ニューロダイバーシティが浸透するにつれて、認知の多様性があるチームの存在は職場にとってプラスであると考える企業が増えています。実際に、Ford Motor Co.やMicrosoftをはじめとする企業では、ニューロダイバージェントな人材を採用し支援するプログラムが導入されています。
Indeed でSenior Marketing Accessibility Program Managerを務めるDonna Bungardは「多様性のある視点により問題解決能力が向上します」と言います。ニューロダイバージェンスの特徴は人によって異なるが、ADHDを持つ人は創造的な解決策にすぐにたどり着く傾向にあり、ディスレクシアである人の多くがパターン認識に優れている、とBungardは重ねます。
Texthelpのアンケートから、ニューロダイバーシティを受け入れている企業は従業員の定着率が高く、その企業の人材プールに登録している層の多様性も高い傾向にあることがわかりました。また、同じアンケートで、ニューロダイバージェントな従業員を支援する企業の取り組みにより、ニューロダイバージェントな回答者の93%、ニューロティピカルな従業員の63%が、その企業に魅力や忠誠心を感じると回答しました。
「これは正しい取り組みというだけでなく、ビジネスにも有利です」とBungardは指摘します。
ニューロダイバージェントな従業員にとってより魅力的で、アクセシビリティに優れた職場環境を整える方法をご紹介します。
採用プロセスを見直す
Texthelpのアンケートによると、米国内でニューロダイバージェントを自認する人々の3分の1以上が、採用活動中と選考中に困った経験があるとと回答しています。これに対処するために、求人内容で偏見のある表現や排他的な表現が使われていないかを確認し、応募要件はその職種に必須のものに絞ることをお勧めします。たとえば「チームで働く能力」という要件は、ニューロダイバージェントまたはニューロティピカルであるかを問わず、一部の人を気後れさせる可能性がありますし、実際はチームワークが不要な職種に記載されている場合もあります。
Job Accommodation Networkは、インクルーシブな求人内容を作成する方法についてのオンラインリソースや、どのように企業が従業員のニーズに配慮できるかという例を提供しています。たとえば、口頭でのコミュニケーションが難しい板金加工の技術者がいたとして、素材や設備に関する依頼ができるよう配慮するなどが一例です。
面接の前には、アクセシビリティについての要望がないかどうかを候補者に確認しておきましょう。たとえば、Web会議でカメラをオンにすることに抵抗がある方もいます。それはWeb面接でも同じで、カメラをオフにしたいと言う人がいることも考えられます。また、ADHDや自閉症の特性から、画面に映り込んだ自分や他人の姿を見ると不安を感じたり、気が散ってしまうこともあるかもしれません。
企業イメージを軽視しない
採用プロセスは、候補者が来社するもっと前の段階、企業の販促資料から始まります。「企業のWebサイトに、ノイズキャンセリング機能付きのヘッドホンを使っている人を掲載しましょう。またはアイコンタクトをとらない人、自己刺激行動の身体的特性を示している人を動画に登場させるのもよいアイデアです」と、Bungardは提案します。これは、自己刺激行動によって思考が明瞭になる人もいるためです。また、「撮影のために演技をするように指示しないことが重要です」と付け加えます。そして、PR用に俳優を起用する場合は「真に取り組んでいることを示すため、必ずニューロダイバージェントを自認している俳優を選んでください。そして、その人の見え方については、本人の意見を取り入れるようにしてください」と勧めています。
実際に働いている人をありのままに描き出すことを意味する、リプレゼンテーションが何よりも大切であるとBungardは強調しています。
インクルージョンの取り組みへのあり方を調整する
Bungardは、ニューロダイバーシティと障害についての教育を、新規採用者への標準研修としてすべての組織が実施するべきだと主張します。ニューロダイバージェントの人全員が自身に障害があると考えているわけではないことを指摘しつつも、「障害について理解することで、互いの理解が深まる」と語ります。
この研修は、こなすべき追加のタスクではなく、機会として位置付けましょう。「アクセシビリティについて、追加の研修を実施しなければならないと考えると、負担が増えたと感じてしまいます。そうではなく、これはインクルージョンの一環であり、皆にとって公平な体験を作るための取り組みだと見方を変えることで、やる気が引き出されます」と、Bungardは言います。
教育によって、誤解は少しずつ解消していきます。Planning Across the Spectrumの創業者であるKomarowさんは「配慮と言うと恐ろしい言葉のように聞こえます」と言いますが、実際はそうではありません。同社では、ニューロダイバージェントな人材の採用と定着のために、従業員の福利厚生プログラムとウェルネスプログラムのカスタマイズに採用企業側とともに取り組んでいます。
たとえば、Komarowさんの会社ではADHDのある従業員が働いています。その人は雑音のある場所で仕事をすることを好むため、ヘッドホンでテレビ番組の音声を流しています。「仕事で成果を発揮しているなら、その仕事をした時に雑音を流していたかどうかを気にする必要があるのでしょうか?それが許容できるもので、まったく、あるいはほとんどコストもかからないなら問題はありません」と、Komarowさんは語ります。
ユニバーサルデザインを導入する
ニューロダイバージェントな候補者を求めて採用するだけでは不十分で、アクセシビリティに優れ、配慮のある職場にする必要があります。そのための方法の1つは、ユニバーサルデザインを採り入れ、誰にとっても使いやすい職場にすることです。
たとえば、ニューロダイバージェントを自認し、感覚の問題や注意制御機能の問題を抱える人々にとって、オープンなレイアウトのオフィスは使いにくいかもしれません。専用の静かなスペースを割り当てられるようにすれば、このような従業員が最高のパフォーマンスを発揮できるようになります。
「多くの場合、結局は刺激が原因だという結論にたどり着きます。1人になれる場所を作り、気持ちが落ち着く明るさに合わせて照明を調整し、壁に雑多にものを貼り付けなければ、また集中できるようになるでしょう」と、Bungardは言います。また、ニューロダイバージェントや障害のある方向けのスペースとして指定するのではなく、「一息入れたい時に誰もが使える場所」として公開することも勧めています。
社交不安を緩和するために人の流れが少ないエリアを設けたり、従業員が適当な場所に集まるのではなく、きちんと集合できる指定の「コラボレーションハブ」を作ることで、オープンプラン式のオフィススペースを変えることができます。また、オープンなレイアウトのオフィスをいくつかのセクションに分割し、コミュニティ向け、共同作業向け、集中して取り組む作業向けといった専用のスペースを設けるのもお勧めです。
照明も工夫が必要です。蛍光灯は、特定の特性を持つ人にとって苦痛となる場合があります。「蛍光灯が好きな人なんて、地球上に1人としていないでしょう。光で目が痛くなり、頭痛がすると言う大人が大半です」と、Komarowさんは言います。つまり、一部の人に配慮することが全員にとってのメリットになるということです。
集中する時間を持つことを全員に奨励する
Bungardは、物理的な作業スペース以外にも、PCなどのデバイスから時に距離を取り、日中送られてくるすべての通知から離れる時間が必要であると指摘します。従業員がカレンダーの特定の時間枠をブロックし、メールや他の通知をオフにすることを認め、しっかり集中する時間を持てるようにしましょう。
「アクセシビリティに関するニーズは人間として当然のニーズです。ありのままの自分で仕事に打ち込めるよう促すことで、組織がますます強くなっていくのです」と、Bungardは言います。