経済産業省が調査プロジェクトを立ち上げるなど、近年、イノベーション推進における人材の育成施策の一つとして「越境学習」が注目されています。越境学習の概要や、企業にとってのメリット、導入に際しての注意点などについて、越境学習の研究に携わる、法政大学大学院政策創造研究科教授の石山恒貴さんにお聞きしました。
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求人を作成する越境学習とは
◆「境界」を越えて学ぶ
越境学習を文字通りに解釈すると「境界を越えて学ぶ」ことです。自身が「ホーム」と思う場と、「アウェイ」と思う場を分かつものが「境界」です。
- ホーム……慣れ親しんでいるが刺激のない場
- アウェイ……なじみがなく居心地は悪いが刺激がある場
ビジネスパーソンにとっては、自身の所属している職場がホームであることが多いです。そこを一時的に離れ、他企業で勤務したり、社外の勉強会に参加したりするなど、別の環境(アウェイ)に身を置くことが越境学習の代表例として挙げられます。その目的は、従来とは異なる価値観や業務の進め方などを学び、ホームにおいても、それを有効に活用することです。
◆越境学習者が辿るプロセス
越境学習を実践する人は主に次の流れを経験します。
- アウェイにおいて、今までとやり方が違うため戸惑う(葛藤)
- 苦しむ中でもがきながら試行錯誤する(行動)
- 自分の置かれた状況を客観視する(俯瞰)
- ホームとアウェイの強みと弱みを把握し、周りを巻き込んで変化を起こす(動員)

(『越境学習入門 組織を強くする冒険人材の育て方』/石山恒貴・伊達洋駆共著/日本能率協会マネジメントセンター より編集部が作成)
越境学習のプロセスには2つの重要なポイントがあります。
◆当たり前をくつがえされながら「葛藤」を味わう
越境学習者は、ホームからアウェイに行くことで、これまでの常識が常識でなくなるといった、さまざまなもどかしさを味わいます。たとえば、アウェイでは業務の進め方が異なっていたり、肩書きが何の意味もなさなかったりといったことです。こうした状況に葛藤しながらも、それを受け入れることでこれまでとは異なる視点や思考を得ていきます。そこから、新しい力の発揮方法などを学ぶのです。
◆ホームとアウェイを行き来して固定観念を打破する
越境学習者は、アウェイでの葛藤状態を乗り越え新たな学びを得てホームに戻った際にも葛藤を経験するケースが多く見られます。それはアウェイでの経験から今までとは違う視点や思考を得たことで、ホームで当たり前とされていることに疑問を感じることがあるからです。「ホームに対して違和感を抱いている新しい自分」だからこそ、物事を俯瞰して見ることができるようになります。こうした変化がホームでの常識や前提を見直しながら行動を起こすことにつながり、個人だけではなく周囲の人を巻き込みながら、組織やコミュニティにも変革をもたらす可能性が期待できるようになります。
ただし、転勤や転職など、一方通行の環境の移行においては新しい環境になじんで落ち着いてしまいがちなため、このような学習は得にくいといわれています。
個人主導・企業主導の越境学習
越境学習には、個人が主導するものと企業が主導するものがあります。
◆個人主導の越境学習
個人が主導で越境学習を行う「アウェイ」の環境として、次のような活動が挙げられます。
- 社外の勉強会や講習会
- 社外のサークル活動
- 社会人大学やビジネススクールへの参加
- NPO法人での活動
- PTAでの活動
- 町内会での活動
- 習い事
- ボランティア活動
- プロボノ(職業上持っている知識やスキルを無償提供し、社会貢献するボランティア活動)
- 副業・兼業
◆企業主導の越境学習
近年、越境学習プログラムを企業の人材育成に取り入れる動きが見られるようになり、働く人向けに越境学習を提供するサービスを展開する事業者もあります。企業が主導する越境学習の「アウェイ」となる活動には、次のようなものがあります。
- ベンチャー企業へのレンタル移籍や研修
- 新興国などの海外企業、NGOでの勤務
- NPO法人など社会的企業での勤務・活動
- 副業・兼業
- ボランティア活動
- プロボノ
越境学習が注目されている理由
越境学習が注目され始めたのは2010年代以降といわれています。2011年に起きた東日本大震災後には復興のためにボランティア活動を行う人が増え、人々の間で社会貢献に対する意識が高まりました。やがて企業にもその意識が広がり、従業員の社外での社会貢献活動を奨励し、企業が主体となって社会問題の解決を目指す取り組みなどが行われるようになりました。また、「働き方改革」によって副業など多様で柔軟な働き方を推進するようになったことも、企業レベルで越境学習に関心が高まる理由の一つになったと考えられています。加えて、テクノロジーの進化やビジネス環境の変化の中で企業が生き残るためにはイノベーションが求められており、革新を起こす人材育成の手法の一つとして越境学習が注目されるようになりました。
このような背景の中で経済産業省も、社会課題に取り組む地方やNPOの現場で社会課題解決に取り組むことが人材育成に役立つとして、研修やリカレントプログラム(「社会人の学び直し」への取り組み)などの創出・実証調査を行いました。「未来の教室」と呼ばれるリカレント事業の中で「越境学習によるVUCA時代の企業人材育成」という報告を取りまとめています。
越境学習の組織への活かし方
越境学習者は越境学習を契機として、ホームである元の職場に働きかけ、従来のやり方を見直したり、柔軟に新しい方法を試したりと、物事を変えていく原動力となって、人材マネジメントや新規事業などにおいて、組織にダイナミックな変革を生み出す可能性があります。
また、越境学習を経験することで、下記のような能力の発揮が期待できます。
- 多様な人々と対等にコミュニケーションを取る力
- それぞれの組織の実態を俯瞰する力
- 視野・視点を拡大して自己を俯瞰する力
- 組織の課題を主体的に設定する力
- 試行錯誤を伴う挑戦を進める力
- 逆境でも自己や周囲を信頼できる力
- 外部の知識を自組織内に浸透させようとする力
- 自社内のキーパーソンを巻き込む力
- 社内外のネットワークを継続的に拡大する力
どのように越境学習を導入すればよいか
◆個人主導の越境学習を推奨する
たとえば勉強会やプロボノなど、企業が従業員に対して個人主導での越境学習を勧め、推進することで、社内に越境学習者を増やすことができます。地域貢献活動をした従業員には手当を支給するなどして、越境学習に対するモチベーションを上げるのも効果的です。また、副業や兼業を許可したり、推奨したりすることで、従業員はより越境学習を行いやすくなります。
◆アウェイ側として越境学習者を受け入れる
人材不足や資金力不足を課題とする企業が、従業員をアウェイに送り出すのにはコストがかかります。その場合は、副業先や学生のインターンシップ先になるなど、自社がアウェイの場として越境学習者を受け入れるのも一つの方法です。
先述した、越境学習者の辿るプロセスをそのまま実践することはできませんが、アウェイの越境学習者の価値観や常識に触れることで、従業員が刺激を受け、既存のシステムの問題点や新しい視点を発見し、新たな取り組みが生まれるなど、組織の活性化が期待できます。
越境学習の導入のポイント
◆関係者が越境学習を理解する
越境学習を企業として推奨・導入する際には、まず企業側が越境学習についての理解を深めることが重要です。越境学習の効果は安易に数値で明確化できる性質のものではなく、また「従業員が他所で経験を積むことによって、退職してしまうのではないか」と危惧するケースも見受けられます。
さらに越境学習者がプロセスとして通過する違和感や葛藤を理解せずにいると、越境学習者の学習効果が小さく、またその効果をホームである自社に還元することが難しくなります。越境学習の性質を学んだ上で「越境学習によって、組織にどのような変化をもたらしたいのか」を関係者全員が共有しておくことが不可欠です。
◆“迫害”と“風化”を避ける
ホームに戻った越境学習者を迎える際、企業側はその人物が「やや面倒で厄介な人材」に見えてしまう側面があることをあらかじめ理解しておきましょう。葛藤を抱えた越境学習者はホームに対して批判的な発言が多くなるなどして周囲から孤立してしまう“迫害”を受ける状況に陥ることがあります。
または、ホームに戻った際に、理解者がいないことなどから諦めて越境での学びが“風化”し、越境学習の効果を示す機会がないまま、ホームに再適応して元通りになってしまうケースもあります。
こうした事態を避けるためには、越境学習後に上司や人事担当者が定期的に面談の場を設けたり、越境学習者が引き続きアウェイの人たちと交流が持てるように支援したりすることが必要です。また、社内で越境学習経験者同士が語り合えるコミュニティを作るのも有用です。
◆振り返りの機会を設ける
越境学習による効果を高めるためには、経験を振り返り「越境学習によりどのような学びがあったのか」を認識することが重要です。可能であればキャリアコンサルタントによる面談を設定することが望ましく、難しいようであれば上司や人事担当者、人材育成の担当者が行いましょう。
越境学習は、必ずしも大規模なプログラムを組まなくても、個人でも実践でき、なおかつ企業にもメリットをもたらす手法です。目的や性質を正しく理解して、人材育成に活用しましょう。
※記事内で取り上げた法令は2022年7月時点のものです。
<取材先>
法政大学大学院政策創造研究科 教授 石山恒貴さん
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了、博士(政策学)。大手企業の人事労務担当を経て現職に就く。越境的学習、キャリア形成、人的資源管理、タレントマネジメント等が研究領域。主な著書に『越境学習入門』(日本能率協会マネジメントセンター)などがある。
TEXT:宮永加奈子
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト

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