2022年、日本政府は「人的資本」情報の開示に向けて動き出しました。環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の頭文字をとったESG投資が注目される中で、経営者、投資家、社員をはじめとするステークホルダー間の相互理解を深めるために「人的資本の可視化」は不可欠である、という立場からです。
企業価値の向上に直結する「人的資本」とはどのようなもので、なぜ今注目が集まっているのでしょうか。小林労務 大阪オフィス所長で社会保険労務士の小松容己さんに、「人的資本」の可視化が求められる背景について伺いました。
人的資本とは
「人的資本」とは、人が持つスキルや能力などを「資本」とみなす考え方のことです。
2020年9月に経済産業省が発表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書(人材版伊藤レポート)」では「持続的な企業価値の向上を実現するためには、ビジネスモデル、経営戦略と人材戦略が連動していることが不可欠である」と、その重要性が記載されています。
政府が「人的資本」の活用を推し進める背景には、時代の変化とビジネス構造の大きな転換があります。かつて、企業における投資の対象は、土地や工場などの「有形資本」でした。しかし、今は従業員が持つ専門知識や特殊技能、アイデアやクリエイティビティなど、その人に関連する「無形資本」に移行しています。
だからこそ、人材を「資本」として捉えて投資し、その価値を最大限に引き出すことは、企業の経済的利益と価値向上に直結するのです。
人的資本の情報開示が求められる背景
昨今は国内外で企業に対して人的資本の情報開示が求められています。
2018年には国際標準化機構が制定するマネジメントシステム規格(ISO30414)において、人的資本の情報開示のガイドラインが制定され、人的資本について開示すべき11領域の指標が設定されました。
これを皮切りに、人的資本の情報開示を求める動きが世界的な潮流となっていきます。
2020年には、アメリカの米証券取引委員会(SEC)が「人的資本の情報開示」を上場企業に義務づけることをスタート。
日本でも2021年に東京証券取引所が「コーポレートガバナンス・コード」を改定したことにより、上場企業には人的資本に関する情報開示が迫られました。
また、金融庁は2023年度に人的資本に関する一部の情報を有価証券報告書に記載することを義務付ける方針を発表しています。
企業はどのような人的資本情報を開示すべきか
上場企業は人的資本に関して具体的にどのような情報を開示すべきでしょうか。人材版伊藤レポートでは、以下について言及しています。
- 企業の中核人材における多様性の確保に向けて、管理職における多様性の確保(女性・外国人・中途採用者の登用)についての考え方と、測定可能な自主目標を設定すべきであること
- 中長期的な企業価値の向上に向けた人材戦略の重要性を鑑み、多様性の確保に向けた人材育成方針・社内環境整備方針をその実施状況と併せて開示すべきであること
- サステナビリティを巡る課題への取組として、人的資本への投資について、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ、わかりやすく具体的に情報を開示・提供すべきであること
人的資本の情報開示の進め方
企業が人的資本の情報を開示する場合は、大まかに次のポイントを踏まえていきます。
- 開示すべき指標を決める
- 指標に関するデータの有無を確認する
- データを収集・分析する仕組みを設ける
企業は人的資本に関するすべての情報を開示する必要はありません。しかし、自社の人事戦略を展開していく上で、どの指標、どういった数字を発信することが最も企業価値を向上させるかを慎重に検討しましょう。
当然のことながら、それらを表す具体的なデータがなければ公表しようがありません。データの有無を確認し、ない場合はデータを収集・分析する仕組みを設けてください。
情報を開示する際のポイントは、無機質な数値を列挙するのではなく、会社としてどのような人事戦略を展開していくのかを明確にした上で、数値を列挙することが肝要であると考えられます。
<取材先>
社会保険労務士法人 小林労務 大阪オフィス パートナー社会保険労務士 小松容己さん
東京都出身。明治大学経営学部卒業。2016年に株式会社小林労務に入社し、20年に「社会保険労務士」登録。22年3月、大阪オフィスの所長に就任。社会保険や労働保険手続き、給与計算実務、就業規則の作成・精査をはじめ、雇い主と従業員間のトラブル対応やセミナー講師等、多数実績あり。
TEXT:阿部花恵
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト
