「リスキリング」という言葉が人材育成のキーワードとして急速に注目を集め始めています。DX推進に欠かせない取り組みと言われていますが、まだ実践している企業は多くありません。「リスキリング」とは何か、なぜ必要なのかについて、株式会社アタックス・セールス・アソシエイツの酒井利昌さんが解説します。

DX時代の「技術的失業」の解決策

――「リスキリング」とは何でしょうか。なぜ今、注目を集めているのでしょうか。

「リスキリング」とは、新しい職業に就くために必要なスキルを獲得することです。あるいは、今と同じ職業であっても、業務内容が大きく変化する際に、変化に対応するためのスキルを獲得することも「リスキリング」と呼ばれます。
近年では特にAIやビッグデータ、IoTといったデジタル技術の進展とその活用によって生まれる新しい仕事に取り組むためであったり、大きく変わる仕事の進め方に適応するためのスキル獲得が「リスキリング」と呼ばれることが多いようです。

「リスキリング」が注目を集めている背景には「技術的失業」が社会的課題になっている状況があります。技術的失業とは、技術の進化により人間が行っていた仕事を機械が担うようになった結果、雇用が失われることです。最近はデジタルテクノロジーの急速な発展により、新しい仕事や雇用(需要)は増加しているのに、必要なスキルを持つ労働者(供給)が足りないことも技術的失業と言われています。

こうした「デジタル時代に必要とされるスキル」と「労働者が現在保有しているスキル」の間に生じるスキルギャップを埋めるための方策として「リスキリング」が求められているのです。

今とは全く違う仕事のためのスキル獲得が「リスキリング」

――「リスキリング」がデジタル関連の知識やスキルを身につけるということであれば、今までの人材育成と大きな違いはないように思われます。

多くの企業でこれまでに行われてきた人材育成の方法は、リスキリングというより「スキルアップ(アップスキリング)」と呼ぶほうがふさわしい内容が主流でした。「スキルアップ」は現在の業務分野の中で、より活躍できるようにするための学習や訓練を指します。対して、「リスキリング」は現在行っている業務とは全く異なる業務を行うために、必要な新しい知識や技術を獲得するものです。

山登りにたとえると、「スキルアップ」は登っている山の頂上を目指して上へ上へと登っていくようなイメージです。しかし、リスキリングでは今いる山を下りて別の山に登ったり、もっと言うならば、川を渡ったり海で泳いだりするためのスキルを身につけるようなプロセスになります。

――なぜそのような今の仕事とかけ離れた知識や技術を身につける必要があるのでしょうか。

スーパーマーケットを顧客に持つ印刷会社があるとしましょう。この会社は長年、スーパーの新聞折り込みチラシや店頭のポスターやPOPを作ってきました。今まではこの印刷会社の社員は「美しい印刷物を作るには」「効率よくチラシを配るには」といったテーマでスキルアップを図ってきました。

しかし、今や販売促進策の主流は折り込みチラシから、SNSやスマートフォンアプリを使う方法に変わってきていますよね。従来どおりに紙媒体だけを取り扱うことを前提としたスキルアップをしているだけでは、この印刷会社は仕事を失っていくでしょう。まさにここにスキルギャップが生まれているわけです。

この印刷会社が社員に対して、SNSやWeb広告といったデジタルマーケティングのノウハウや技術を身につける教育を行うことが「リスキリング」です。
「なぜ、印刷会社なのにWebマーケティングをしなければならないのか」「今の業務とかけ離れたことをしなければならないのか」と何もしないでいては、大きな時代の変化に取り残されることになります。新しい需要に応えていくためには、新しいスキルを身につけなければならないのです。

自らの強みは生かしつつ、新しい挑戦を

――システム担当の社員や、ITやインターネットに関わる業務を行う社員にとっては「リスキリング」は必須のようですね。しかし、それ以外の社員には縁遠いものではないでしょうか。

今までの「デジタル化」は、ITやデジタルの技術・ツールを使って効率をあげ、生産性を向上させたり、コストを削減することに主眼が置かれていました。
「DX(デジタルトランスフォーメーション)」はこれらとは根本的に考え方が異なります。フィルムカメラからデジタルカメラに変えるだけならば、現像の手間やコストを省くことにつながります。これまでのデジタル化はここまででした。しかし、今伸長しつつあるのは、写真のデジタルデータをオンラインで世界中の人と共有したり、加工したりして、今までにはなかった文化や習慣を生み出す商品やサービスです。今あるビジネスの延長線上で考えるのではなく、全く新しい商品やサービスを生み出したり、それに適応していったりしなければ企業は生き残れません。先の印刷会社の例のように、DXによって企業の業務内容自体を大きく変容させなければならないのです。一部の社員だけがリスキリングをしても、企業全体を変えることはできません。

――DXの時代に生き残っていくためには、今までの常識にとらわれず、誰もが新しいスキルを身につけていかなければならないのですね。

確かにリスキリングしていくことは求められています。ただ、何もかもゼロから始めなければならないというわけでもありません。チラシを作っていた印刷会社であれば、すでに持っている「コピーライティング」や「デザイン」「工程管理」といったスキルは、これからも活用していけるのではないでしょうか。これまでに培ってきた強みは生かしつつ、それだけにとらわれすぎることなく新しい需要に応えるスキルを獲得することが大切です。




<取材先>
株式会社アタックス・セールス・アソシエイツ コンサルタント 酒井利昌さん
学習塾業界、人材サービス業界を経て、株式会社アタックス・セールス・アソシエイツへ入社。年間200日以上の研修、セミナー、営業・採用コンサルティング支援に従事。新入社員や若手社員向けの研修なども実績多数。著書に『いい人財が集まる会社の採用の思考法』がある。

TEXT:石黒好美
EDITING:Indeed Japan + 笹田理恵 + ノオト