終業時刻から次の始業時刻の間に一定時間以上の休息時間を設けることで、従業員の睡眠時間や生活時間を確保する勤務間インターバル制度。企業の働き方改革のコンサルティングを行う株式会社ワーク・ライフバランスの小室淑恵代表に、この制度の概要や、働き方と睡眠の関係性についてお話を伺いました。

従業員の睡眠、生活時間を確保する制度

――勤務間インターバル制度の概要と、制度が導入された背景について教えてください。

勤務間インターバル制度は、終業時刻から次の始業時刻の間に一定時間以上の休息時間を設けることで、従業員の生活時間や睡眠時間を確保するものです。2018年に成立した「働き方改革関連法」に基づいて「労働時間等設定改善法」が改正された際に、この制度の導入が努力義務として規定されました(2019年4月1日施行)。ただ、厚生労働省の令和3年就労条件総合調査によると、制度を導入している企業はわずか4.6%とまだまだ少ないのが現状です。

制度導入の背景には、日本の労働者の睡眠時間が短く、労働時間が長いのに、生産性は先進主要国のなかで最下位という状況があります(※1)。つまり、睡眠時間を削って頑張っているのに成果につながっていないのです。なおかつ、過労死や過労自殺などの労災請求件数は、精神障害の分野でうなぎ上りに増加しています。働き方や働かせ方、働く環境に何か大きな問題があることは明白で、日本人の能力が適切に発揮できる環境になっていません。しかし、その原因に気が付かず、むしろ悪化するような取り組みをし続けてきたわけです。

――どうして日本の企業はこのような状態に陥ってしまったのでしょうか?

労働者個人が頑張りすぎる性格だからこうなったのではなく、社会に適切なルールがなければ、会社は従業員の24時間のうちより多くの時間を会社のために使わせようとするからです。企業としては、固定費を抑えるためになるべく少ない人数を雇用して、いざというときは残業でカバーしたいというのがよくある経営者の思考です。だから、従業員が睡眠時間を削って長時間労働する状況になり、その結果どんどんと生産性が落ちてしまい、企業は残業代を膨大に支払うのに成果は出ないという、最も損をする結果となるのです。

それを防ぐためにも国はきちんとルールを整備する必要があります。国際的に欧州では11時間の勤務間インターバルを導入、アメリカでは残業代の割増率が1.5~1.75倍と高く設定されるなど、睡眠確保策か残業抑制策のいずれかを国として取り入れて、睡眠を削ってまでの労働が起こらないようにしています。日本にもこうしたルールが必要で、今遅ればせながら動き出しているというところです。

しっかり寝た方が、利益率は向上する

――実際、睡眠と働き方の関係性は、どのようなものなのでしょうか?

近年の研究で、睡眠と働き方の関係性について様々なことが分かってきました。慶應義塾大学の山本勲教授が700社を対象に実施した調査によると、従業員の睡眠時間が長い企業ほど、ROE(利益率)が高いという結果がでました。日本人は睡眠を削って頑張ってきたけれど、実はきちんと寝た方が業績が良いという相関関係がはっきり分かったわけです。

さらに、平均睡眠時間と国民一人あたりのGDPの相関関係を示した調査がありますが、睡眠時間が長い国ほど一人当たりのGDPが高いという相関がはっきりと示されています。日本は世界の睡眠時間よりも1時間短い6時間22分です。この相関関係から考えると、日本人はあと1時間睡眠時間を増やせば、GDPが倍近くになる可能性すらあるのです。実際に私の会社では2,000社の働き方改革を支援してきましたが、経営者は取り組む前に売り上げが下がるのではないかと心配します。ところが、実際やってみると残業が大幅に減ったのに売り上げも利益も上がるという結果が生まれています。つまり、しっかり寝た方が生産性は上がるのです。

実は、残業をしている本人はすごく頑張っている実感があるのですが、朝起きて13時間しか人間の集中力はもたないことが解明されているので、時間をかけていてもミスだらけになったり、企画内容が貧困になったりします。それをダメ出しされてますます仕事が終わらず、アウトプットが評価されないことで不機嫌になり、他人にも攻撃し始めてしまうといった悪循環が職場で起きてしまうのです。1人の生産性が下がるだけなら傷は浅いのですが、一人の睡眠不足がコミュニティ全体の生産性を落としていくことになるわけです。逆に睡眠をきちんと取っていれば集中力が上がり、創造性も高まり、何よりマインドが安定して周囲にプラスの感情を広げるなどして、職場全体の時間あたりの生産性がアップするということになります。

勤務間インターバル制度導入により採用面で優位に

――実際に勤務間インターバル制度を導入するまでの手順についても教えてください。

勤務間インターバル制度は、今は「努力義務」ですが法律に施行の5年後に見直すという付帯条項が明記されています。ということは、2024年を目途に見直しが入るはずで、今後は完全義務化に近づくと予想されるので、導入の準備を始めた方がよいでしょう。

導入の手順としてはまず、勤務の間に11時間のインターバルが取れているかどうかの実態把握から始めます。すると、慢性的に業務上の都合で勤務間インターバルが守れていない部署があることが分かるでしょう。まずはこの慢性的な状態をなくすために、原因となっているシフトの組み方や、スキルの偏りによる仕事の属人化などを改善していきます。「人不足だから仕方ない」とあきらめてしまいがちですが、実際にちゃんと原因を分解していくと、特定のスキルを皆で共有することが出来れば、一部の人が遅くまで対応して翌朝も早朝から対応するような状況は防ぐことができるのです。

それでも、不測の緊急事態や、年に数回だけの繁忙期などで一時的に勤務間インターバルが守れない場合は、それをリカバリーする日を設けるルールを決めましょう。このような手順で進めていくと、11時間の勤務間インターバルが確保できる状態に近付くので、最終的に就業規則に記載できるようになります。そうなれば義務化されても怖くありませんし、他企業よりも早く就業規則に明記することで採用面でも大きなアドバンテージになります。

――残業時間を減らすには、全体的な仕事量を精査することも必要だと思いますが、仕事の中身の見直しにはどのような作業が必要でしょうか?

残業削減に取り組む企業がついやりがちなのが、前年比30%などの削減目標を決めてそれを達成できないとペナルティーを課すという目標必達型です。この方法で本当に職場の問題が解決することはなかなかありません。むしろ隠れ残業や持ち帰りが増えてしまい、コンプライアンス違反になります。

本質的な仕事の中身を見直す際に大切なのは、従業員が職場の上下関係に縛られずフラットに意見を話し合いながら、本来はもっとどんな働き方がしたいのか希望を出し合い、それを叶えるハードルとなっている現状の課題について率直に改善策を出し合うことです。

通常の会議形式では、若手が萎縮して意見を出せないことが多いですが、私達はいつもカエル会議という手法を用いてフラットな議論を実現しています。たとえば、口頭で意見を出し合うと、誰もが上司に忖度をして本当の課題を言い出すことができません。そこで、オンライン上で同時に、匿名で意見を書き込める仕組みを使い、賛成する他者の意見には「いいね」を付けることができるようにしました。こうすると若手は忖度せずに課題をどんどん書き込みますし、その意見に「いいね!」が沢山つくことで、皆が共感する意見なのだということが上司にも一目瞭然になるので、優先順位をあげて改善に取り組もうという合意が生まれます。
また、勤務間インターバルを視覚的にも意識できる仕組みとして、業務を終えると、そこから11時間は翌日の仕事を開始できないゾーンであることが分かりやすく表示される勤怠管理システムを活用してもらっています。今はITテクノロジーをうまく使えば、管理する側の煩雑さを回避しつつ、本人もうっかり11時間未満の休息で仕事をしてしまわないように、みんなが使いやすいシステムを利用できるので上手に活用してみてください。

ちなみに、中小企業に対する勤務間インターバル制度導入に関する支援策として助成金がもらえる制度があります。過去2年間で月45時間を超える時間外労働がある企業に限定されますが、条件が合うなら11時間の勤務間インターバルを就業規則に明記するだけで上限100万円の助成金がもらえるのでぜひ活用してください。

十分な睡眠がイノベーションを生み出すきっかけに

――勤務間インターバル制度の導入などにより、企業が変わっていく様子をどのように感じていますか?

最初は、残業時間を減らして法令違反をなくす、残業代を浮かして利益率を上げることが目的の企業が多いですが、実際にやってみて一番喜ばれるのは若手の発言が増えたことや、従業員とその家族の関係性が良くなったということです。 

愛知県の輸送用機器メーカーでは残業時間を75%削減できたのですが、それだけでなく、若手からの発言が増え、イノベーティブな社風になったと喜ばれています。さらに、従業員から「早く帰宅して家事を手伝うことで家族に喜ばれた。家族との時間が増え、仕事のモチベーションがアップした」という声も寄せられています。

さらに、新潟県にある建築屋根金具製造メーカーでは、属人化していた仕事のやりかたを見直して11時間の勤務間インターバルを導入し、現在は月間残業時間がなんと1時間だけです。男性の育休取得率100%を達成し、従業員の家庭に生まれる子どもの数が4.5倍になったという効果をもたらしました。この企業の従業員の家族からは「1人目が生まれたときにちゃんと夫が育児をしてくれたので、この会社に勤めていたら、2人目、3人目を持っても自分が孤独になることはないと感じられて、安心して子どもを産めた」という声もいただいています。

11時間のインターバルがあることで、きちんと眠れて家族と適切なコミュニケーションが取れる。すると家族との関係性も良くなり、仕事を応援してもらえるなどの好循環が生まれます。こうしてワークエンゲージメントが高まることで、ビジネスのイノベーションを起こし、それによって新製品、新サービスが生まれ、業績が上がっていくということにつながるわけです。

――勤務間インターバルの11時間を設けても睡眠にあてない人もいるかもしれません。その点はどう考えたらよいですか?

確かに、その時間をどう使うかは本人任せです。そこで重要なのが、11時間の有効な使い方についての正しい知識を一人一人の従業員が持つために勉強会や研修を開催しましょう。時間に余裕が生まれたときに、副業など他のことをしたら自分の財産が増えるという感覚を持つ人もいるかもしれませんが、研修等で「現役時代に6時間以下の睡眠時間だと、定年後に認知症になるリスクは1.3倍ですよ」などのデータを知らせることが重要です。それだけのリスクを負うことが、果たして自分の人生において有益なのかどうか、答えは明らかではないでしょうか。人生100年と言われる時代。睡眠に対する正しい知識を取り入れ、従業員の皆さん一人一人が豊かな人生を送れるような仕組みをつくっていきましょう。




※記事内で取り上げた法令は2022年8月時点のものです。

(※1)…公益財団法人日本生産性本部 OECD加盟諸国の労働生産性(2020年・就業者1人当たり/38カ国比較)

<取材先>
株式会社ワーク・ライフバランス 代表 小室淑恵さん

2006年創業。“福利厚生のひとつ”ではなく、業績を上げるための「経営戦略としてのワーク・ライフバランス」を実現するべく、働き方を根本から変えるコンサルティングを2,000社以上に提供している。

TEXT:岡崎彩子
EDITING:Indeed Japan +笹田理恵+ ノオト