不妊治療と仕事の両立に悩み、職場に打ち明けられないまま追い詰められて退職を選ぶ人がいます。本人にとってはそれまでのキャリアが中断され、企業にとっても人材を失うことになるため、こうした事態をなくすためにも企業側の努力が必要でしょう。不妊治療に取り組む人が増加傾向にあるなか、不妊治療への支援体制を打ち出すことは採用面でも一つのアピールポイントになります。

不妊に悩む人たちの心のケアや、企業や教育機関への啓発活動に取り組む一般社団法人MoLive(モリーブ)代表の永森咲希さんに、不妊治療に取り組む従業員を支援する社内体制の整え方についてお話を伺いました。

不妊治療の概要と当事者心理を知っておく

――不妊治療に関して、人事・労務担当者はどのような知識を身に付けておくべきでしょうか?

企業の人事・労務担当の方々には、不妊治療がどのような治療でどのくらい通院の必要があるのかについては最低限知っておいていただきたいです。というのも、不妊治療をする当事者の実状を知らなければ、従業員を支援する社内の制度設計も当事者主体のものにはならないからです。

さらに、不妊治療にあたる当事者が、通院や体調のコントロールに悩み、どんなストレスを抱えているのか、中には不妊治療のことは話したくない人もいることなど当事者心理についても知ってほしいです。

まだまだご存知ない方が多くいらっしゃいますが、不妊の原因の約半分は男性側にあります。男性不妊の場合は、男性の治療法は極めて少なく、生殖補助医療を受けるケースがほとんどです。その場合、通院するのは女性です。つまり、男性に原因があっても、生殖補助医療を受けるために頻繁に医療機関に通わなければならないのは女性ということになります。不妊というと女性の問題と捉えられがちですが、そうではなく、男性でも悩んでいる方は大変多いということを知っていただきたいです。これは、女性の問題ではなく社会の問題なのです。「私、不妊治療をしたいと考えています」と勇気をもって告白する女性社員がいたとしたら、それはその女性の問題ではなく、パートナーの問題かもしれないということも意識していただければと思います。

人事・労務担当者がこのような知識を得ることで、どれくらいの休暇が必要なのかといった、実状に見合った、また当事者の視点に立った制度について考えられるようになるでしょう。

こうした知識は、人事担当者だけでなく部下を持つマネジメント職の人にも必要です。部下を一人でも持つ人は、いつ部下が「不妊治療をしたい」と意思表示してくるか分かりません。その時のために、不妊治療や当事者心理がどういうものか、知っておくことが重要です。本人への対応もそうですが、どれだけ仕事に影響が出るかを予想してその対処をすることや、より良い仕事の進め方を考えることもできるでしょう。これは職場の環境整備につながりますし、上司に十分な知識があることが分かれば当事者が安心できるという側面もあります。

ライフイベント全般の支援策に組み込む

――就労と不妊治療を両立するための支援制度をつくるときに大切なことはどのようなことでしょうか?

不妊治療の支援制度を考えるときに、その制度を不妊治療に特化したものにしないことが大切だと私は考えています。なぜなら不妊治療をしていることを周囲に知られたくない人がいるために、せっかく制度を準備しても利用してもらえない可能性があるからです。であれば、不妊治療に特化した制度ではなく、産休・育休や介護、メンタルヘルス不調、がんといった疾病支援などの支援制度の中に不妊治療を組み込むのが、当事者にとって利用しやすいのではないかと思います。

具体的な支援策の一つが休暇制度です。なかには、不妊治療休暇単独の休暇制度として年3日などと定めている企業がありますが、これは不妊治療に見合った日数ではありませんし、不妊治療をしていることを会社に伝えないと使えなくなってしまいます。不妊治療休暇を、疾病休暇や介護休暇などと同じ休暇制度に組み込み、十分な日数で休めるような制度設計を検討いただければ、より実効性のある制度になるのではないでしょうか。

働き方の面では、コロナ禍でより身近になったリモート勤務を継続活用するのが有効でしょう。成果を出せば、時間や場所を選ばず、その人に合った働き方ができる時代になりつつありますから、通院を続けながら自分の働きやすい場所や時間に仕事をすることも可能です。こうしたリモートによる働き方を上手に活用すれば、当事者・企業の双方にとってメリットがあると考えますし、まさに時代性のある柔軟で多様な働き方を実践しているといえるのではないでしょうか。

また、不妊治療をするなかで、精神的に辛いことや様々な悩みも生まれます。不妊治療中であることを会社の人に伝えられたとしても、こうした悩みについては誰にでも相談できることではなく、一人で抱えこんでしまいがちです。こうした辛い気持ちを相談できる場として、我々MoLive(モリーブ)では、生殖心理やキャリアの問題に精通した国家資格を持つカウンセラーがオンラインで相談を受け付ける相談窓口を開設しています。他にも、相談窓口を設けている機関や団体がありますので、企業として従業員が不妊治療の悩みについて外部の専門家に相談できる体制を整えておくのも治療に取り組む従業員の大きな支えになります。

人材流出を防ぎ、企業イメージもアップ

――不妊治療を続けられるような社内体制を整えることによって、企業にはどのようなメリットがありますか。

社内的なメリットと、社外的なメリットの両面があります。

まず、社内的なメリットは、会社に対する従業員の信頼が増すことでしょう。企業が、仕事と不妊治療の両立支援に真摯に取り組んでいることが分かれば、それは従業員のロイヤリティーにつながりますし、人材の流出を防ぐことにもなるかもしれません。企業が不妊治療にもきちんと対応する体制であるということは従業員の安心感につながります。

大切な従業員が、不妊治療をしていることを会社に言えないまま働き続けることができなくなって辞めてしまうケースもあり、そうなれば従業員にとっても企業側にとっても大きな損失です。社内体制を整えてこうした事態を防ぐことができれば、双方にとってメリットになるはずです。

社外的なメリットは、企業価値が上がることでしょう。女性活躍推進が謳われて随分経ちますし、最近はダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)や、SDGsに取り組む企業が増えていますが、単に理念や目標を掲げるだけでなく、具体的な施策が実行されているかどうか、その本質が問われる時代ではないでしょうか。不妊治療に取り組む従業員が働きやすい環境を整備することは、D&IやSDGs、女性活躍推進に寄与することです。不妊治療について実状に見合った対策を取り、実行に移せていると発信することで企業価値が上がると考えています。また、不妊治療へのサポート体制についても発信することで、名実ともに従業員のライフイベントを大事に考える企業と印象づけられ、就職希望者が増えるなど採用面でのメリットにもつながるはずです。

企業にとって、不妊治療をする従業員を支えることは簡単なことではなく、難題も多いでしょう。管理職の立場の方からすると、頭を抱える問題といえるかもしれません。それでも、不妊治療に対する支援策を講じることは、経営者にも従業員にもメリットを生み出します。不妊治療に対する知識を深め、支援体制の整備をぜひ検討いただければと思います。




<取材先>
一般社団法人MoLive(モリーブ) 代表 永森咲希さん
6年間、不妊治療を行った自身の経験などから、不妊に悩む人たちの心のケアに取り組む一般社団法人MoLive(モリーブ)を2014年に設立。オフィス永森代表。不妊カウンセラー、キャリアコンサルタントの資格を持ち、カウンセリングや交流会などの活動を通じて当事者支援を行うほか、企業や教育、医療機関とも連携して、不妊を取り巻く様々な課題解決に取り組んでいる。

TEXT:岡崎彩子
EDITING:Indeed Japan +笹田理恵+ ノオト