第7回 株式会社東京スター銀行 武居卓さん
【プロフィール】
担当業務:IT部門担当人事(中途採用、配置・異動、評価、労務など)、全社的な人事施策
業務歴: 6年間の新卒採用担当を経て、2021年4月から現業務を担当
前職はベンチャー企業で社長直下の人事職を担当。2015年に同行へ入行し、新卒採用の主担当として採用計画の立案から実行まで一連の業務を実施する。
前職と比較して組織が大きく部署が多岐に渡ることで、新卒採用における組織のニーズをつかむ大変さに直面した。「どう現状を分析して、答えを導くべきか」と悩みながら、試行錯誤を重ねる。その結果、社内外でヒアリングを行って仮説を作り、フィードバックを受けて更にブラッシュアップしていくという、「人事の基本」となる行動パターンを学んだ。
喜びを感じる瞬間は、自身が採用に関わった社員が活躍していると配属先から聞いた時。そして、本人からやりがいを持って働けていると直接聞けた時。
採用人事の担当者におすすめしたい3冊は?
◆『峠(上・中・下)』
(司馬遼太郎著/新潮社)
舞台は幕末期、長岡藩の家老を務めた河井継之助が主人公の歴史小説です。
武士がつくりあげた封建制の終わりを予見しつつ、新政府軍とも旧幕府軍とも異なる道を模索する継之助は長岡藩の武装中立化を目指します。長岡藩はわずか7万の兵で新政府軍と直談判するものの失敗。まもなく戊辰戦争最大の激戦とされる北越戦争が幕を開けるのです。
最初に読んだのは大学2~3年生の頃で、矛盾のなかにある継之助と将来に悩んでいた自分を重ねて強く共感しました。
人間は万事矛盾に取り囲まれていて、その矛盾に即決対処するためには自分自身の原則をつくり出さねばならない。その原則さえあれば、そこに照らして矛盾の解決ができる、と継之助は語ります。「原則をさがすことこそ、おれの学問の道だ」と言い切る姿が印象的です。
幕末に進歩的な思想を持ちつつも、長岡藩の家老であり武士としての立場で何を為すべきかを考え抜いた継之助の生涯から、制約の中でも最善を尽くそうとする確固とした意志を感じました。強固な意志を持つ継之助の人物像に触れて、「志と覚悟を持って自分の人生を生きたい」という気持ちになったことを覚えています。
組織の問題解決をする人事は、さまざまな矛盾に板挟みになることが多い仕事です。皆さんも継之助の常に本質を見極めようとする姿勢から、多くの気づきを得られるのではないでしょうか。
◆『マネジメント・テキスト 人事管理入門(第3版)』
(今野浩一郎、佐藤博樹著/日本経済新聞出版)
2002年に初版を発行して以来、社会状況の変化に合わせてデータの刷新や新たなテーマが加えられ、第2版、第3版と改訂されているロングセラーです。著者の狙い通り、「人事管理のいま」を知ることができる標準的な教科書としておすすめです。
この本は前職時代、初めて人事になった2010年頃に手に取りました。人事機能の背景にある構造を簡潔かつわかりやすく解説していて、当時手当たり次第に読んでいた人事関連の本のなかでは最も参考になりました。
人事管理の基本システムとしての社員区分制度、格付け制度をはじめ、サブシステムとしての採用、配置、評価、報酬、昇格・昇進、能力開発など、それぞれの実状と背景にある問題点が理解できます。「自社が現在どのような仕組みのもとで運営されているのか」、「その仕組みはなぜ形成されたのか」という歴史的な視点をキャリアの早い段階から獲得しておくと、将来新たな仕組みを検討する際に必ず生かせるはずです。
本書を読み、「現状の仕組み」に対する理解が深まったことで、経営層や現場社員が抱えている課題をより深く認識できるようになりました。また、流行りの人事施策に安易に飛びつかない思慮深さが培われたのも本書のおかげです。
人事の全体像が非常に良くまとまっているので、どこを読んでも勉強になります。人事担当者になったら、最初に手に取ってほしい本ですね。
◆『パフォーマンス・コンサルティングII 人事・人材開発担当の実践テキスト』
(デイナ・ゲイン・ロビンソン、ジェームス・C・ロビンソン著/鹿野尚登訳/ヒューマンバリュー)
人材開発における基本コンセプトの解説や、人材育成のニーズを適切に把握するためのインタビュー方法など、人材開発分野にたずさわる人に向けて書かれた実践的テキストの第2版です。
本書の特徴は、人事・人材開発担当の「顧客」である経営幹部や現場とのコミュニケーションの取り方にフォーカスしていることです。経営幹部と信頼関係を築くためのモデルや、経営幹部や現場が要求するソリューションの実現に向けて、どのようなステップで協働していくべきかが多くの事例とともに紹介されています。
もとは人材開発部門の担当者向けに書かれた本ですが、人事を含む間接部門のスタッフがフロント部門の事業の業績向上を目指してどのように仕事を進めればいいのかがわかります。経営幹部や現場の成果と、人事としての自身の仕事を着実に結びつけるために、ぜひ読んでいただきたい一冊です。
私が本書に出合ったのは、人事としてのキャリアをスタートして2~3年目、人材育成を初めて担当した頃です。人事になる前は法人営業職だったので、顧客とのコミュニケーションと提案型営業の共通性を強く感じながら読みました。
本書を読んでからは、短期的な「戦術レベル」の成果で満足するのではなく、長期的な「戦略レベル」の成果とソリューションを強く意識しています。また、経営幹部や現場と話す際に、ただ状況や要望を聞くのではなく、具体的な質問リストを用意して背景を探り、真のニーズを把握しようと努めるようになりました。その姿勢は相手にも自然と伝わり、信頼関係の構築にも役立ったように思います。
【現役の人事担当からのメッセージ】個人や組織に対して自分が正しいと信じられることをしよう
人事の仕事で難しいのは、絶対的な正解がないなかで経営や現場とともに意思決定をしていく点だと思います。
たとえば採用にあたり、「どんな人材を採用すべきか」というテーマでディスカッションの場を設けるとします。出席する社員の立場やこれまでに培われた人材観によって、おそらく各々の答えは大きく異なるでしょう。
そうした状況でも、人事担当者は組織や人に対する知識・原理原則を守りながら、適切なコミュニケーションを繰り返して自社としての答えを導き出さなければなりません。その作業はとても難しくて根気がいることです。
また、苦労してソリューションを導き出して実行しても、営業職のように目に見える成果が上がるとは限りませんし、成果が上がるまでのタイムラグが発生することも多いものです。
だからこそ、人事を志す方には周囲の評価を気にするのではなく、「個々人や組織にとって自分が正しいと信じられることをしよう」という意識を持ってほしいです。そのための継続的な努力も欠かせません。
そうは言っても私自身、学んでも上手く実践できないことや、日々の仕事に忙殺されて人事になった頃の志が疎かになることもあります。そのたびに、読書を通じて自分を戒めるようにしています。
TEXT:合戸 奈央
EDITING:Indeed Japan +ノオト