デザイン思考とは何か
デザイン思考とは1990年代からアメリカで提唱されてきた、課題解決のための思考メソッドです。以前からデザイン思考を実践してきた米国IDEO社は、公式サイトでデザイン思考を次のような言葉で解説しています。
「デザイナーがデザインを行う時に用いる思考方法をビジネスや経営に活かしていくアプローチ」
「対象の人々に耳を傾ける人間中心の設計」
引用:IDEO DESIGN THINKING
具体例を挙げてみましょう。
小型の家電製品を開発するとき、一例としてエンジニアはモーターの性能向上や新しい制御技術の導入を、商品企画部はさまざまな機能を搭載し、スペックを向上させながら販売価格を抑えることなどに注力します。
これらは多くの場合、定量的な数値目標として設定が可能で、また現在の技術や市場の状況から論理的に一定の答えが導きやすい傾向にあります。そのため、結果として各社とも同じような製品となってしまうケースが珍しくありません。
一方でデザイナーは、ユーザーの好きな色やスタイリングに加え、高齢者や子どもでも扱いやすい形状、家庭でどのように使用されているかなども考えながらデザインを提案します。これらは多くの場合、感覚的で定性的な目標となるため、多数のユーザーの意見を聞き、使用シーンを観察することが必要になります。
さらに、こうした目標に対する答えは一つとは限りません。そのため、アイデアをスケッチなどにより可視化する、いくつかのモデルを試作してユーザーの意見をヒアリングする、などのユーザーに寄り添った開発が求められます。
このように「ユーザーに寄り添った、人間中心といわれるプロセスによって、定性的な要求を満たす思考方法によるアプローチ」がデザイン思考と呼ばれるものです。
デザイン実務のプロセスや、デザイナーがどのようにアイデアを発想するのかを理解することは、新しいアイデアを形にしていく上であらゆる業種にも応用できます。
近年では、新しいアイデアが求められるイノベーションに有効な手段と考えられて、積極的にデザイン思考を取り入れる企業が増えています。
デザイン思考の5つのプロセス
デザイン思考は、大きく次の5つのプロセスに分けられます。
1.共感
大勢のユーザーから意見を聞き、ニーズや問題点を共有することで共感する。
2.定義
共感で明らかになった情報から、最も重要な課題を明確化し定義する。
3.概念化(発想)
チームで協力して多くのアイデアを発想することで解決策を考える。
4.試作
スケッチを描く、モデルを作るといった作業を通して、アイデアを具体化する。
5.テスト
具体化されたアイデアをユーザーなどに評価してもらい、必要に応じて修正する。
以上の5つのプロセスに沿ったデザイン思考のアプローチによって、企業は次のような効果を得ることができます。
◆拡散と収束の繰り返しによるアイデアの創出
「共感」では多くのユーザーの声や事例を収集(拡散)し、「定義」ではその中から最も重要な課題を明確化(収束)します。「概念化」では課題解決に向け多くのアイデアを発想(拡散)し、そのうち何案かを「試作」(収束)して「テスト」します。こうした拡散と収束のプロセスを繰り返すことで精度を上げ、それまでにないアイデアの創出に至る可能性を高めます。
◆各種ツールを用いた可視化によるメンバー間での意識の共有
デザイン思考の各プロセスには、思考を可視化することで整理する数多くのツールの使用が推奨されています。
たとえば、定義のステージで使用される「カスタマージャーニーマップ」というものがあります。これは簡単に説明すると、顧客(カスタマー)がある製品やサービスを利用する際にたどる道のり(ジャーニー)をまとめた地図を意味するフレームワークです。
カスタマージャーニーマップでは、ユーザーの行動などを観察しながら、置かれた状況(プロセス)と接点から時間軸に沿って思考や感情をマップとして記入していきます。ユーザーが関わりを持つ人やモノを記述する接点という概念を通して、経験を一目でわかるように記述できるのがメリットです。
また、グループで制作することで、ユーザーの感じる問題点をメンバーで共有することも容易になります。
このようにデザイン思考における可視化とは、絵を描くといったことに限らず、キーワードなどを一定のルールに従って配置することで、イメージを共有することなども含まれるのです。
デザイン思考がもたらすメリットと落とし穴
デザイン思考を導入することによって、企業には次のようなメリットが期待できます。
◆メリット
- ゲーム感覚のプロセスによるチームビルディング
- 可視化(表現)ツールの活用による問題意識の共有
- 個人戦より団体戦の意識が高まる
中小企業のように同じメンバーで仕事をすることの多い環境では、知らず知らずのうちに年長者やベテラン社員の意見が尊重される場面が多くなりがちです。しかし、デザイン思考のツールを活用することで、若手も含めた全員のアイデアを吸い上げ、キーワードとして配置することができるようになります。結果として、これまで気づかなかった課題を発見できるかも知れません。
◆落とし穴
デザイン思考は非常に有効なメソッドですが、それを魔法の杖のように期待してしまうと、思うような成果に結びつかないこともあります。
デザイン思考における概念化(発想)では、テストを前提に柔らかなアイデアを出すことが目的となります。ですから、1回のプロジェクトで出たアイデアを早急に結論にしてしまい、それに向かって突き進むと思わぬ失敗となることもあります。複数回のテストを繰り返し、その都度で改善していくことが重要です。
デザイン思考を導入する際のポイント
初めてデザイン思考を社内に導入するのであれば、次のようなステップを踏んでいくとよいでしょう。
- デザイン思考のプロセス、代表的なツールの目的や使用方法を学習する。
- 多様なメンバーを集め、チームビルディングから始める。
デザイン思考の入門書はすでに多数出版されています。メンバーの多くがデザイン思考の未経験者である場合は、初心者向けに書かれたデザイン思考に関する本を参照すると良いでしょう。フォーマットに沿って記述し、各プロセスで使用される代表的なツールを把握することで、一定のレベルはクリアできるはずです。
また、デザイン思考は多様なメンバーが一つのチームとなることによって、最大の成果を得ることができます。同質性の高いメンバーではなく、さまざまな属性やバックグラウンドを持つ多様性の高いメンバーを意識的に集めた上で、チームビルディングを行っていきましょう。
デザイン思考はあらゆる業種に応用が効く課題解決手法の一つとして、有効といえます。
<取材先>
伊豆裕一さん
静岡文化芸術大学名誉教授。東芝デザインセンター、東芝アメリカ家電社デザインディレクターなどを経て現職。研究分野はデザイン科学。最新の著書は『はじめてのデザイン思考』。
TEXT:阿部花恵
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト
