「ダイバーシティ」の実現で、多様な人材が集まる組織に
自社でDEIを推進するにあたり、まずその本質を理解する必要があります。DEIとは「ダイバーシティ(Diversity)」「エクイティ(Equity)」「インクルージョン(Inclusion)」のことです。ダイバーシティ(多様性)があるだけではなく、公平で包括的に扱われている状態を意味します。
ダイバーシティ(多様性)とは組織や職場、チームのなかで「ある属性(例:性別、年齢、国籍、経歴)」がどの程度分散しているのか、つまり、集団における属性の分散のことを指します。これは比率や多様性指数などの数値で客観的に測定できます。
たとえば、A社における性別の分散(比率)を測定したところ、女性従業員が40%でした。このように数値で示すことで、誰がみても「ある属性の分散状況」を判断できるものです。
◆ダイバーシティの属性
ダイバーシティには「表層」と「深層」があります(図1)。
図1:ダイバーシティの次元(図提供:谷口先生)
「表層のダイバーシティ」とは、年齢や性別、障害の有無など人が生まれ持ったものであったり、個人の意思で変えにくかったりするものです。一方、知識やスキル、価値観、勤続年数など、外観から見ただけでは判断できないものは「深層のダイバーシティ」と呼ばれます。
同じ職場でも、どちらの属性で見るかによって多様性の程度が変わります。例えば、性別(表層)で見ると多様ではない職場でも、勤続年数や経歴(深層)で見ると多様になっていることがあるのです。
人は様々な属性を持っています。多様性は「人がもつ様々な属性」が相互に関連し合っていて、特定の属性の多様化を進めると他の属性で逆行することもあります。ビジネスにはプライオリティがあるため、経営者は目標に合わせ、自社で最も求められる多様性とは何かを判断するのがポイントです。
◆ダイバーシティの捉え方
さらに、多様性には「種類」「距離」「格差」という3種類の捉え方―側面があることにも注意しましょう(図2)。それぞれ着眼点と目指す姿が異なりますが、相互に関連し合っているからです。
図2:種類の多様性(谷口先生提供資料・インタビュー内容をもとに、距離の図のみ修正)
「種類の多様性」とは、知識やスキルなどのメンバーの違い(種類)に着目する捉え方です。この違いには、優劣のような価値判断はありません。種類の多様性に着目する立場が目指す姿は、経歴が異なるメンバー同士の異なる知識やスキルなどを生かし、創造的な問題解決を行うことです。
「距離の多様性」とは、職場や集団内で、メンバー同士の価値観が離れている程度(距離)に着目します。たとえば、勤務時間と生産性に対する価値観を測定した結果、Aさんは「就業時間を超えてでも今日中に仕上げた方がプロジェクトがうまくいく」と考えますが、Bさんは「能率が悪くなるから仕事を切り上げて明日取り組んだ方が効率的だ」と考えます。AさんとBさんに乖離がありました。価値観の違いによって優劣関係が逆転します。
しかし、このような乖離があると、コミュニケーションがうまくいきません。よって、距離の多様性が目指す姿は、この距離を縮める(同じ価値観をもつ)、あるいは相手の価値観を許容し互いに理解し合い、コミュニケーションを円滑にすることです。
「格差の多様性」とは、組織や社会において影響力の偏りに着目する捉え方です。たとえば、特定の属性(たとえば女性)に対して権限や報酬などが与えられず、もう片方の属性(たとえば男性)に権限や報酬が偏り、双方に格差が生まれることがあります。格差の多様性に着目する立場が目指す姿は、役員が男女半々になっているなど、格差が解消されている状態です。
このように、ひとくちに「ダイバーシティ」と言っても、捉え方によって目指す姿が異なります。職場で起きている多様性の問題に対処するとき、3つの捉え方があると理解した上で、目指す姿に合わせた取り組みを行ないましょう。
ただし、「種類」「距離」「格差」のどれか1つだけに着目しても、目指す姿には近づけません。3つは関連し合っているからです。
たとえば、イノベーションを起こしたいとき、種類だけに着目すると、距離や格差の問題が表出してしまい、創造的な問題解決に至らない場合があるのです。格差を埋めることで、異なる属性どうしが互いの意見に耳を傾けやすくなり、互いに「種類の1つ」として価値創造の役割を担い、各メンバーがもつ違いを活かしやすくなります。また、距離を埋めることで、種類のうえでは違いのあるメンバー同士が共通のゴールをもつことができ、そこに向かって協力し合い、効率的に働けるでしょう。
企業が多様性に取り組む際は、3つに優先順位をつけ、戦略を立てることがポイントです。
公正な評価が離職率の低下につながる「エクイティ」
人材が多様になると浮上してくるのが「エクイティ(公正)」の問題です。
「エクイティ(Equity、公正かどうか)」とは、フェアかどうかを測定する原理原則の1つです。ほかにも「イクオリティ(Equality、平等かどうか)」と「ニーズ(Needs、ニーズに合っているかどうか)」の原則があります(図3)。世の中の制度は、これらのバランスで決まっているのです。
図3:フェアかどうかを測定する原理原則(図提供:谷口先生)
イクオリティの原則に従うと、集団への貢献度合いには関係なく、全員に等しく同じものが分配されます。一方、貢献度合いに応じて分配されるのが、エクイティの原則です。また、ニーズの原則に従うと、必要度合いに応じて分配されます。
このうちのエクイティについては1960年代から研究が行なわれていますが、成果主義、組織の構造改革による配置転換、ワーク・ファミリー・フレンドリー施策がアメリカ企業で導入されるようになると、1980年代から1990年代前半に、処遇が公正かどうかの議論がいっそう活性化しました。そして、組織でフェアかどうかを測定する基準が主に2つあることが示されました。それが「分配的公正」と「手続き的公正」です(図3)。
分配的公正とは、「インプットとアウトプットの関係が公正だと認識されているかどうか」です。会社に貢献した結果、それに見合う報酬や権限、評価を得られたとき、従業員は分配的に公正だと感じます。
一方、手続き的公正とは「分配の結果に関わらず、その分配を決める意思決定の方法が公正だと認識されているかどうか」です。たとえば、ある従業員が会社に貢献した結果、それに見合う報酬などが得られなかったと認識しました。しかし、その分配の結果を決めるに至ったプロセスに納得できれば、従業員は手続き的に公正だと感じます。
この2つの公正は、従業員が自身と誰かを比較することで決めています。たとえば、「同期と比べて昇進が遅れているが、上司はきちんと評価してくれた」と感じれば、手続き的公正が高まるのです。
「分配的公正」と「手続き的公正」に注意してエクイティに取り組まなければ、従業員のストレスが溜まり、離職につながるので注意しましょう。
とはいえ、リーダー自身が「フェアに対応している」と思っているだけでは、十分な取り組みとはいえません。従業員が実感している必要があるため、一人ひとりに「比較対象は誰か」「エクイティが達成できていると思うか」をヒアリングすることが重要です。それが分配的公正と手続き的公正を高めることにもつながります。
個々人の能力を発揮できるようにする「インクルージョン」
エクイティと同じく、職場の個々人の主観に関わるものに「インクルージョン(包括)」の概念があります。多様な人材それぞれの能力や経験、スキルを活かすのに必要なのが「インクルージョン」です。
そもそも、ダイバーシティでパフォーマンスを上げようとする取り組みは1980年代前半、アメリカで始まりました。従業員の深層の多様性により着目して、それぞれがもつスキルや知識、能力をさらに活用するため、組織を変えて制度化し、管理職のマネジメント能力を上げるなどして、ダイバーシティをマネジメントする取り組みが始まったのです。
人口統計学上のマイノリティの採用を行なうなど、組織構造を変えたり制度を整えたりすることが、アメリカ国内のあらゆる会社で一巡しました。
しかし、それだけでは採用した多様な人材を活かしきれません。そこに集められた多様な人々は、自分の居場所があることを実感しておらず、能力や経験を活かせないからです。そこで「インクルージョン(包括)」の概念が注目され、2000年代前半以降アメリカで「ダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)」がブームになりました。
D&Iとは多様性を認識するだけではなく、それぞれの違いを受け入れて尊重し、個人の力が発揮できる環境を整えていくことです。これはパーティーへの参加に例えられることがあります。
ダイバーシティとは、パーティーに多様な人が出席している状態です。しかし、誰にも声をかけられないと、参加者は受け入れられている実感をもてません。そのとき、「一緒に踊ろう」と誘われるのがインクルージョンです。誘われた人は、自分の存在を認められたと感じ、自分の力を発揮しやすくなります。
インクルージョンの推進時は、個々人が「自分の居場所があり、自分のアイデンティティをもとに職場の価値に貢献している」と実感していることが重要です。社内の組織風土調査などを実施して、従業員の意見をヒアリングしてみましょう。
経営者と従業員の距離が近い中小企業では目が行き届きやすく、従業員へのヒアリングは大企業よりもきめ細かく行なうことができます。中小企業の多くは「ダイバーシティ制度を整える余裕がない」と言いますが、制度を運用する実践力自体は、むしろ大企業よりもあるとも言えるのです。
取り組みの結果、インクルージョンが推進されれば、離職率が下がります。従業員は、自分の居場所があり企業の一員として価値を創造できているという手ごたえを感じるからです。加えて、それぞれが力を発揮できる組織となるでしょう。
推進に必要なタイミングを見極めて、DEIの効果を高める
多様な人材を受け入れながら、公平性を担保できる組織づくりのために、多くの企業でDEIの取り組みが活発になっています。しかし、世の中で流行っているからといって、やみくもにDEIを推進しようとしても成果は得られないので注意しましょう。
そもそも、大前提となるダイバーシティが進んでいない会社もあります。たとえば、多様な人材を採用していない、あるいは多様性が事業の成長につながりにくいと考える会社では、何のためのダイバーシティなのか、何をインクルージョンするのかが明確になりにくいです。また、厳格な年功序列制の会社で評価制度を今後変える必要がなかったり、育児休業制度を利用する従業員がおらず仕事の負荷が特定のメンバーに偏ることがなかったりするようであれば、エクイティも問題になりにくいとも言えます。
このように必要としない段階でダイバーシティ、インクルージョン、エクイティ各々を推し進めても、従業員は「なぜ、それに取り組む必要があるのか」を実感できず、行動を変えられないのです。
そうならないように、経営者は目的と会社の現状をおさえた上で、今の自社にとって最も必要とされている概念から取り組みましょう。その結果、全員が取り組みに対して納得でき、管理職など現場のリーダーだけではなく、メンバーそれぞれの行動が変わり、自社の目指す姿に近づくことができます。
<インタビュー内容及び監修>
早稲田大学商学学術院 教授(国際経営論) 谷口真美
1996年神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了、博士(経営学取得)。2008年4月より現職。2013年8月より2015年3月まで、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院研究員。2020年度まで、経済産業省 ダイバーシティ経営企業 100選/プライム運営委員。2021年度は同省の人的資本経営の実現に向けた検討会委員。
国際経営論およびダイバーシティを専門としており、近年は、戦略変革の時期に応じたD&Iをテーマとした研究に取り組んでいる。
TEXT:流石香織
EDITING:Indeed Japan + ノオト