「カスタマーハラスメント」と「クレーム」の違いは
まず、「カスタマーハラスメント」は法律上の用語ではありません。また、企業や業界によって顧客対応基準が異なるため、カスタマーハラスメント(カスハラ)の内容については公的にも一義的に定義されていないのが現状です。
一方で、厚生労働省が企業へヒアリングを行い、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」 を策定しています。同マニュアルでは、企業の現場においては、おおむね以下のようなクレームが「カスタマーハラスメント」である、と考えられているとしています。
「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様(※1)が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」
(※1)態様(たいよう)……ありさま、様子の意
◆カスタマーハラスメントかを判断する2つの観点
上記の概念に従うと、カスタマーハラスメントと正当なクレームとの違いは次の2つの観点から区別できます。
- 要求内容に妥当性があるかどうか
- 手段が社会通念上相当かどうか
具体的な例に置き換えてみましょう。
たとえば、根拠もないのに大幅な価格の値引きを求めるように、契約内容を超えた過剰な要求は、内容の妥当性を欠きます(1)。また、クレーム内容に根拠があったとしても、長時間にわたる拘束や土下座を要求することなどは社会通念上相当性を欠くものといえます(2)。こうした事例の場合は、「カスタマーハラスメント」に該当すると考えられます。
カスタマーハラスメントから従業員を守るために
カスタマーハラスメントは、いわゆるB to C、直接顧客と接する業種において深刻な問題となっています。
厚生労働省による「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」 の中でも、流通業界や介護業界、鉄道業界では、顧客や取引先からの暴力や悪質なクレームなどには労働者に大きなストレスを与える悪質なものがあり、 無視できない状況にあるという問題が提起されています。
企業は、労働者の生命・身体の安全を確保しながら働けるよう配慮すべき法律上の義務(安全配慮義務)を負っています(労働契約法第5条)。
また、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)においては、顧客などからの著しい迷惑行為によって雇用する労働者の就業環境が害されないよう、企業は相談対応の整備や被害者への配慮のための取り組みを行うことが望ましいと定められています。
厚生労働省が作成した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、カスタマーハラスメントを想定した事前・事後の対応として次のような具体策を挙げています。
◆カスタマーハラスメントを想定した準備策
- 組織のトップが、カスタマーハラスメント対策の基本方針・基本姿勢を明確に示す
- 従業員のための相談窓口の設置、対応方法・手順の策定
- 企業内研修の実施
◆カスタマーハラスメントが起きた後の対応策
- 不相当な行為が繰り返される場合、従業員一人に対応させずに、複数名または組織的に対応する
- カスタマーハラスメントによって引き起こされた従業員のメンタルヘルス不調への対応を行う
一方で、自社の社員が取引先企業に対して、無理な要求を行ってカスタマーハラスメント加害者になるケースもあります。取引先の従業員に対して過度な要求や高圧的な言動を行うことは、相手からすればカスタマーハラスメントになるといったメッセージを、社内研修などで従業員に周知させていく必要性は今後ますます高まっていくでしょう。
カスタマーハラスメントで企業が取るべき法的措置
では、カスタマーハラスメントが紛争に発展した場合、どのような法的措置が必要になるのでしょうか。
◆刑事告訴・刑事告発の可能性
殴る・蹴るなど暴力を伴うものは「暴行罪」に、脅迫や暴行により人に義務のない行為を行わせる行為は「強要罪」にそれぞれ該当します。これらの刑法犯については、刑事告訴・告発の対応も検討します。
◆民事訴訟や民事調停の可能性
また、民事訴訟の提起も考えられます。事務所内の備品を壊された場合など、カスタマーハラスメントにより損害を被った場合は損害賠償請求をすることもできます。支払う必要のない金銭請求については、義務のないことを確認する債務不存在確認訴訟の提起も選択肢の一つとなるでしょう。
訴訟であれば裁判所の判断が出るまでに相当程度の時間を要しますが、仮処分であれば通常は数日から数週間程度で裁判所の判断が出ます。そのため、緊急を要する場合は仮処分が有用な手段となります。
たとえば、電話の回数・頻度が異常に多く、業務に支障をきたしている場合については「架電禁止の仮処分」を申し立てることが考えられます。
話し合いを求めるのであれば民事調停を利用します。ここでは第三者が間に入るため、当事者のみの交渉よりも、一般にカスタマーの冷静な対応が期待できます。
◆弁護士や警察への相談も視野に入れる
紛争に発展してしまった場合は、弁護士や警察に相談してみることをおすすめします。過剰な要求を伴うカスタマーハラスメントから従業員をどう守っていくべきか、実際にカスタマーハラスメントが起きる前に、企業は事前と事後の対応策を用意しておきましょう。
※記事内で取り上げた法令は2022年8月時点のものです。
<取材先>
Authense法律事務所 中村穂積さん
弁護士。東京弁護士会所属。東北大学法学部卒業。一般民事事件から訴訟対応まで幅広い案件を取り扱うとともに、上場企業(IT・AI)の法務知的財産部門におけるインハウスの経験も有する。
TEXT:阿部花恵
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト