悩みを聞き、自らの力で解決できるよう支援する
――ラインケアとはどのような取り組みなのでしょうか?
ラインケアとは、部長や課長などの管理監督者が行うメンタルヘルスケアのことです。管理監督者がいつもと違う部下の様子に気付き、部下からの相談を聞いて体調管理に役立てたり、職場環境の改善を考えたりして、ストレスの軽減などに取り組みます。
同僚間でのケアと異なるポイントは、指揮・命令権を持つ管理監督者が部下の兆候に気付いてケアすることで、業務内容の改善など労務への配慮が可能になることです。つまり、メンタル不調の原因となっている業務内容に対して、実行力を持って改善に取り組める点に大きな意味があります。
ラインケアは、厚生労働省が定める「労働者の心の健康の保持増進のための指針」に定められている取り組みで、その他にセルフケア、事業場内産業保健スタッフ等によるケア、事業場外資源によるケアがあり、ラインケアを含めた4つのケアをうまく機能させることで労働者の心の健康を守っていこうとする考え方です。
――4つのケアの関係性はどのように捉えたらよいですか?
4つのケアは密接に関係し合っています。まずはそれぞれのケアの内容について説明しましょう。
セルフケア・・・ストレスマネジメントなど、自身で行うケア
ラインケア・・・部長や課長など管理監督者によるケア
事業場内産業保健スタッフ等によるケア・・・企業内における産業医や保健師、衛生管理者など、企業が指定した担当者(医療職でない場合も含まれる)によるケア
事業場外資源によるケア・・・企業外の専門的な期間や専門家によるケア
これら4つのケアは個別に動くだけでなく、必要なときに連携していくことで効果を発揮します。たとえば、セルフケアができていなければラインによるケアが動き、そこで手に負えないときは職場内外の医療職につなぐといった具合です。当事者が一人で悩みを抱え込むことはもちろん、ラインケアを行う管理監督者が、その悩みを一人で抱え込んでしまうと状況が悪化してしまいかねないので、なるべく早く企業内外の医療関係者に相談することが重要です。
逆に、産業保健師が従業員の不調に気付いた場合は、労務の理解が不十分なため俯瞰的に把握できないという課題があります。4つのケアを連携させ、従業員の不調の改善、職場環境の改善に結びつけていくべきです。
厚生労働省が2020年に実施した「労働安全衛生調査」における仕事上の不安や悩み、ストレスの相談相手を尋ねたアンケート(複数回答)によると、一番身近な相談相手は「家族・友人」78.5%、次いで「上司や同僚」73.8%という結果で、産業医や保健師などの医療職に相談する人の割合はごくわずかでした。悩みやストレスがあっても、医療職のケア、事業場内外のケアにたどり着きにくい状況があるため、上司がラインによるケアをしっかり機能させることで、医療職では立ち入れない領域の問題にいち早く気付き、予防できる可能性が高まるでしょう。そこがラインケアの大きなメリットだと考えています。
いつもと違う状況が2週間続いたら不調のサイン
――管理監督者が「部下の兆候に気付く」ことが必要ですが、具体的にはどんなところに注意すればよいでしょうか?
メンタル不調者のサインに気付くための語呂合わせとして「けちなのみや」という言葉があります。「け:欠勤」「ち:遅刻」「な:泣き言を言う」「の:能率の低下」「み:ミス」「や:辞めたいと言い出す」というサインが現れたらメンタル不調の可能性があるというものです。覚えやすいので、知識として頭に入れておくと役立ちます。
一方で、こうした事例にとらわれず、「最近、いつもと様子が違う」という状況が2週間続いたら、それはメンタル不調のサインだとも言われています。その場合は上記に当てはまらなくても部下に声を掛けるなどしてケアをしましょう。また、「いつもと違う」と感じる違和感として、顔色が悪いなど身体的な異変に気付くことも大事です。
「心配してくれる人がいる」という安心感を生む
――ラインケアの実践において、どのような点に課題を感じていますか?
現場では、管理職の皆さんがラインケアの重要性を理解していても、実際にどのような行動をすべきか、具体的にイメージできていないケースがあります。
私が担当する企業の管理職の人たちを例に挙げると、前々からラインケアの大切さを伝えてはいたものの、特にアクションを起こす人はいませんでした。ある日、面談で管理職の一人から「最近部下の顔色が悪いので、面談してもらえないか」と言われました。その方は、それこそがラインケアだと認識しておらず、部下を心配する純粋な気持ちから発言されたのです。「まさにそれがラインケアですよ!」と伝えました。
――その後は、どう対応したのでしょうか。
該当社員との面談で悩みを聞き、本人の了解をとって管理監督者にフィードバックし、労務軽減の検討といった対処もすることができました。ラインケアは、知識と実感が結びつきにくい面があるので、管理職が行動を起こしてくれたときに「それがラインケアだ」と実感してもらえるよう話をすることでケアの実行力を高められると感じています。
ラインケアがどのようなものか分かれば、もっとしっかり部下を見ようという意識が高まります。また、部下は「上司が心配してくれている」と感じ、職場への信頼感が生まれます。誰かに見てもらっているという安心感はとても大きなもので、この気持ちが会社への帰属意識と生産性向上にもつながるという効果を生み出すと感じています。
<取材先>
Harmony~Life&Work~ 代表 藤吉奈央子さん
関西を中心に複数の企業で保健師として活動。産業看護職の育成に関わる傍ら、人事労務担当者・経営層向けの研修講師なども行う。また、大阪産業保健総合支援センターで相談員・両立支援促進員として大阪府内のがん拠点病院を中心に“治療と仕事の両立”に関する相談対応や医療職向けのセミナーなども実施している。
TEXT:岡崎彩子
EDITING:Indeed Japan + 笹田理恵 + ノオト