雇用保険マルチジョブホルダー制度とは
「雇用保険マルチジョブホルダー制度」とは、以下の条件を満たした労働者に限り、本人の申し出によって、特例的に雇用保険の被保険者(マルチ高年齢被保険者)となることができる制度です。
◆雇用保険マルチジョブホルダー制度の条件
- 複数の事業所で勤務する65歳以上の労働者であること
- 事業主の異なる2つの事業所での勤務を合算して、週所定労働時間が20時間以上であること(ただし、1つの事業所における週所定労働時間は5時間以上20時間未満)
- 事業主の異なる2つの事業所それぞれの雇用見込みが31日以上であること
従来の雇用保険制度は、主たる事業所(1つの企業)で「週所定労働時間20時間以上かつ31日以上の雇用見込み等」の労働条件を満たす労働者に適用されていました。要件を満たした労働者の保険加入は必須でした。
しかし、雇用保険マルチジョブホルダー制度は、あくまでも要件を満たした労働者本人の希望による任意加入です。ただし、一旦被保険者となったら、本人の意向で脱退することはできません。
雇用保険マルチジョブホルダー制度が新設された背景と目的
雇用保険マルチジョブホルダー制度が新設された背景として、複数企業で働く労働者の存在が挙げられます。これは、働き方改革の一環である「副業・兼業の推進」の影響といえるでしょう。
複数の企業で働く労働者であっても、失業給付はもちろん、教育訓練給付、雇用継続給付など各種給付サービスの需要は、単一の企業で就業する労働者と変わりません。一つの企業のみでの労働条件で雇用保険制度の加入有無を判断することが、雇用保険制度の趣旨にそぐわなくなってきたのです。
つまり、同制度は複数企業勤務者に対して、単一企業勤務者と同様の保護を目的としています。
なお、今回の新設による対象者は「65歳以上」とされていますが、同制度はまだ試行的な位置づけであり、効果の検証次第では将来的に年齢要件が撤廃されることも考えられるでしょう。
労働者から加入申請があった際の手続き
該当する労働者から、マルチ高年齢被保険者として雇用保険加入の申し出があった場合、企業は加入に必要な書類を準備し、労働者本人がハローワークで資格取得手続きを行うことになります。ちなみに、従来の雇用保険は企業が手続きを行います。
◆マルチ高年齢被保険者としての雇用保険加入の手続き
- 【労働者】雇用保険への加入を希望する労働者は、適用を希望する2つの企業に「雇用保険マルチジョブホルダー雇入・資格取得届」を提出し、事業主の記載事項への記入をそれぞれの企業に依頼する
- 【企業】事業主の記載事項(賃金や雇用形態、所定労働時間など)を記入し、加入手続きに必要なその他の書類(出勤簿や雇用契約書など)とあわせて本人に交付する
- 【労働者】両社から交付を受けた書類をマイナンバー登録届とあわせて自身の住所を管轄するハローワークへ提出する
届出された日が資格取得日となり、それぞれの企業および労働者本人宛にハローワークから資格取得の通知書等が交付されます。
雇用保険マルチジョブホルダー制度による企業への影響と注意点
同制度による企業への大きな影響は、労働者負担分を給与から徴収し、事業主負担分とあわせて雇用保険料を支払う義務が生じることです。労働者がマルチ高年齢被保険者として雇用保険の被保険者資格を取得した日以降、従来の被保険者と同様に雇用保険料を納付しなければなりません(令和3年度分であれば、一般の事業で賃金総額に対して事業主負担分6/1000、本人負担分3/1000)。
保険料の支払いを回避したいがために、この申し出を理由として労働者の解雇や雇止め、労働条件の不利益変更を行うことは法律上禁じられています。同制度への加入は、雇用保険法に定められた労働者の権利です。労働者からの申請があったら、企業は速やかに応じましょう。
また、マルチ高年齢被保険者の資格取得後、自社と労働者との雇用契約に変更がないにもかかわらず、ほかの就業先の離職や雇用契約の変更によって、マルチ高年齢被保険者資格を喪失することもあります。次のケースが該当します。
- 1つの事業所での週所定労働時間が5時間未満もしくは20時間以上になった場合
- 2つの事業所の週所定労働時間の合計が20時間未満になった場合、など
◆マルチ高年齢被保険者としての雇用保険喪失の手続き
- 【労働者】2つの企業に「雇用保険マルチジョブホルダー喪失・資格喪失届」を提出し、事業主の記載事項への記入をそれぞれの企業に依頼する
- 【企業】事業主の記載事項を記入し、喪失手続きに必要なその他の書類(出勤簿や離職理由のわかる資料など)とあわせて本人に交付する
- 【労働者】両社から交付を受けた書類を自身の住所を管轄するハローワークへ提出する
- 【企業】週所定労働時間が20時間以上になった労働者が属する事業所は、事業所の管轄するハローワークへ「雇用保険被保険者資格取得届」(通常の高年齢被保険者として)を提出する
企業は、自社と労働者との契約内容のみならず、ほかの就業先での勤務状況の変化についても、定期的に確認を行うなどの配慮が必要になります。
※記事内で取り上げた法令は2022年1月時点のものです。
<取材先>
社会保険労務士法人トムズコンサルタント 執行役員兼CTO 中山祐介さん
TEXT:塚本佳子
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト
