「初動調査」と「本格調査」に分けて実施する
自社の不祥事の原因を究明するために、「社内調査」は企業にとって大変重要なものです。実効性のある再発防止策を立て、顧客や社員、株主などに事態を正確に説明するための根拠となります。調査を行わなければ、不適切な対応や同じ不祥事の繰り返しが起きかねません。
多くの不祥事は様々な原因が複雑に絡み合って発生しているものです。たとえば「不良品を市場に出回らせてしまった」という事故であれば、製造から出荷まで全ての工程をチェックしたり、工場の機械を一台ずつ調べたりといった調査が必要になることもあるでしょう。関わった社員や顧客からも状況の聞き取りをしていると、調査が終わるまでに数カ月かかることもあります。
しかし「原因が分かっていないから」と対応を先延ばしにしていては、市場にどんどん不良品が出てしまいます。対応を急ぐため、社内調査は「初動調査」と「本格調査」の2つのステップに分けて実施することをおすすめします。
「初動調査」はごく短時間で、不祥事の存否や大まかな内容をつかみ、暫定的・応急処置的な対応を行うための調査です。いま起こっている状況を概ね把握したら、正確な原因は分かっていなくても、不良の疑いのある商品の出荷を取り急ぎ停止する、といった経営判断をします。経理の不正やハラスメントの疑いなど、トラブルの中心に社員がいる場合は、被害の拡大を防ぐために当該社員の一時的な自宅待機や配置転換を行うこともあります。
初動調査後は不祥事の応急処置と並行して、ある程度の時間をかけて根本的な原因究明を行う「本格調査」を開始します。先に述べた工程の確認や聞き取り調査を行うのはこのタイミングです。本格調査で不祥事の原因が判明したら、その結果をもとに恒久的な再発防止策を立案します。工程の改善や教育研修の充実、社内規定の改定といった措置が考えられるでしょう。不祥事に関わった社員に何らかの処罰を科す際は、本格調査の結果を根拠とすることが望ましいでしょう。
初動調査と応急的な措置のみでは不祥事の真因が残されたままですから、同様の不祥事を再発させてしまうでしょう。とはいえ、本格調査の結果を待っていては、いたずらに被害が拡大していきます。2つの調査を両方行うことが必要です。
調査チームの独立性を保つ
不祥事の社内調査では、社員の不正や違反を別の社員が調査することもあります。そのため、社内調査を担当するチームメンバーは事案に応じて変更し、調査対象となる事実への関与が大きい社員をチームから除外する必要があります。
具体的な例を挙げると、不正行為を行ったとされる社員の上司や部下など「ライン」に属する関係者は調査チームに入れません。不正が営業部で発生した場合には、当該社員、直属の上司や部下、営業担当役員も除外します。不正行為に関与した疑いがある社員はもちろん、上司や役員も管理責任を問われる立場であり、調査対象者となるためです。
社内調査を行う企業の中には、不正行為者の上司に調査を担当させる例が散見されます。しかし直属の上司や役員は部下への温情もあるでしょうし、自らの責任を追及されることを避けようと考えてしまい、十分な調査を行わない可能性も考えられます。調査担当者としては不適切でしょう。
安心して調査に協力できる工夫を
聞き取り調査をされる側の社員にとっては、たとえ事実であっても「会社に不利な証言をすると咎められるのでは」「今後の仕事がしづらくなるのでは」と不安を感じるものです。しかし、そのために曖昧な証言や事実の隠蔽があっては社内調査の意味がありません。
まずは経営者から、「社内調査でどのような証言をしても不利に扱うことはしない」「企業をより良くしていくために隠さず調査に協力してほしい」というメッセージを社員に伝えましょう。
そのうえで、さらに調査上の工夫も必要です。場合によっては、社外の顧問弁護士や会計士に聞き取りを依頼して社長や経営陣には内容だけを報告する、誰の証言か分からないよう報告書に掲載する、という方法もあります。それぞれの企業に合ったやり方で調査を進めていけばいいのですが、社員が「本当のことを言ってもよい」という安心感を持てるようにすることが肝心です。
また、人の記憶は曖昧なことが多いですから、聞き取り調査だけに頼りすぎてはいけません。本格調査では最初にメールのやりとりの履歴や証憑類、関連する資料といった客観的な証拠を集め、ある程度事実関係を把握してから聞き取り調査に着手します。資料だけでは判断できないことを聞き取り調査によって補うプロセスが望ましいでしょう。
社内調査の結果を生かし企業価値を高める
社内調査は今後の不祥事を未然に防ぐために欠かせませんが、企業にとっては厳しい現実に直面する経験でもあります。しかし、見たくないものから目を背けていては企業の成長はありません。
成功例として、反社会勢力との関係を疑われた企業が真摯に社内調査を行い、その結果を公表したことで信頼を取り戻し、株価も回復したケースがあります。また、ある家電メーカーは、リコールが必要になった製品について、「最後の一台まで回収する」という経営判断を貫き、長期間にわたって回収を呼びかけ続けました。その誠実な対応が企業の評価を高めたと言われていることも参考になります。
社内調査の適切な実施と、これに基づく十分な説明は、社会から大きな信頼を得ることにもつながるのではないでしょうか。
<取材先>
プロアクト法律事務所 弁護士・公認不正検査士・公認内部監査人
渡邉宙志先生
1995年慶應義塾大学法学部法律学科卒、2004年弁護士登録。2008~14年まで吉本興業株式会社執行役員法務本部長として勤務した後、プロアクト法律事務所入所。共著に『図解 不祥事の社内調査がわかる本』『図解 不祥事の予防・発見・対応がわかる本』(中央経済社)がある。
TEXT:石黒好美
EDITING:Indeed Japan + 笹田理恵 + ノオト