今の時代に求められるリーダーシップとは
「VUCA(※1)時代」と呼ばれる近年、SDGsの達成に向けた取り組みや2050年までのカーボンニュートラル(※2)に向けた動き、ダイバーシティの推進などにより、企業のあり方も次のように変わってきています。
- 企業が目指すゴールが「利潤の追求」から「利潤の追求と社会課題の解決の両立」へとシフトしている
- 企業トップの推進だけでなく、現場主体の取り組みが企業の価値向上に直結するようになった
- 働き方や業務内容のさらなる多様化が進んでいる
※1 「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字で、将来の予測が困難な状況を表す。元はアメリカで軍事用語として使われていた言葉で、現在はビジネス用語として注目されている
※2 2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすること。気候変動問題の解決に向けて2015年に採択された「パリ協定」で世界各国が合意した世界共通の長期目標の実現に向けた取り組み
◆今の時代に求められるリーダーシップ
前述の環境変化を背景として、近年提唱されているリーダーシップの考え方の一つに「グループリーダーシップ」があります。
「グループリーダーシップ」とは、「業務担当者だから気づくことができる課題」を社員一人ひとりが積極的に提言し、自分の特性を発揮して主体的に行動することで、全員が自律的な働きをしている状況を意味します。そしてマネージャー層は、メンバーが提言した課題の実現に向けて、積極的にサポートします。この概念は、ハーバード・ビジネススクールのリンダ・ヒル教授が著書で述べた「コレクティブ・ジーニアス(集合天才)」や、アメリカのリーダーシップ専門教育・研究機関のCCLが定義した「DACモデル」においても提唱されています。
周囲との調和や社会課題の解決が重視される傾向にある今、従来のような一部のリーダーの推進だけでは、組織としてVUCA時代の社会ニーズに対応することが難しくなっているのです。
グループリーダーシップが企業内に浸透することで得られる価値、進める際の留意点
グループリーダーシップが企業に浸透することでどのような価値を得られるのか、それを進める際の留意点を解説します。
◆価値
・環境対応力を強化でき、事業の持続的な成長につながる
社内の至るところで多面的活動が活発化し、多様化社会のニーズ対応につながります。現場独自の視点が活かされ、これまでにない新たな価値創出の推進力となります。
・組織の心理的安全性を高められる
一人ひとりが主体性を発揮できる、つまり会社や上司から個性を尊重されるようになり、組織の心理的安全性の向上につながります。
・自社への定着率の向上につながる
社員が仕事を通じて新たなことに挑戦でき、知的好奇心も満たせるようになります。その結果、社員の充実感やモチベーション向上につながり、自社へのエンゲージメントになると考えられます。
◆留意点
新しい概念であるグループリーダーシップを推進する際には、下記のことに留意する必要があります。
・短期的な業績・成果を求めるだけでなく、新たな提言や中長期の成果に向けた取り組みを歓迎する風土を醸成する
人材育成は、中長期的に取り組む施策です。「中長期の取り組みも大事」と考える企業が多い反面、風土や施策として十分に定着できているケースは少ないのが実態です。
競争が激しい事業環境下では、つい短期的視点に偏りがちです。しかし、短期的な業績だけに追われていると、ルーチンワークに留まりやすく、新たな視点を持ちづらくなると考えられています。グループリーダーシップを浸透させるためには、中長期の視点を持ち合わせ、具体的アクションを組織的に歓迎・推進する必要があるのです。
・業績以外の価値や意味にも目を向ける
数値に表れる業績だけでなく、メンバーが活き活きと働く様子や成長するプロセスにもしっかりと目を向けることが必要です。企業は経済的な活動を行う場であると同時に、社員が自身のキャリアを形成していく場でもあります。メンバーが主体性や創造性を発揮できてこそ、グループリーダーシップも醸成されると考えられます。
リーダーシップ研修の目的と対象者
グループリーダーシップを身につけるために、リーダーシップ研修を実施することも一つの手段です。
◆リーダーシップ研修の目的
- 中長期的な組織発展や社会対応力をつける
- 経済活動と同時に社会課題・問題を解決できる存在を目指す
◆リーダーシップ研修の対象者
従来のリーダーシップ研修の対象者は、役職者や役職候補者など、その範囲は限られていました。しかし、グループリーダーシップの考えにおいては、若手から中堅、リーダー層まで幅広い社員が対象となります。
◆リーダーシップ研修の種類
リーダーシップ研修の内容は、大きく2つに分けることができます。
・スキルトレーニング
スキルトレーニングに関する内容です。対人関係を構築したり、周りを巻き込んで仕事をしたりするためのヒューマンスキル、そして、物事の本質を考えられるようにするためのコンセプチュアルスキルなどを磨きます。
・自己特性分析・自己理解促進
自分の持ち味や強みを分析し、理解する内容です。アセスメントツールを活用して客観的なフィードバックを受けるケースがあります。自己特性を効果的に環境適応させる考え方も学習します。
グループリーダーシップでは「個々人の特性を活かす」という考えが根底にあるため、この学習内容は非常に重要です。
リーダーシップ研修の準備
◆自社で行う場合と外部に委託する場合の違い
・自社で行う場合
企業にはそれぞれの個別性や専門性が存在します。その実態に焦点を絞って教育することが可能です。
・外部に委託する場合
リーダーシップについての専門性や知見の広さを生かした研修・教育が特徴です。外部の専門機関の新しい情報やノウハウを活用することで、社会環境に適応したリーダーシップ開発が可能となります。
それぞれ機能が異なるため、自社と外部の研修・教育を組み合わせることで、より効果を高められます。
◆研修を行う前に必要なこと
・学習へのマインドセット(学習のレディネス)
「これからはメンバー一人ひとりのリーダーシップが必要である」と折に触れて会社が伝え続けましょう。組織として社員に期待することを明確に発信することで、学習意欲と目的意識の向上につながりやすくなります。企業によっては、社長が作成したビデオメッセージを研修時に視聴する時間を設けたり、経営層が直接研修の場に訪れたりする場合もあります。
・対象者のニーズの把握
研修を効果的なものにするためには、研修内容そのものが対象者の知的好奇心や課題意識とマッチしていることが肝心です。1on1や社内サーベイなどを活用して、社員が日頃からどのような課題を抱えていたり、どのような学習ニーズを持っていたりするかなどを把握しましょう。
リーダーシップ研修の一例
近年のリーダーシップ研修の一例として、入社4年目〜10年目前後の中堅層に向けた内容を紹介します。
期間:2日間1クラス定員:24名以内
実施形態:対面(オンラインでも実施可能)
対象者:入社4年目〜10年目前後の中堅層
◆事前課題
・所属する部門の年度方針や目標の確認
中期経営計画や事業戦略など、自分が所属する部門の年度方針や中期的な目標を改めて確認します。
・「上司が自分に期待していること」のヒアリング
参加者と上司で事前に話し合いの場を設け、自分に期待する内容や業務に対する認識のすり合わせを行います。
・グループリーダーシップ(役職者でない人のリーダーシップの発揮)の事例確認
「若手・中堅でリーダーシップを実際に発揮している人」の事例コンテンツに事前に目を通したうえで研修に参加してもらいます。
◆1日目
「自分自身がリーダーシップを発揮する領域のテーマ設定」をゴールに、以下の1〜3のステップで進めます。
1.オリエンテーション
研修の趣旨や目的の説明など、セッションに入るための導入です。参加者に安心感を持ってもらうために、ゲームを活用するケースもあります。
2.理想表現(自職場)
まずは、自社を取り巻く社会の変化について、参加者一人ひとりが感じていることを共有し、社会変化への感性を高めます。それを元に、自職場の理想の姿をイメージ化します。
3.理想表現(自分)
「これまでの仕事でやりがいを感じた経験」などについて、他の参加者と対話をし、その根底に何があるのか=「自分自身の価値観や仕事のポリシー」を洞察します。その上で、「職場で自分がどうありたいか」を考えて、目指す方向性を明確化します。
◆2日目
1日目で設定したテーマを推進するための方法を身につけます。次の4〜6により、グループリーダーシップに必要な周囲との関係性を築くための態度や行動を学習します。
4.課題探求
デザイン思考のトレーニングをします。デザイン思考は、デザイナーの考え方や手法などをビジネス全般に応用したもので、多様なニーズや課題に対応する効果的な手法として、近年着目されています。ここでは、演習に取り組みながら体験的に学習をします。
具体的には、次の5つのステップを実施します。
研修テーマを「もっと楽しく仕事をするためには」とした場合の進め方の一例。
・共感
「楽しく仕事ができる」の内容は、人によって様々です。「仕事に集中できること」「誰かと談笑しながら働けること」「物事が計画的に進むこと」など、相手との対話を通じて感じていることを引き出します。・課題定義
相手の言葉の奥にある、潜在的なニーズを見つけます。・創造
相手の潜在的なニーズを元にアイデアを生み出します。
・プロトタイプ
アイデアの試作版を作ります。
・テスト
アイデアを試し、相手からのフィードバックを元に作り直します。
5.信頼構築
人が他者に信頼を寄せる背景には、どのような要素があるかについて理解を深めます。具体的には、身の回りに起こった出来事で「信頼を高める行動」と「信頼を損ねる行動」を書き出して、職場での関係性の現状を把握します。
この工程により、信頼の根底には権限や役職があるわけではなく、その人のあり方や日頃の言動が影響していることを学びます。つまり、「リーダーシップとは、必ずしも役職に帰属するものではない」と気づきを得ることにつながるのです。
6.連携開拓
診断ツール(例:Team Dimensions Profile(TDP))を使って、課題に取り組む際の自己特性を把握します。
このツールでは、以下の4つの思考特性に分けられます。診断結果は数値化され、グラフで表示されます。
・コンセプト型アプローチ
概念や目的から物事を考える
・自由型アプローチ
規範や制約にとらわれず物事を考える
・規範型アプローチ
過去の経験や与えられた条件・枠組みを元に物事を考える
・合理型アプローチ
秩序や合理性を重視しながら物事を考える
一般的に、人は上記のうちの得意な2つのアプローチを使って物事を考えるそうです。たとえば「自由型」と「コンセプト型」から物事を考える場合、「規範型」「合理型」の数値が高い人と一緒に仕事をすれば足りない部分を補い合えます。
このように診断ツールを活用することで、次のような効果があります。
- 結果や気づきを他の参加者と共有することで、自己特性だけでなく他者特性の理解も促進する
- 上記を踏まえ、自分の持ち味を生かしてどのように職場に貢献するか、また、自分の提言した課題をより効果的に実現していくためにはどのような特性の人に協力を求めればよいかの見通しを立てられるようになる
これはまさに「グループリーダーシップ」を高める要点の一つとい言えます。
リーダーシップの概念が変わりつつある中で、企業内のOJTだけで社員を育成し、組織に浸透させるのは難しい側面があります。自社や外部の研修などもうまく活用し、効果的に進めましょう。
※記事内で取り上げた法令は2021年11月時点のものです。
<取材先>
株式会社日本能率協会マネジメントセンター シニアHRMコンサルタント 永國幹生さん
TEXT:畑菜穂子
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト