社員情報を公開するメリット~企業とステークホルダーの距離感が近くなる
――社員情報をインターネット上に公開するメリットを教えてください。
たとえば採用サイトであれば、在職中の社員を紹介することで、仕事内容やキャリアパスについて、よりリアリティや親近感をもって求職者の皆さんに伝えることができます。
私は社会保険労務士として独立する前、企業で人事担当者として採用業務に従事していました。当時、採用サイトや各種ポータルサイトに掲載する社員インタビューの記事を作って、社員の顔写真と名前を掲載していたんです。
文章だけでは会社のイメージが伝わりづらいのですが、社員の顔写真やメッセージを掲載することで、企業文化や入社後の働くイメージを伝えやすくなります。
社員情報を公開するデメリット~人間関係のトラブルに発展することも
――社員情報をインターネット上に公開するデメリットはありますか?
特に人事労務関係では、社員情報を公開することで思わぬトラブルに発展することがあるので注意が必要です。
例えば、小規模なベンチャー企業に見受けられますが、人事担当者が企業の採用活動について、個人名を公表してSNSを通じた発信をしている事例があります。
顔写真と氏名を出していたことで、採用にならなかった応募者から「なぜ私が落ちたのか」と人事担当者個人への攻撃につながることがあります。さらにSNSですと、あっという間に拡散される恐れもありますので、人事担当者の情報をホームページやSNS等に掲載する際は、特に注意が必要です。
他に、採用活動に社員の顔写真と氏名を使うときもきめ細やかな対応が必要になります。事前にどのような媒体に利用するのか認識合わせができていないことで、社員から「ここにも載るとは聞いていなかった」「掲載されたイメージが思っていたのと違った」とトラブルになることもあります。
――社員の集合写真をホームページに掲載している企業さんも時折見受けられます。
社内イベントの写真をホームページやSNS等に掲載することは、家族的な雰囲気がある企業さんにとっては温かい社風をアピールできますね。しかし、こういったたくさんの人が写りこんでいる写真を拝見すると、企業側は全員に掲載の同意を取っているかどうかが気になるところです。
社員も自身の情報をどこまで公開してよいか、様々な価値観を持っています。顔と名前両方掲載してもいいという価値観を持つ人もいれば、名前も顔出しもしたくない、他の人にこの会社に属していることを知られたくないという人もいます。
社員情報の掲載を依頼する際は、社員の価値観をしっかり把握したうえで相談をすることが、後々のトラブルを防止するうえでも大事だと考えます。
例えば、前述のような社員の集合写真やイベントの写真をインターネット上に掲載する場合は、写真撮影をする前に「広報活動で使うこと」をお知らせし、かつ「顔を出したくない人」がいるかどうか確認したうえで、その方を写り込まないように撮影すればよいですね。
リスクヘッジのために行っておくべきこと
――トラブルを防ぐために、人事担当者が行っておくべきことはありますか。
社員情報をインターネット上に掲載する前に、個人情報保護について社員と文書で同意が取れているか確認しましょう。
比較的大規模な企業ですと、入社のタイミングで個人情報保護に関する覚書等を結ぶことが多いですが、小規模な企業だと結んでいないことも多いようです。もし結んでいないことがわかった場合は、この機会に文書で結ぶことが望ましいでしょう。
――個人情報保護についての文書では、どのような項目を記載する必要がありますか。
一般的には「個人情報の保護に関する法律」(個人情報保護法)に基づき、どのような項目が個人情報に当たるのか、どのような用途に使う可能性があるのか、企業の管理体制がどのようになっているのかを記載します。
個人情報にあたる内容は、簡潔に申し上げれば履歴書に記載される内容が該当します。氏名、住所、電話番号、学歴といった、個人を特定できる情報です。近年はジェンダーに対する見方も多様化しておりますので、性別についても留意する必要がありますね。
また、社員の顔写真をインターネット上に掲載する場合は肖像権(他人から無断で写真などに写しとられたり、それらが無断で公表されたり利用されたりすることがないように主張できる権利)も関係しますので、こちらにも触れておくとよいでしょう。
同時に、個人情報保護について社内の管理体制を決めましょう。具体的には、個人情報が入った書面はどこに保管するのか、誰が取り扱うことができるのかを定めます。データの場合はフォルダのアクセス制限をかけるとともに、アクセスできる社員の管理体制を整えます。
――採用活動で社員情報を掲載するときは、どのようなことに気をつければよいでしょうか。
採用活動では、会社のホームページだけでなく各種採用のポータルサイト、SNSなど様々な媒体で社員情報を利用する可能性があることに注意が必要です。
まず掲載を依頼する社員には、採用施策の全体像を話し、その中で社員情報をどのような目的で使うのか、全体像のうちのどの部分に協力してもらうのかを共有して、理解してもらいましょう。
各種採用のポータルサイトだけでも様々なものがありますので「このサイトにも掲載されるとは聞いていない」と後々トラブルになることもあります。このようなトラブルは、掲載する目的や媒体など、その社員と認識合わせができていなかったことが原因の一つと考えられます。
――ホームページ等に情報を掲載した社員が退職するケースも考えられますが、どのような対応が必要でしょうか。
一番望ましい対応としては、退職した社員が掲載されている箇所を速やかに削除することです。
退職の際は様々な手続きがあるため、ホームページ等に掲載したことへの対応が後手に回りがちです。実際に、退職したにも関わらずしばらくその社員の情報が掲載されたままになっていることもあるようです。また、コンテンツの構成上の理由から、その社員の情報をすぐに削除できないケースも考えられます。
リスクを回避する方法としては、ホームページ等への掲載を相談する際に、「いつまで情報を掲載するのか」、その社員と取り決めをしておくことがよいでしょう。
例えば採用サイトであれば、「次年度の採用サイトを更新するまで掲載される」といったように、どれくらいの期間情報を利用する可能性があるかを事前に取り決めておくことで、退職後のトラブルを防ぐことができます。
退職した社員が企業の顧客になることもあるので、よい関係を継続させていきたいですね。
社員がSNSで仕事用アカウントを運用する際に気をつけるべきこと
――社員の個人名で運用しているSNSアカウントでは、どのような対策が考えられますか。
小規模のベンチャー企業では、人事の方が個人名でSNSを発信している事例が見受けられるようになりました。個人名を出して発言することは、冒頭でも申し上げたとおり、企業に対する親近感を出すことや、顔が見える採用活動をするうえではメリットになりますが、発言の仕方に気をつける必要があります。
例えば、人事担当者が採用に関する考えを発言したとして、その発言がその人個人の見解なのか、組織としての見解なのか、読者にとっては区別がつきにくいものです。小規模な企業で個人の色が強いアカウントほど、そのようになってしまいがちに見受けられます。
万一発言の内容で炎上した場合に、仮にその発言が個人の見解として述べた発言だったとしても、企業のレピュテーションリスク(企業に対するマイナスの評価・評判が広まることによる経営リスク)に発展してしまう恐れがあります。
リスクヘッジとしては、プライベート用のアカウントと企業の公式アカウントを切り分け、個人の発言なのか企業としての発言なのか、見た目からも区別することが有効です。企業の公式アカウントは企業名で作成し、個人名は出さないことも方法の一つです。
社員情報の掲載をめぐり、社員とトラブルになった場合の対処法
――情報の掲載に関して、社員とトラブルになってしまった場合、人事はどのような対応をとればよいでしょうか。
まずは社員が気にしている点を解消するように努めてください。もし大きなトラブルになってしまい、人事担当者だけで解決が難しいときは、企業の顧問弁護士や社会保険労務士に相談しましょう。
社員が以前から企業に不満をもっている場合、あえて人事担当者に相談せずに社外の相談窓口や行政窓口に訴えることもあります。そのような事態になると、こちらも企業のレピュテーションリスクに発展する可能性もあるので、掲載する社員については日頃の様子を気にかけておくことも必要でしょう。
――社員の情報をホームページ等に掲載するときは、個人情報保護に関する文書を結ぶことはもちろん、社員と信頼関係を構築することが必要なんですね。
本来、個人情報の取り決めについては文書でやり取りをすべきですが、小規模の企業ですと人事担当者も少人数で業務を行っており、文書作成まで手が回らないことも多いと思います。
そのような場合でも、掲載を依頼する社員とよくコミュニケーションをとり、信頼関係を構築しておくだけで、後々のトラブルを防ぐことはできるのではないでしょうか。
社員の情報をインターネット上に掲載する際は、企業戦略としてその情報にどのような位置づけをするのか、なぜその社員を掲載するのかといった、情報を掲載する目的を社員にしっかり共有しておくことが重要だと思います。
<取材先>
りつ社会労務士事務所代表 社会保険労務士 佐藤律子さん
滋賀県彦根市出身。大学卒業後装置製造業にて、主に要員管理と教育体制整備、評価制度構築等の人事労務業務に一貫して携わる。2018年、りつ社会保険労務士事務所を開設。実情に合わせた柔軟な施策をとることを第一にし、企業の人事制度構築と安全衛生遵法体制整備をサポートしている。
TEXT:米澤智子
EDITING:Indeed Japan + ノオト