転職市場が活性化し人材の流動性が高まるなか、キャリア入社した社員が新しい組織にいち早く適応しパフォーマンスを発揮することの重要性は増している。だが現実は、よそ者状態が解消しきれず、不完全燃焼のままというケースも少なくないようだ。どうすればキャリア入社した社員の組織社会化を阻む要素を取り除き、戦力化を図れるだろうか。
前編では、即戦力として期待されるキャリア入社の社員が会社の期待に応えるのを阻む背景について、日本企業の雇用慣行やキャリア採用の位置づけから考えた。そこで明らかになったのは、職場で生じるコミュニケーション不全と、キャリア入社した社員が抱える負のスパイラルの存在だ。
本後編では、人事部門の働きかけや既存社員に問われる姿勢など、キャリア入社した社員がなじめるようにする組織のあり方について、甲南大学経営学部教授の尾形真実哉氏に聞いた。
甲南大学 経営学部 教授
尾形真実哉氏
2007年、神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了、博士(経営学)取得。2007年、甲南大学経営学部経営学科専任講師。2009年、同大学経営学部准教授。2015年、同大学経営学部教授。専門分野は、組織行動論、経営組織論。主な著書に『組織になじませる力ーオンボーディングが新卒・中途の離職を防ぐ』(アルク)、『若年就業者の組織適応ーリアリティ・ショックからの成長』(白桃書房)、『中途採用人材を活かすマネジメントー転職者の組織再適応を促進するために』(生産性出版)などがある。
企業がキャリア入社組に「必要な存在」だと伝えるための3つの要素
——キャリア入社した社員を組織になじませるうえで、入社する前の採用段階では何ができるでしょうか。
そもそもキャリア採用自体が、新卒採用ほど“自社主導”で動いていない印象です。昨今はオウンドメディアで情報発信する企業も増えてきましたが、採用エージェントにほぼ任せきりという会社も少なくないでしょう。キャリア採用の求職者に向けた情報を、もっと充実させてもよいのではないでしょうか。
そのときに気をつけたいのが、正確な情報提供とコミュニケーションです。例えば新卒社員の場合は初めての社会人経験になるため、入社前に抱いた期待と現実のギャップに悩まされがちです。これを「リアリティ・ショック」といいます。実はキャリア入社した社員にも、新卒ほどではありませんが、このショックが見られます。
特に仕事内容についてのギャップ、入社前に説明されて理解していたことと違ったと感じるケースは珍しくないようです。キャリア採用はジョブ型の募集が主流で、仕事内容が転職の決め手となるだけに失望も大きくなります。
とはいえ、企業側としたら、事業計画や人事異動など組織の都合で配置や仕事の変更を求めざるを得ないこともあるでしょう。しかし、その可能性やお互いの意向を十分に擦り合わせないまま採用から配属へと進めるのは誠意に欠ける行為です。ヒアリング調査を通して、転職者の半数近くが入社前後で仕事へのギャップを感じているという印象を持ちました。
——入社前の説明と入社後の職務や裁量にギャップを感じるような状況だと、仕事へのモチベーションにも影響してきますね。
そのとおりです。キャリア採用である以上、職務経験が評価されたと当事者は自覚しています。そのため、入社後にアサインされた職務の位置づけや裁量はとても気になるところです。そこに入社前とのギャップを感じるようだと、「自分でなくてもよかったのでは?」という印象を転職当事者に与えかねません。
さらに、自身の携わる仕事が自社にとってどれだけ重要で、社会にどう貢献するものなのか。判断や裁量の自由度なども、動機付けのうえで重要になってくるでしょう。私たちの調査では、「重要なタスクであること(タスク重要性)」「自律的に仕事に取り組めること(職務自律性)」「課題解決に取り組める仕事であること(課題解決)」の3つが、キャリア入社した社員が組織社会化において重視する要素だと判明しています。
キャリア組が組織に早くなじむため人事部と現場が意識すべき3つのこと
——入社後の教育やフォローについて、人事部門がすべきことは何だと考えますか。
組織全体で社員を育てる風土が培われるよう仕掛けていくのが人事部門の役目と言えます。それには、前編で述べたとおりトップの理解が求められます。経営層が「キャリア入社した社員は即戦力だ」という考えに固執することなく、組織ぐるみで育成に取り組むことの重要性を認識できたら、次は現場に向けて育成意識の醸成を図っていきます。
キャリア入社した社員のポテンシャルを生かすも殺すも現場次第だということを理解してもらい、受け入れに必要なナレッジの提供やマインドセットの醸成に取り組みます。以前にキャリア入社した社員を巻き込んで、全社的な施策を企画するのも効果的でしょう。
職場のキーマンは管理職です。既存社員がいきいきと働いている環境でなければ、キャリア入社した社員がポジティブな姿勢で働けるはずがありません。組織全体で成長する姿勢と、その姿勢や雰囲気を築ける管理職の育成が、人事部門には問われています。
——意識や考え方など、ポイントとなるものはありますか。
ポイントとなるのは「アンラーニングの心構え」「同期など仲間意識の醸成」「人脈の形成」の3つだと考えます。
心構えとしては、これまでの経験はいったん脇に置きましょうと働きかけます。組織にうまくなじめた先輩のキャリア入社した社員に、入社当初にどのような心構えを持って仕事を学んでいったのかを話してもらうのもよいでしょう。
研修では、キャリア入社した社員のみを対象とした研修と、既存社員も交えた研修、それぞれを部署横断で行えるとよいですね。キャリア入社した社員のみの研修は、立場や環境が似ていることから互いを理解し合う情緒的機能が働いて人脈の構築につながります。既存社員を含めた研修は、逆に多様性がポイントです。経験豊富な社員と接点を持つことで、情報的機能が働いて人脈の構築につながりやすくなります。
——現場の既存社員は、どのようにキャリア入社した社員を迎え入れるとよいのでしょうか。
肝心なのはウェルカム行動(新しい社員を歓迎する、同僚と顔合わせする機会を設けるなどの行動や制度)です。新たな仲間を歓迎する姿勢を態度や言葉で示すことは、キャリア入社・新卒に限らず、入ってきた社員の感情面や人間関係の構築に作用します。上司は歓迎のメッセージを伝え、同僚と顔を合わせる場を設けてください。
つい先日行われた、ワールドベースボールクラシック(WBC)でも印象的なウェルカム行動を目にしました。侍ジャパンに初選出されたラーズ・ヌートバー選手を、チームの皆がヌートバー選手のミドルネーム(達治・たつじ)にあやかって作った「たっちゃんTシャツ」を着て迎えたエピソードです。
ヌートバー選手は、日本のプロ野球チームに所属したことがありません。大谷翔平選手などメジャーでプレーする日本人選手はともかく、ほとんどの選手やスタッフとは初対面だったはずです。おそろいのTシャツを着ることで歓迎する気持ちを示したウェルカム行動が、彼がいち早くチームにとけこむことを後押ししたのは間違いないと思います。
企業においては、「入社した社員のために同僚を集める機会(歓迎会など)」「社内のニュースレターなどで、入社した写真を全社にアナウンスする」などが考えられるでしょう。
キャリア入社社員の人脈と暗黙知とメンタルを支える3つのガイド役
——新卒社員には教育係やメンターが付くことが一般的です。キャリア入社した社員にも必要でしょうか。
はい。キャリア入社した社員が早く成果を挙げられるようになるためにも、心理的負担解消やよそ者意識の払拭を図るためにも、ガイド役が大事になるでしょう。「直属の上司」「勤続年数の長い既存社員」「キャリア入社した先輩社員」が適役だと考えます。
上司は、特に人脈作りの支援に努めるべきです。仕事を進めるうえで協力が欠かせない部署や人とのつなぎ役を担うのです。同僚だとライバル心や遠慮が生じる可能性がありますし、業務を俯瞰できる立場の上司だからこそ、仕事上のキーマンを紹介しやすいはずです。人脈が広がれば、早い段階での自立につながります。
業務や自社のことをよく知る、新卒から在籍しているような勤続年数の長い既存社員は、特に仕事上のサポートを行います。仕事そのものはもちろん、組織になじむうえで望ましい態度や行動などの暗黙知も含めて学べるはずです。
キャリア入社した先輩社員は、メンタルのサポート役に回ります。これまでの研究から、私は、このメンタルサポートがとても重要であると考えます。採用時に適切なマッチングが図られたとしても、キャリア入社した社員は組織社会化の過程で違和感を多少なりとも覚えるもの。そこをうまく乗り越えるには共感者の存在がカギになります。
——キャリア入社した社員こそ、人的フォローの手厚さが重要だとわかりました。
さらに大事なのは、新卒・キャリアに限りませんが、新しく入ってきた社員を育てようと職場全体が意識することです。ガイド役を立てるとしても、ガイド役だけで育成すべてをカバーできるわけではありません。仕事の進め方は個人差があるので、ガイド役のやり方がすべてでもないでしょう。
新しく入ってきた社員のフォローは、負担も大きく、ガイド役の業務パフォーマンスが落ち込んでしまう恐れもあります。組織にとっては痛手ですし、ガイド役を務めた社員のモチベーションが低下しては、「育成」に対するネガティブな印象が生まれてしまいます。そうなると、既存社員は育成を敬遠するようになり、結果として人が育たないという負の連鎖が起きます。
組織として育成を重視し、ガイド役を周りがフォローする、積極的に関わった人を正しく評価するといった仕組みが重要ではないでしょうか。例えば、月に1回でも新しく入ってきた社員の成長をメンバーで振り返る時間を取れば、組織としての意識が芽生えてくるはずです。気付きや課題を共有して次のアクションを計画するなど、キャリア入社した社員の場合だと手厚過ぎる感もあるかもしれませんが、検討する価値はあると思います。
「なじませる力」を育てられる組織なら、既存社員も成長する
——新しく入ってきた社員が、組織に早くなじもうと能動的に動きやすい組織は、既存社員にとってもプラスの影響をおよぼすものでしょうか。
そう思います。新しく入社した社員が周囲から学び取ろうと積極的に質問したり、以前の職場での経験から仕事の仕方を工夫したりする行動は、既存社員にとっても、原点に立ち返ったり、無意識に行っていた業務を見直したりするきっかけになるはずです。
このように、自分だけでなく周囲に向けて動機付けをもたらす行動を「プロアクティブ行動」といいます。プロアクティブ行動は、組織に早くなじませる点においてオンボーディングの観点で重要なだけでなく、既存社員にとってもプラスの動機付けとして機能するはずです。
組織のコミュニケーションが活発で、新しい仲間を歓迎し、誠実に向かい合って学び合う風土が培われていると、新しく入ってきた社員はプロアクティブ行動を取りやすくなります。逆に、人の行動はどうしても環境の影響を受けやすいので、仕事のフィードバックを求められた上司や先輩がいいかげんな態度で対応したら、教えを乞う行動が続くことはないでしょう。
「組織になじませる」というと、新しく入ってきた社員だけのことと捉えがちですが、実は、受け入れる側の仕事に対する意識や姿勢への影響も少なくないのです。キャリア入社してくる社員の活躍をより後押しできる「なじませる組織」が、組織全体の成長を加速させると言えるのではないでしょうか。
この連載の記事一覧
- 転職市場がより広がる今、キャリア入社組の活躍を阻むコミュニケーション不全とは
- 企業が持続的成長を実現するために欠かせない、人を「組織になじませる力」